藤次郎夜話「光る木立」  今から十年ほど前のこと。私の兄は従兄弟達とその友人達とでアマチュアラリー チームを結成していました。  車をロールバーやら4点シートなどで固め、ショックアブソーバーまで強化して、 地元のダートトラックやアマチュアラリーの大会に出たり、練習と称しては秩父あ たりの林道などに走りに行っていました。  私の両親は二人とも自動車関係の職場に勤めていたにもかかわらず、モータスポー ツに対して理解を示してくれない人でしたが、従兄弟達がやっているので渋々認め ている程度の物でした。そのため、兄は両親の理解を得ようと何かにつけて私を巻 き込もうとし、当時その方面に興味が無かった私はいい迷惑でした。  その日も兄はいやがる私を乗せ、夕方家を出発して秩父の麓のドライブインで他 のメンバーと合流してから、夜に秩父山麓に分け入りました…  秩父山麓のなんとかと言う研究所の脇の林道がこの日の練習場所でした。  この林道は行くと必ず誰かの車に事故やトラブルが発生する場所で、メンバーの 何人かは敬遠している場所でしたが、路面の具合やコーナーの曲がりくねった状態 が彼らを刺激するのか、よくここで練習をするそうです。  兄は私をスタート&ゴール地点に降ろすと、そそくさと車を走らせて練習を始め ました。  その間、私は彼らのラップを計ったり、残っている他のメンバーの車内で本を読 んだり、私と同じようにダシに使われているメンバーの彼女達とお喋りしたりして 時間を潰していました。  そんなこんなで、夜中の3時頃になってメンバーの一人の車の無線に連絡が入り ました。無線はゴール地点に居るメンバーからです。  「もう、誰も来ないけど、終わったのか?」 と言う言葉に、  「**が(ストップウオッチを見て)10分前に出ていったが、まだ戻らないの で、次が出られない」 と言うと、  「いや、こちらには来ていない」 と言う回答に、ゴールにいた一同騒然となりました。  「今日は珍しく誰も事故らないと思ったが…とうとう…」 と言って  「捜索に行く、そちらも下りてきてくれ」 と連絡し、何人か出発していきました。  私はスタート&ゴール地点に残って無線を聞いていましたが、どうやら途中でパ ンクしてしまい、パンク修理していたことが判り、一同ホッとしました。  そうして、今回は何事もなく練習を終え、秩父を後にして家路につきました。途 中で寄ったドライブインでの話。  「今日は珍しく事故という事故がなくてホッとした」 と言う兄の言葉に私がその意を聞くと、この林道は今まで誰かが必ず車を壊す場所 で、メンバーの何人かの車はここでお釈迦になっているとのこと…  しかも、壊れる場所がだいたい決まっているのだそうです。  ふーんと、思って聞いていると、横からメンバーの一人が  「今日はアレを見たか?」 と、兄に聞くと、兄は  「今日は珍しく見なかった」 と答えたので、また私がその意を聞くと、その車がよく壊れる場所に出るのだそう です…  スタート地点から走り初めて3分ぐらいの所で狭いカーブがあり、そのコーナー の所の木立が青白く光るのだそうです。しかし、その光は折り返して来た時点では 見えなくなっており、別の地点で光る物を見る場合があるそうです。光は人によっ ては水銀灯の光程度の明るさから40Wの裸電球程度の物まであり、中には光る老 婆の姿を見た物や若い女性の姿を見た物も居たそうです。  最初の内はその光に対向車と驚いてハンドルを切り損なってカーブの外の崖に落 ちたり、カーブの内側の崖にぶつかったりしていましたが(そのために、折り返し 地点に見張りの車が居て、ほかの車が来ると無線でスタート地点に知らせている)、 そのうち慣れると(慣れる物?)、気をつけて運転するようになり事故の発生率は 減ったものの、相変わらずサスペンションを折ったり、壁に激突したりするそうで す。  その日見た人はいなくて、いつもはほとんどの人がそれを見るそうです。  …ちなみに、パンクした人の車がパンクした場所はその光る場所とは全く関係の ない場所だったそうです。  この話の後日、私はまた兄に連れられてその林道に行き、その日は兄が折り返し 地点の見張り担当で、私を乗せてその場所を通りましたが、確かに右は眼前に迫る 壁があり、左はガードレールのない見通しが悪い狭いカーブでした。確かにここじゃ 事故が起きるのも無理は無いと思いましたが、その日は無事故…そのカーブで光る 物を見た人はほんの数人…  何事もなく帰ってきた私たちが従兄弟の家で一息入れていたとき、ふと従兄が  「そういえば、あのコーナーって、地蔵かなにか無かったっけ?」 と一言漏らしたのを、叔母が聞きつけ、地蔵は祟るだの何のと説教をされ、以来行 くことが無かったそうです。 藤次郎