スペイン北東部のロマネスク
                   ナヴァラ東カスティーリャ
                  
Navarra/Castilla         
    
               サンチャゴ巡礼路のロマネスク(Part 1)
                     Camino de Santiago
                           











 プエンテ・ラ・レイナの石橋
 巡礼はこの橋を渡って、
 サンチャゴを目指す。
 Puente la Reina
 Navarra
       
          フランスから続くサンチャゴ巡礼路は、二つの峠からピレネー山脈
         を越えた。イバニェータ峠からロンセスバリェス
(Roncesvalles)への
         道と、ソンポルト峠を越えてハカ
(Jaca)に至る道とが有り、二つの道
         はプエンテ・ラ・レイナ
(Puente la Reina)で合流し、さらにサンチャ
         ゴを目指したのである。
          いずれもがこの地方に属しており、必然的に巡礼路教会や中世の遺
         跡も数多く残っている。巡礼路に沿って点在するロマネスク教会には、
         レコンキスタ(聖地回復)の歴史を留めた独自の魅力が溢れている。

                  

           
              
     パンプローナナヴァラ美術館
       Pamplona/Museo de Navarra
      
      
   パンプローナの旧市街は城壁に囲まれた丘の上
  にあり、中世の面影が色濃い魅力的な町である。
   旧市街の東端に建つ大聖堂
(Catedral)は元来ロ
  マネスク建築であったのだが、現在では完全にゴ
  シックやバロックに改築されてしまっている。
   創建当初の遺構として、回廊や扉口に彫られて
  いた柱頭が、ここナヴァラ美術館に数点だが保存
  されていた。

   最も重要な柱頭は3基で、各々の主題はキリス
  ト受難、復活、ヨブの物語、である。精緻な彫り
  と見事な構成の美しさは、思わずハッと息を呑む
  ほど感動的だった。
   写真はその内の“受難”で、ユダの接吻の場面
  である。他の面には十字架の場面などが彫られて
  おり、いずれも緻密なデッサンと卓越した彫像技
  術の高さを見ることが出来る。
   透かし彫りのような奥行のある立体感は、とて
  も石造とは思えぬほどで、他所では滅多に見るこ
  との出来ない傑作である。
    

        
              
     プエンテ・ラ・レイナサンティアゴ教会
       Puente la Reina/ Iglesia de Santiago
             
           
   二つの巡礼路が合流するこの町は、サ
  ンチャゴへ向かうために必ず渡らねばな
  らないアルガ川に架かる石橋(表紙の写真
  参照)の手前の宿場町として栄えた。
   パンプローナから来ると、町外れでハ
  ーカからの巡礼路と合流し、十字架教会
  や施療院を通過してから、古い建物の続
  く石畳の一本道
(Calle Mayor) を歩くこ
  とになる。
   このサンチャゴ教会は、そんな宿場の
  ちょうど真ん中辺りに建っている。建築
  は16世紀の再建だが、扉口だけが旧遺
  構として残されている。
   五重に彫られたヴシュール装飾は、か
  なり摩滅してはいるものの、詳細に眺め
  ると変化に富んだ人物像が数多く見られ
  るのである。
   柱頭彫刻も繊細な表現であり、ロマネ
  スクとしてはかなり後期に属するのかも
  しれない。左右6本の細い円柱の上に、
  それぞれ生首が彫られているのが特に興
  味深かった。
    

            
               
     ウフェ聖マリア教会
       Ujué/Iglesia de Santa Maria
    
   
   この村はパンプローナの南約50キロに
  位置し、広漠とした丘陵の尾根であたかも
  城郭都市のようなたたずまいである。
   中央の要塞のような建物が教会で、外観
  からはロマネスクの特徴を見ることは出来
  ない。何故なら14世紀の改修によって、
  内陣部分だけを残して、周囲は全てゴシッ
  ク以後の様式に覆われてしまったからだ。
   元来は三廊式バジリカ聖堂だったようで、
  二本の中央柱と三つの半円形祭室がそれを
  証明している。
   内陣に残された柱頭の彫刻は、両手を広
  げた人物や植物模様など素朴で美しい。
   後陣も含め聖堂全体が外壁に覆われてお
  り、廊下を歩くようにして後陣を眺めると
  いうのは珍しい経験だった。
   中央の祭室に安置されたマリア像は銀箔
  張りの木像だが、時代は不明という。
   雪が見えるが正月休暇で訪ねた時の写真
  だから、もう25年も前の撮影である。
    

            
            
