「狐の嫁入り」  子供の頃から、母方の叔母より「狐の嫁入りを見た」という話を何度か聞かされていま した。それには、母を始め、祖母などの一族が見たという証言もあります。  ”狐の嫁入り”とは、全く人気が無く灯りが無い場所で数十個の炎の灯りの行列が進む 光景で、また、天気くて日が射しているのに、小雨が降ったり止んだりすると「狐の嫁入 りだ」と言う気象現象とも聞いたことがあります。  母達が見た”狐の嫁入り”は、怪火の現象の方で、ただ、残念なことに当時母の居た実 家の周囲の地理が、子供頃の曖昧な記憶にしかない(私が中学生の頃、引っ越ししました) のと、現在の地図で見ても現在ではあまりにも周囲が宅地開発されすぎて、昔の面影が全 然無くなってしまっているのと、叔母の話が私には良く理解が出来なかったのと、また母 や叔母達の証言が食い違っている部分があり、長いこと話にまとめられないままでいまし た。  しかし、最近になって亡くなった叔父がまとめた狐にまつわる話を別の叔父から手に入 れることが出来ましたので、ここに引用させていただくことにします。  話は昭和十五年頃から三十年頃まで、それは数回に渡って目撃されたそうです…そのた め、人によって証言が食い違った物と思われます。  当時の母の実家は、南北を走る川のそばにありました。対岸には北側に小高い丘が望め、 その間は田畑だけだったそうです。人工物と言えば、ラジオの中継所があったそうですが、 それはその小高い丘とかなり離れて南側に存在していたそうです。  その丘は通称”狐山”と呼ばれるそうで、叔父が子供の頃には「狐が出るから夕方から 近づくな」と言われていたそうです。事実、狐に化かされたという話も聞いたことがあり、 叔父の文書にもありますが、それは、別の講釈とします。  狐の嫁入りに関して、以下に叔父の文書を抜き出しますと、  「行列はいつも、その丘から南に向かって走る。走ると言っても飛び跳ねるように移動 するのである。丁度、大人ほどの背丈の高さを約三十個余りの灯りが一メートル位の間隔 で、前後が三十センチ程に上下にゆれて蒼白い炎のような灯りが点いたり消えたりして連 なって進むのである」  当時は、その方向に光源が無く、その様な場所から炎のような灯りが続くのですから、 確かに不思議な光景だったと思います。  また、それを見るときは闇夜ではなく、薄暗い半月のような夜だそうです。時間帯は大 体八時から十時頃が多かったそうです。  炎の行列は決まって北側の丘から始まって、真東の辺りでスーッと消えたそうです。後 に叔父はその場所に稲荷の社があることに気づいたそうです。  それが移動する様と出現する場所と消える場所は叔父叔母達の証言が一致しています。  ただ、母を始め叔父叔母達の証言が異なるのは、みんなが狐火を楽しんで見たと言う説 と、祖母が母達を抱えて蚊帳の奥に隠れて念仏を唱えている脇で、当時嫁入りしたばかり の叔母(引用した文書の作者である叔父の妻)がウットリと狐火を見ていたので、祖母が 「狐に取り憑かれるぞ!」と怒った説と、祖母だけが隠れたという説とが混乱しており、 どれが本当だったかが分からなかったのです。今回、叔父の文書から、それが度々目撃さ れた物だと言うことが分かり、このようにしてまとめることが出来ました。 藤次郎