水棲昆虫に夢中になった

       夏の思い出をツリーに凝縮しました。

                                    
                                「ため池ツリー」 近藤森音さん・近藤育海くん  
                                          文と写真/近藤研至さん(お父さん)


 ■親の知らないうちに…!?
 わたくしの趣味が森で戯れることだったことから、長女に森の音が聞けるような子になってもらいたく、「森音(もりね)」と名づけました。つくばの雑木林に突入し、虫とひたすら戯れたり、ブナ林へと突入し虫やイワナらと戯れるのに、小さな頃より同伴させてまいりました。そういったことが、今まで2度参加させてもらった100本のツリーにも反映したのでしょう。彼女の描いたツリーのデザイン画は、1年目は「釣りツリー」、2年目は「森のレストランツリー」でした。

 今回は、森音は弟の「育海(いくみ)」と一緒に応募しました。親の知らないうちにふたりで描き提出したので、実のところ提出したことすら選ばれるまで知りませんでした。(そのため、最初の説明会に出かけた折り、デザイン画のカラーコピーをいただく始末。え?こんな絵だったの?でした。)

2005.02.第7回つくば100本のクリスマスツリーに参加して.
 ■炎天下、水棲昆虫を追いかけて真っ黒でした
 我が家は「小野川」にあり、森音も育海も幼少の頃から、散歩といえば近くの雑木林や水田地帯。散歩の途中にクワガタ・カブト・バッタ・カマキリ・オケラなどの虫たちや、ドジョウやザリガニなど、いろんな木の実や植物を「手みやげ」にとってきました。(こういう環境で子どもを育てたかったので、わたくしの職場は埼玉県ですが、住む地として「つくば」を選びました。)昨夏、森音が理科の授業でヤゴを育てたのをきっかけに育海にヤゴ採りを指南しました。そのうちヤゴでは満足しなくなった育海の興味は、水棲昆虫全体へと広がってきました。結果、われわれはひたすら炎天下、ひとりひとりの「マイ・タモアミ」を片手に真っ黒に日焼けいたしました。
 小野川界隈はもとより筑波山の麓へ、そして八郷へ栃木へと「散歩」は拡大していきました。結果は家に水槽を9つ置かなければならないというものでした。(タガメ・タイコウチ・コオイムシ・シマゲンゴロウ・コシマゲンゴロウ・マメゲンゴロウ・ミズカマキリ・ガムシ・オニヤンマのヤゴに、メダカ・タナゴ・ドジョウ・シマドジョウを飼う羽目になりました。)見方によっては「残酷」と映るやもしれませんが、これらはいずれも「生き餌」しか食べません。だから、オタマジャクシ・カエル・金魚・バッタ・ミミズなどを与え、森音・育海を「餌係」に任命しました。ふたりはこの仕事を全うし、虫たちが餌を捕獲し食す光景を目を輝かせて見つめました。
 ■目指すは“我が家の思い出の凝固”
 さて夏休みも終わり、学校に一連の「夏の思い出」を提出する段になったとき、育海の提出したものすべてが「水辺での思い出」でした。森音は森音で、「総合学習」のテーマをやはり「水辺」にしたようでした。ツリーの原画もこの一環だったようです。結果的に、ツリー作りをさせてもらえたことは総括が与えられたことでした。過ぎた夏を思い出しながらツリーに凝縮させる作業は、この夏の経験を「消費」に終わらせないことにつながりました。われわれは、「人に見せる」という観点はまったく無視し、こうした「我が家の思い出の凝固」にだけ集中いたしました。

 妻は「もっと目立つようにしたら?」といいましたが、われわれは、「水棲昆虫は目立たないし、目立たないことによって生き続けているんだ!」という主張のもと、「地味」を目指しました。「気持ち悪い」「うわ!」「ゲテモノ!」という感想を幾たびか耳にしましたが、今回のツリーが、上で述べましたような「自分勝手な」ものでしたから、「ごめんなさい」と心の内で謝っていました。(それにしても場所が比較的目立たないところで助かりました。1年目2年目とツリーやツリーの制作がテレビ放映されました。今回は、こうした対象にならないことを願っていました。)
 ということで、こんな機会を与えてくださったことに、親として感謝いたします。理事長さんから、撤収のさいに「生態系がきちんと描かれていました」という「お褒めのことば」を頂戴しました。わたくしは子どもらに、「カエルはタガメを食べ、タガメはカエルを食べる。でも、その両方を「獲る」ものもいるんだよ。トリやヒトなんかがそれだよ。」と語ってきました。今回のツリーの一番頂上に、そのトリとヒトを飾りました。こうしたことまで評価していただき、結果的に「アート賞」まで頂戴し、本当にありがとうございました。この「受賞」が子ども達にさらなる「思い出の凝固」を強化したことになったと思います。
 ■お年寄りや子どもが住みやすいつくばに
 わたくしは岐阜、妻は秋田ですが、このつくばの地に来てから20年ほどがたちました。特に妻は「万博前」から(わたくしは万博直後から)で、この地の変わり様を肌で感じてきております。今年はついにつくばエクスプレスが開通します。しかし、この地に住みながら、この地の加速度的な商業化・至便化に少なからずの抵抗を感じております。
 10年ほど前にわたくしの両親もつくばに呼び寄せ、今では6人の家族が同居しております。年寄りが「昔」を感じながら、かつ住みやすい町、将来子ども達がそのまた子ども達を虫採りに連れていける町。そんな町であり続けてほしいものです。そのためにも、
TUGのみなさまの活動に期待するところがあります。
 撤収を終え帰りがけ、駐車場近くで平石さんに出会いました。その時森音が「来年もがんばります!」と言いました。わたくしは少しため息が混じりそうでしたが、こういう経験こそ「教育」なのかなあと思い、ため息を飲み込み、笑顔で森音とともに「お世話になりました」と言いました。