     サングエサ聖マリア・ラ・レアル教会
       Sangüesa/ Iglesia de Santa Maria la Real
               
             
   ハカとパンプローナ(Pamplona)のほぼ中間に位
  置しており、巡礼路がアラゴン河を渡る所に開け
  た町である。
   教会は旧市街の中にあり、創建は12世紀との
  ことである。
   写真は南門扉口のファサードで、眼を見張るよ
  うな密度の彫刻で埋め尽くされている。
   タンパンの彫刻は「最後の審判」で、天の父に
  裁かれた人々が、天国と地獄に分けられる図であ
  る。魂の重さを量る秤を持つ大天使ミカエルが居
  り、ぜひとも、この大天使とは入魂の間柄になっ
  ておかねばならないだろう。
   タンパン外側の四重になったアーチ刳型には、
  陶工や靴職人など様々な職業の人々や、聖人や妙
  な動物なども帯状に彫られている。
   さらにその周囲には、牛や馬や獅子などの動物
  を初めとして、色々な仕草をした人物像が無数に
  飾られており、まるでデザインの図案集を見るよ
  うである。
   内部は、三廊式で三つの祭室が有る単純なプラ
  ンだが、中央の堂々としたドームが美しい。
    

             
            
     レイレレイレ修道院
       Leyre/ Monasterio de Leyre
            
            
   人造湖イエサを見下ろす小高い台地
  に、この修道院が建っている。目指す
  は付属教会だが、先ず写真の地下祭室
  
(Cripta)から見ることにした。
   11世紀の建造であり、二重になっ
  た仕切りアーチを支える柱頭が低い位
  置に有るのが、余り他に類例の無い重
  厚な形式である。
   柱頭の彫刻の単純な線には、かえっ
  て高い芸術性が感じられるし、柱頭の
  高さがばらばらであるのは、むしろ自
  由な造形感覚ならではだろうと思えて
  くる。
   数ある地下祭室(クリプト)の中で
  も、小生の好みからすれば、かなり上
  位にランクされる創造的な傑作である。
   聖堂の身廊にもプリミティヴな柱頭
  彫刻があり、ここの図像は近代美術館
  の如きシュールな気分に満ちている。
   西門扉口のファサード彫刻が最もノ
  ーマルで、サングエサの門にも似て、
  壁面全体が創作意欲に溢れた図像で覆
  われている。 
    

              
              
     エウナテ聖マリア礼拝堂
       Eunate/ Capilla de Santa Maria
              
               
   25年以上も前のエピソードで恐縮だが、
  当時はFAXもインターネットも無い時代
  であった。この礼拝堂の管理者とのコンタ
  クトは英文の手紙以外に無かったのだが、
  約束の日時に奥さんが、離れた町からちゃ
  んと来てくれていたのには、大いに感激し
  たものだった。
   写真の通り、巡礼路に面した畑の真っ只
  中に建っており、巡礼の途中で亡くなった
  人達の為の埋葬礼拝堂であるらしい。
   周囲には回廊状のアーチ列が残っている
  のだが、従来は屋根の付いた建造物が有っ
  たという。
   礼拝堂は正八角形で、一辺に半円形の祭
  室後陣が飛び出している。中心に立って天
  井を見上げると、交叉する梁が微妙な曲線
  を描いており、建築全体に美しい印象を与
  えている。
   振り返って眺めた礼拝堂の姿は、とても
  優雅で象徴的な残影となって、いつまでも
  私の心に焼き付いていた。
     

              
             
     エステリャ聖ミゲル教会
       Estella/Iglesia de San Miguel
             
               
   エステラ (Estelar) が星を意味する処から、巡礼
  路の宿場というイメージと重なって、出発前からと
  てもロマンティックな町を想像していた。
   事実、洪水のような「流れ星」のお告げを受けた
  羊飼いが、この地で聖母像を発見し礼拝堂を建てた
  と伝えられている伝説の町なのである。
   町は想像とはかなり違って大規模だったが、教会
  の周辺には古い宿場の面影が残されていた。
   北側の扉口は見事な彫刻群によって、荘厳に飾ら
  れている。タンパンには四福音書家のシンボルに囲
  まれた栄光のキリスト像が描かれ、そして周囲のア
  ーチ刳型には黙示録の老人や聖人・天使などがびっ
  しりと並んでいる。カタロニア・リポイのファサー
  ドを思い出していたが、少しだけ似ているかもしれ
  ない。
   写真は扉口の右壁面に彫られた、キリスト復活の
  墳墓を訪ねる三人のマリア像である。これほど感動
  したロマネスク彫像には、その後23年の巡拝の中
  でも、滅多にお目にかかれないといっていい程の名
  品だった。
   聖母マリア、ヤコブの母マリア、そしてマグダラ
  のマリアだろうと思うが、全員が油壺を持っている
  のでどれが誰かは分からない。
    

