ケンタウロス誕生記


鵜野和夫

 


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古代ギリシャにおいて、スキタイの民が騎馬の


戦に巧妙であり、まさに、「鞍上人なし、鞍下馬


なし」人馬体という姿を見て、あれは上半身は

人で、下半身は馬である怪物なのだと錯覚し、ケ.

ンタウロスという伝説を生んだともいわれている。

(二〉

であるから、ギリシャ神話では、ケンタウロス

は性は狂暴にして淫乱とされている。エウェノス

川の渡し人夫となり、ヘラクレスの妻ダイアナを

対岸に渡す途中で犯そうとし射殺される場面は古

今の名画に多く、特に、モローの絵は有名である。

また、ケンタウロスが音楽や医術を人に教える絵

も多く、半人半馬であることを物語っている。

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ところで、ギリシャの、とあるところの屋敷の

裏庭にドサッと大きな音がして、なにやらが落ち

たのかと、その家の女主人が行ってみると、羽の

折れたペガサス(天馬)が倒れていた。

事情を聞いてみると、オリンポスの山のイクラ

シオンに頼まれて、女神ヘラに恋文を届ける途中

で、尻をあげて洗濯をしている牝馬に見とれ、近

づこうとして、樹の枝にひっかかって、このザマ

でございましたという。

久米の仙人みたいなダラシのない天馬だとあき

れたが、その女、まあまあこれは、と羽を繕って


やり「これからは、変な気を起こすのではない

よ」といってタテガミを撫でさすってやれば、ペ

ガサスは、「地獄に仏。人間の中にも、貴女のよ

うな天使がいるとは」と涙ぐみ、「今はお礼はで

きませんが、神々の走り使いをするうちに、見様.

見真似で盗んだ呪術があり、貴女に願いごとがあ

れば、三つだけ叶えてあげることができます。その

ときは・…・」といって、夫高く舞いあがって行っ

た。

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さて・この女の亭主・筋骨隆々とし、働き者で

あるが、いや、働き過ぎのせいか、夜の営みとな

ると、女が誘いをかけても「馬の耳に念仏」、女

か耳に口を寄せて甘い息をフッと送り込んでも


「馬耳東風」馬のようにガバツガバツ喰らっては


眠ってしまう。

たまりかねて、女、「いっそのこと、馬になっ

てしまえツ」と怒鳴ったとろ、あれあれ不思議、

あやあ不思議、ペガサスの約束どおり、'亭主は馬


に変容してしまった。そしたら突然、馬の性とな


ったか、女を蹴倒し、覆い被さり、噛みつき、女

は極楽浄土をさまよい、失楽園へと落ちていって


しまった。

やがて、薄情なアウロラの神が暁を告げ、女も

夢うつつながら亭主も人並に戻ってもらわ

なけれぱと思いつき、「人に戻してと呟くや、

たちまち、願いどおり、頭から首、胸、腹へと人

の形へと戻っていったが、ヘソのあたりまできた

とき、「そこまで」

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ケンタウロスは、その子孫であるという俗説も

ある。

いまは・街角でケンタウロスに会うこともなく

なったが、日本でも、6月の初旬の宵に南の地平'

線上に目をやれば、ケンタウロス座という星座に

なって、その上半身を鎮わしている。'