藤次郎夜話「走りまわる霊」  私の家の向かい隣にある寺とは、そこの住職の息子が私と同じ年であり、遊び相 手であったため、子供の頃よく遊びに行ったものです。  当然、夏の暑い頃になると住職やその家族が怪談話を聞かせてくれました…  私の家は木造建築で、誰もいない所からミシミシと言う音が聞こえたり、階段が ギシギシと音をたてたり、いわゆる”家鳴り”がひどいのです。  子供の頃見た本やテレビの怪奇特集の番組などでは、”やなり”と言う妖怪のし わざだと言っていましたので、子供心に妖怪の存在を信じたりして恐がっていまし た…  ある日お寺に遊びに行って住職の息子にその話をしていると、たまたまそばにい た住職が、  「そんな事で恐がっていてどうする?ここにはもっとすごいことが起きるぞ!!」  などと言って幾つかの話を聞かせてくれました…  …お通夜の晩の事です。  この寺では、いわゆる「通し通夜(一晩中遺族が遺骸に付き添っている通夜の事)」 と言うのは防火上の意味から消防署に止められているそうでして、お通夜の儀式が 終わると遺族には引き取ってもらうそうです。  その時の被葬者は幼い子供だったそうです。  その夜中、本堂で複数の足音が聞こえます。足音から察するに、子供の様です。  遺族はとっくに家に帰っています。  住職は夜中に本堂を駆け回っているが、もしかしたら自分の子供ではないか?と、 思ったそうです。  とりあえず、本堂に行ってみましたが、真っ暗な本堂には誰もいませんでした… そして足音もぴたりと止んでいました。  住職は、本堂の明かりをつけ、本堂を見回しましたが、人のいる気配は感じられ ません。  しかし、住職が本堂を離れると、また本堂から足音が…でも、住職が本堂に行く と、誰もいません。  何回かいたちごっこを繰り返しているうちに、とうとう朝になりました。  すると足音はしなくなったそうです。  無事告別式を終わり、死者を送り出した晩、自分の子供達に本堂の足音の話をす ると、誰も本堂には近寄っていないと言う返事。また、本堂のすぐ脇の部屋に寝て いた手伝いのお坊さんは、何も聞いていないとのこと…  その晩からは、本堂で足音は聞かれなかったそうです。  住職はあとで、  「きっと仏様は子供だから寂しかったに違いない…」 と、思ったそうです。 藤次郎