               
               
     アルタイス聖マルティン教会
       Artaiz/Iglesia de San Martin
             
             
   パンプローナの南東に有る、小さな村で
  ある。巡礼路からは少し離れてはいるが、
  ハカやサングエサの影響も見られる美しい
  ファサードを持った教会が残っている。
   単身廊のバジリカ式という簡素な建築だ
  が、片側にのみ袖廊が付き鐘塔が接続して
  いる。
   南門のファサードは、簡素なタンパンと
  刳型アーチを中心に、動物の彫刻と軒持ち
  送り、さらにその間のレリーフなどが、均
  衡のとれた美しい構成を見せている。
   左右の壁に置かれた動物は、牛か獅子の
  ような怪獣で、特に左の怪獣は明らかに人
  を喰っている。深い意味は判らない。
   軒持ち送りは人物像で、無理矢理はめ込
  んだような意匠はいかにもロマネスクらし
  い。そしてその間に挟まれた様々なレリー
  フには、「ラザロの蘇生」や「地獄のキリ
  スト」といった珍しいモチーフが彫られて
  いる。
   図像の数は少ないが、一つ一つの像がま
  ことに丹念に彫られており、これも忘れ難
  いファサードである。
   

       
     
     トーレス・デル・リオ聖セプルクロ教会
       Torres del Rio/Iglesia del Santo Sepulcro
     
     
   エステラからサンチャゴ巡礼路を西に向かえば、
  約30
Kmでこの町に到着する。
   教会は町並みの中で、八角形の塔のような奇妙な
  形をして建っていた。高さは違うが、エウナテの荒
  野に建つ礼拝堂にとてもよく似ているなあ、という
  のが第一印象だった。
   写真は南側から眺めたところで、右が半円形祭室
  で、左は円塔である。扉口はこの南門だけだ。

   内部に入って、天井を見上げて驚いた。正八角形
  のドームに8本の梁が中央に集中するのではなく、
  星型に交錯しているので、まるでイスラムのアラベ
  スクを見るようだった。レコンキスタ以後に確立さ
  れた、イスラム的キリスト教美術であるムデハル様
  式の影響なのだろうか。

   何のために建てられたのだろうか、という疑問は
  エウナテと同様だが、
Sepulcro は埋葬をを意味す
  ることから、不幸にも巡礼中に命を落とした者のた
  めに、巡礼路上に設けられた巡礼者埋葬礼拝堂なの
  だろうと思う。
   昔は命がけの旅だったはずで、私達のような車で
  駆け回る安直な巡礼とは比較にならないほど厳しい
  ものだったのだろう。   
    

    
     
     サン・パンタレオン・デ・ロサ聖パンタレオン僧院
       San Pantaleon de Losa/Ermita de San Pantaleon
      
      
   これが一体何の写真なのか、ほとんど
  お解りいただけないものと思う。
   巡礼路上のログロニョ
Logroño から
  西北に130キロ行った所にある小さな
  村で、村の背後に片側が垂直な断崖とな
  った奇妙な岩山が聳え、その斜面に貼り
  つくようにして小さな教会が建っている
  のであった。
   教会へ行くには、麓の村に車を止め、
  岩山の背後から歩いて登らねばならない。
   斜面を登り、ようやくたどりついた僧
  院は、正方形の聖堂と半円形の祭室だけ
  という、実に質素な建築だった。
   正面の扉口には、いくつかの注目すべ
  き彫刻が残されている。
   門の左側に立つ円柱に刻まれた人物像
  は豪快であり、門の柱頭や聖堂側壁の窓
  の周囲に彫られた人面や模様は繊細で、
  余程技量の確かな石工の作に違いない。
   それにしても、こんな不思議な場所に
  建つ僧院など、他に見た事がない。   
    

             
              
