藤次郎夜話「エッチな火の玉」  私がまだ子供の頃、私の父の居た会社は三浦半島の油壺に居を構える漁師か何か の家と季節契約だか何かをして夏の間だけ海の家として3棟の2階建ての集合住宅 を借りていました。  その海の家は、元々釣り船のお客を泊めたり、遠洋漁業の乗組員を泊めたりして いるらしく、集合住宅の中には風呂や台所が整っている立派な物でした。  家の隣にはお寺があり、3棟の一番奥の住宅と隣接して墓場が在りました。  父の居た会社には父の他、叔父も勤めており、私の母と兄それと叔母とその子供 達はよく夏休みに油壺のこの海の家で海水浴を楽しんでいました。  私と兄は元々家の向かいが墓場であったので別に何とも思いませんが、叔父の子 供達は、夜2階から墓場を見下ろしながら母や叔母の語る怪談話を聞かされてキャー キャー言いながら怖がっていました。  …ちなみに、叔父の子供達は女の子2人と男の子1人です。  …この話は、私が叔母から聞いた話です。  ある年の事、その年の夏休みに叔母とその子供達だけでその海の家に遊びに行っ たそうです。このとき泊まった海の家の棟は3棟の内、一番奥だったそうです。  昼間の海水浴から帰って、疲れているのでしょう、母子達は早めに寝てしまった のだそうです。  夜中、次女が尿意をもよおし便所に起き出しました。  当時、便所は汲み取り式だったのと海の家が在る場所は小さな漁港でしたので、 気心が知れていたのでしょう、窓はいつも開けっぱなしになっていました。  便所に入って用を足すべく座ろうとした次女は、その窓の外に何か光るこのを見 つけました。  光る物はゆらゆらとゆれていて、何かを燃やしているような感じでした。  その窓からの眺めは、隣のお寺の墓場で当然こんな夜中に火の気が在るわけがあ りません。  何だろうと見ていると、突然、その火の玉はその子の方に向かって速いスピード で飛んで来ました。そして、その子の目の前まで近づいて来たとき、その子は危な いと思って身を避けたそうです。  火の玉はそのまま便所の窓から飛び込んでくると、反対側の戸に音もなく吸い込 まれたそうです。  その子は、しばしボーゼンとしていましたが、暫くして大声で叫んだそうです。  その声に、叔母が気づいて便所に駆けつけると、その子は目をカッと見開いたま ま、膝をガクガク震わせていたそうです…当然、その子の足には湯気が立つ物が…  その後、便所の戸を見ると、その子が言った火の玉が飛び込んだ場所には、赤黒 いシミが…  その事件の前後は定かでは在りませんが、別の年、叔母母子はその海の家に行き ました。このときも海の家の3棟の内、一番奥の棟に泊まったそうです。  夜、娘(長女)と一緒に風呂に入っていると、風呂の窓の外がやけに明るいのに 気がついたそうです。  風呂の窓も、先ほどの便所のと同じで隣のお寺の墓場の方を向いています。叔母 は火事かと思って、慌てて風呂の窓を開けました。  すると…風呂の窓の前には、火の玉が行ったり来たりするのが見えたそうです。  …普通の人なら、ここで発狂するか気を失うかするでしょうが、この叔母は(い や、私の母方の叔母はみんなかも知れない…)「コラーーッ」と一喝したそうです。  すると、火の玉は途端に消えてしまったそうです。  …この叔母、何でも子供の頃から火の玉をよく見る人だそうで、この叔母に火の 玉話をさせると延々とキリがないほどよくしゃべります。もう、火の玉を見るのは 慣れっこになっているのです。  幽霊や、火の玉を見たら、怖がらずに毅然した態度で一喝すれば大丈夫とは、こ の叔母や数人の母方の叔母の言葉です。 藤次郎