第三章 接触
「司令、第五艦隊より合流したパイロットの報告が上がってきました」
「うむ」
第六艦隊旗艦、戦艦ペーネミュンデの艦橋。
艦隊司令であるリチャード・マッキャンベル准将に副官であるウィリアム・フォス大佐が手元に届いた報告書を読み上げる。
「やはり第五艦隊は敵に奇襲を許してしまい、壊滅した模様です」
「第五艦隊はMS相手の戦闘の経験が無かったからな」
マッキャンベルの脳裏に5thルナでの苦い経験がよぎる。マッキャンベルの英断と第四艦隊が盾となり撤退を支援してくれたおかげで第六艦隊は全滅を免れることができたが、戦力の大部分を失ってしまった。
「対MS戦の経験がある我が艦隊ですら、8機のジン相手にこのざまですからね」
先程の攻撃で空母ラングレー、重巡洋艦紀伊、武装商船タイタンの3隻を沈められ、迎撃に発進したメビウスにも損失が出ていた。
それでも5thルナでの戦訓から光学観測に力を入れ、展開してる偵察機との連絡にはレーザー通信や発行信号を使用するなどレーダー・無線に頼らない艦隊運用を行うようにしていたため、比較的早期に敵MSの接近を探知・迎撃することができ、艦隊を迅速に後退させることができたのでこの程度に損失を抑えることができたのだった。
「MA隊の収容はどうなっている」
ラングレーを失ったところに第五艦隊からもメビウスが合流したため、サージェントヨーク、ドレイクの両空母だけでは収容しきれなくなっていた。
「修理の必要のない機体は、戦艦や巡洋艦にまわすことでどうにか対処できてます。ただ運航部は編成の組み直しでおおわらわのようですが」
第六艦隊の稼動機に加え第五艦隊から合流した機体、さらに修理の進展状況によって変化する稼動機数にあわせて編成を組み替えていかなければならないのである。
「敵艦隊の動きは」
「今のところ動きはないようです。しかし次は全力で叩きにくるでしょう」
だがここで完全に艦隊を崩されるわけにはいかなかった。
作戦名「セレネ」はまだ始まったばかりである。
「うむ。対空監視を厳にしろ。それから観測機を出しての光学観測もぬかるな」
「了解しました」
ヴェサリウスの艦内、MSデッキではMS隊の発進準備が整えられつつあった。
新造戦艦であるヴェサリウスは戦闘艦としても優れた性能を誇っていたが、それ以上に重要な点はMSの運用を前提に設計されており、巡洋艦サイズの艦でありながら最大2個中隊8機のMSを運用できることであった。
従来のザフト艦が改装を受けても2〜4機のMSしか運用できないことを考えれば画期的であった。
クルーゼは5thルナにおける戦いでの活躍を評価され、この新造戦艦の指揮を任されていた。
「諸君等にわざわざ言うようなことではないかもしれないが、月面での戦闘は今までの宇宙空間での戦闘とは違い小さいながらも重力が働いている。うかつにこの重力に捕われたら推力の低いジンではメビウス相手に苦戦することにもなりかねない。注意してくれたまえ」
指揮官用のカスタムMS、シグーのコクピットからクルーゼが注意事項を伝える。
「それから他の部隊から奇妙なMAを見かけたという報告も上がってきている。このMAによってジン2機が撃墜されかなりの機体が損傷を受けている。こいつにだけは気をつけてくれたまえ」
「ナチュラル共のMAごときにやられるとは、とんだ間抜け野郎もいたものだな」
クルーゼの言葉に先の戦闘にも参加していたパイロットの一人が嘲りの言葉をあげる。
「どうせよそ見でもしながら飛んでたんだろ」
他のパイロットたちもその言葉に同調する。
「諸君等がナチュラル共をみくびって落とされるのは勝手だが、その時は諸君等自身が間抜け野郎のレッテルを貼られることになる、ということを忘れずにいたまえ」
パイロットたちの傲りにクルーゼが釘を刺す。
その言葉にさすがに彼らも口をつぐむ。
「では出撃するぞ」
「司令、敵艦隊によると思われる電波妨害の強度が上がってきております」
通信班からの報告をフォスが読み上げる。
「しかけてくるか」
フォスの報告にそう呟き光学観測班に状況報告を求めようとした瞬間
「偵察機より入電」
オペレーターの一人が声を張り上げた。
「敵艦隊加速。またMS部隊の発進と思われる光も観測」
敵が構成を掛けてきているのは間違いないようだ。
「来たな。全艦に発令、第一種戦闘配備。MA隊の発進を急がせろ」
「了解。全艦に発令、第一種戦闘配備。MA隊発進急げ」
マッキャンベルの命令をフォスが全艦へと通達する。
「後退加速。対空戦闘陣形へと艦隊を展開させつつ、やつらに気取られぬように徐々に高度を下げろ」
矢継ぎ早に命令が飛ぶ。
本来ならば第五艦隊と2個艦隊で戦線を支えるはずだったが、1個艦隊で支えなければならず状況はかなり厳しいと言えた。
しかしここで引くわけにはいかなかった。この戦いに連合の宇宙艦隊の命運がかかっていた。
パイロット待機室はすっかりフラガの武勇伝で盛り上がっていた。
といっても空中戦ではなく女性関係の話であり、また空中戦と違っていい関係までいったがすげなく断られたという被撃墜記録の方ばかりであった。
すっかりパイロット仲間の間ではフラガは夜の被撃墜王となっていた。
「なんで世の女性たちには俺の魅力が伝わらないのかねぇ」
そのすっとぼけた物言いに待機室に笑いが広がる。
その笑いを突き破るように艦内放送が走る。
「全艦に発令、第一種戦闘配備。MA隊発進急げ。繰り返す」
それまでとうって変わって空気が張り詰める。
「まあこれで戦闘手当がまた上乗せされるわけだから、そいつを軍資金に帰ったら街に繰り出すかな」
