藤次郎夜話「上を見てはいけないよ」  この話は、旅行に行った温泉旅館にて仲居さんから聞いた話です。  この旅館はこの付近でも老舗の部類に入る旅館で、私達が泊まったのは、その別 館に当たる場所です。  この日、途中の国道が大渋滞していたために、宿に到着したのが19:30にな った私達は、宿の女将が玄関の前に待っていた姿を見て申し訳なく思うまもなく、 部屋に通されるとすぐ食事を出されました。  この日は平日でしたが老舗の旅館は混んでいて、私達は別館に泊まることになり ました。  しかし、別館は私達一行と、女子大のゼミ一行しか居ませんでした。  そのため、暇なのか私達が食事をしている最中、仲居さんが二人もつきっきりで、 私達とお喋りしながら給仕をしてくれました。  仲居さんとの話が盛り上がっていた時、一人の仲居さんがこんな話をしてくれま した。  「この別館は本来は団体客用で、混んでいるとき以外は一般のお客さんは泊めな いことにしているのだけど、たまたま今日は混んでいて、あなた達運がなかったね ぇ…」 と言って、  「そうそう、この別館のトイレは共同トイレになっているけど、できれば夜中行 かない方がいいわよ」  「ほぅ…それはどうして?」  「いえねぇ、お客さん達だから言うけど、あのトイレ出るんですよ!」  「出るって…まさか幽霊でも出るって訳じゃないだろうに…?」  「いや、そのまさかですよ!!」  「ゲッ!」  聞くと数年前、この旅館の仲居の一人がヒステリーになって、トイレで首吊り自 殺をしたそうな…以来、その幽霊が出るそうで、  「以前見たお客さんは、夜中に、トイレの大の便器に座って何気なく上を向くと、 髪を振り乱した顔面蒼白の女が天井からぶる下がってすごい形相で、お客さんの顔 を見ていたそうですよ…それを見たお客さん、探しに来たお連れさんに発見される まで上を向いたまま泡を吹いて朝まで天井を向いたまま気を失っていたそうですよ」  と、言う話を聞いて私達は、仲居さんの迫真の演技と解説に肝を冷やしました。  その日の夜中、遅くまで友人と呑んでいたビールが祟り、トイレに行った私は、 仲居さんの話が忘れられなくて、トイレにいる間中、ずーっと下を向いたままでし た… 藤次郎