     サント・ドミンゴ・デ・シロス聖ドミンゴ修道院
       Santo Domingo de Silos/Monasterio de Santo Domingo
            
            
   私達がナヴァラ地方を訪れたのは、23年も
  前の1980年の暮れで、ブルゴーニュに次ぐ
  二度目のロマネスク探訪の旅だった。
   ナヴァラを旅の目的に選んだ大きな理由の一
  つが、このシロスの回廊に在る柱や柱頭に刻ま
  れた彫刻群を見たいからだった。特にこの写真
  の右側の図像は、何かの写真集で見て以来、脳
  裏に強く焼き付いていた。
   エマオの使徒達の前に現れた復活後のキリス
  トに、磔刑の際の聖痕を確認する不信の聖トマ
  スの姿を表現している。右手を高く伸ばしたキ
  リストの姿が、整然と並ぶ使徒像とは対照的で
  面白い。
   左の図像は、エマオに向かうキリストに気付
  かない弟子達の姿である。四隅の柱に重要なレ
  リーフが彫られており、この北西の柱以外にも
  北東に「キリスト降架・埋葬・復活」、南西に
  「受胎告知」と「エッサイの木」、南東に「昇
  天・聖霊降臨」などが見られる。
   均整のとれた質素な美しい回廊だが、柱頭の
  彫刻には豊かな創造性が満ち溢れており、これ
  もまた感動的だ。
    

     
     
     キンタニリャ・デ・ラス・ヴィニャス聖マリア教会
       Quintanilla de las Viñas/Iglesia de Santa Maria de Lara
      
      
   ブルゴスの南東、シロス修道院に比較
  的近い場所に、この古い教会が建ってい
  る。ロマネスクより古い、7世紀頃の西
  ゴート時代の遺品である。
   シロスへの途中立ち寄ったのだが、こ
  んなに重要な教会とは知らず、その古さ
  と美しさに驚いた記憶がある。
   写真では鮮明でないが、聖堂外壁に横
  2列に浮彫彫刻(フリーズ)装飾が施され
  ている。連続する円形に囲まれた、葡萄
  の実や葉と鳥の模様である。優れた技術
  の美しい彫刻で、聖堂内部のアーケード
  部にも似た意匠が見られた。
   内陣凱旋門の柱頭部分に、二人の天使
  と二人の預言者に囲まれたキリスト像が
  ある。髪と衣の線が美しい素朴な像で、
  後世のロマネスクにも大きな影響を与え
  たであろうことは容易に推測出来る。
   立ち寄るなどとは簡単には言えない、
  美術史にも残るであろう初期キリスト教
  芸術の傑作のひとつである。
    

       
      
     セゴヴィア聖ミリャン教会
       Segovia/Iglesia de San Millán
     
     
   セゴヴィアの観光は通常大聖堂、アル
  ケサル、そして水道橋だから、この教会
  まで足を延ばす人は少ない。写真の右端
  に大聖堂が見えるという、かなり町を外
  れた場所に在るからでもある。
   この教会は12世紀初頭の創建と伝え
  られており、三廊式のバジリカ形式であ
  る。従って後陣には、三つの典型的な半
  円形祭室が飛び出している。
   身廊と側廊を区切る柱には、束柱と円
  柱とが交互に立てられていて躍動感があ
  る。蒲鉾型をした、半円筒ヴォールトの
  天井が素朴で美しい。
   聖堂の外側南北両側に、アーチ列の付
  いたギャラリーが建造されている。回廊
  のような雰囲気で、柱頭彫刻の質も高く、
  見事な彫刻が楽しめる。
   このスタイルはこの地方の特徴で、セ
  ゴヴィアの聖エステバン教会や、周辺の
  ロマネスク教会でも見ることが出来る。
   

             
              
     アヴィラ聖ヴィセンテ聖堂
       Avila/Basilica de San Vicente
                  
                
   マドリードからも近く、城壁に囲まれた町とし
  て著名なこの町に、ロマネスク教会がいくつか在
  る。中でも、城壁の東北門の直前に建っているこ
  の教会は、聖堂の東西両端に塔を持ち、南面に半
  円アーチのアーケードが有るので、実際の規模以
  上に豪壮に見える。
   西側入口の門の彫刻が最大の見所で、小アーチ
  が二つ複合するタンパンは、ピレネーのオロロン
  ・サント・マリーを想起させる。ここにはラザロ
  の奇跡などが彫られている。
   アーチの帯状装飾は精密で、絡み合った葉や蔓
  のような植物模様が五重に彫られている。様式化
  されてはいるものの、相当の時間と財力を駆使し
  て石を彫っているわけであり、このボリュームと
  密度とを生み出している、信仰を軸に据えた情熱
  には、いずこの教会においてでも、感服せざるを
  えない説得力となっている。
   柱の聖人群像は、柱の長さに合わせて細長く表
  現されているが、顔の表情や衣服の襞などはかな
  り写実的に表現されている。
    

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