そんな中かわらず軽い口調でフラガが呟く。
「まあた中尉はその事しか頭にないんですか」
近くにいた少尉が突っ込みを入れる。
「何を言ってる、これは男にとって生きる活力だぞ」
重くなっていた雰囲気がぐっと和らぐ。
「さーて、いくか」
その声を合図にパイロットたちは待機室を一斉に飛び出し各々の機体へと走っていった。
「おやっさん、俺の機体はどうなってる」
メビウス・ゼロの側ではカールが整備兵たちに指示を飛ばしていた。
スクランブル待機していた機体は既に発進を開始している。
「おう、本体の方の修理はおわっておるぞ。じゃが3番のガンバレルは修理用の部品が足りなくて応急処置しかしておらんぞ」
「まあ、そのへんはしょうがないですね」
カールに礼を告げて機体へと乗り込む。
そのすぐ側のデッキではメルダースが自分の機体の状況を整備兵に尋ねていた。
「エンジンの交換は終わってますが調整がまだです。あと左右のパイロンの修理が終わっていません」
「出撃は可能なのですか」
「一応飛行は可能な状態だが、ちょっと待ってくれ」
メルダースの質問に整備兵が端末を操作して運航部へ確認を取る。
「・・・と、メルダース准尉、出撃だ」
出撃部隊の編制に組み込まれていた。
「ミサイル搭載が不可能なのでリニアガンを搭載せよとのことだ」
「リニアガンですか」
リニアガンは弾速と威力に優れ、対艦攻撃などでは高い効果を発揮するが、速射性が低いのでドッグファイトには不向きな武器であった。そのため通常はベテランパイロットにしか配備されないのだが、状況が状況のためメルダースの元にもまわされてきたようであった。
「すまんな、本当は完全な状態で送り出してやりたいのだが」
「いえ、ありがとうございます」
すまなそうに告げる整備兵へ敬礼を返して機体に搭乗する。
シートに座りハーネスを固定するとエンジンを始動させ起動手順を実行する。
BITE(内部診断装置)が作動して機体の各所の状態をチェックしていく。確かに整備兵の言った通り火器管制装置に異常あり、詳細を表示すると左右のパイロンがエラーとなっていた。
また制御系にもエラーがありこちらはキャリブレーションデータの不足を訴えていた。
その他には特に目立った異常は検出されなかった。
さらに起動作業を続けていると管制から通信が入った。
「メルダース准尉、編成の変更を伝える。君はフラガ中尉の指揮下に入ってくれ。コールサインはホーク22。識別コードはK-515-631-S」
「了解」
指示された識別コードをIFF(敵味方識別装置)に打ち込むとコールサインと中隊内通信チャンネルが自動的に設定される。
そこまで作業をしたところで機体に震動が走った。どうやら固定を外されて発進口への移動が始まったようだ。
「ホーク11よりホーク各機へ、聞こえるか」
ホーク11、フラガ機からの通信である。コンソールの通信パネルにヘルメットを被ったフラガの姿が映し出される。
「こちらホーク33、チャンネル55」
「ホーク44、チャンネル55」
「ホーク22、チャンネル55」
あわててメルダースも返答する。
「お、さっきの坊主か」
その声にフラガも気がつく。
「さて、本来なら隊員同士の親睦を深めるためにオリエンテーションを行うところだが、そんな余裕がないのでぶっつけ本番で行くことになった。」
この状況でも軽い口調は健在だった。
「俺達の仕事は友軍艦隊を狙う敵MSの相手だ。担当区域はエリア220-153だが状況は随時変化する。適宜対処していくしかない。既にわかっているとは思うが敵のMSはこちらのメビウスよりも小回りが利き、かなりすばしっこい。よって攻撃をかける時は一撃離脱に徹しろ。うまく照準に捉えられないからといって無理に捉えようとするな。そんなことをすればやつらの思う壷だ。補足が困難な時は無理せずそのままやりすごせ。いいな」
編隊長であるフラガから戦闘指揮が飛ぶ。
「ホーク33、了解」
「ホーク44、了解」
「ホーク22、了解」
「それからホーク22」
「は、はい」
突然のフラガの呼びかけに緊張して返事をする。
「坊主は俺のそばから離れるなよ」
モニタの向こうからフラガがウィンクをよこす。
「了解」
モニターの向こうに宇宙空間が広がる。発進が最終段階に入り機体がハッチをくぐり艦外へと押し出される。
姿勢制御用バーニアーを使って艦から離れる。
安全距離まで離れたらメインブースターに点火して上昇し、十分距離をとったらフライトコントロールシステムをテストモードに切り替えて、操縦桿、スロットル、ラダーペダルをいっぱいに操作する。
自動診断機能が作動して操縦装置の動きと機体の挙動から動力系・制御系のキャリブレーションが行われる。
本来ならいくつもの項目にわたってテストを行うのだが、時間がないため大雑把なテストだけで終了してフライトコントロールシステムを通常モードに戻す。
「ホーク33、ジョインイン」
「ホーク44、ジョインイン」
メルダースが機体の調整をしている間に他の2人はフラガの機体と編隊を組んだようだ。
メルダースも急ぎ合流する。
「ホーク22、ジョインイン」
ややもたつきながらもメビウス・ゼロの斜め後方、編隊定位置へと付ける。
「ホーク11よりホーク各機へ。いくぞ、遅れるな」
フラガの合図の下、先発部隊と合流すべく発進する。
エンディミオンクレーター上空。
グリマルディ戦線最大の激戦が始まろうとしていた。
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