第二章 休息



空母サージェントヨークの格納庫は喧騒に包まれていた。
先の戦闘で空母ラングレーが撃沈されたためラングレーの艦載機を収容しただけでなく、第五艦隊から合流してきた機体も収容する羽目になったからである。
フェルナー・メルダースのメビウスもサージェントヨークに収容されていた。
「こいつはまたこっぴどくやられたもんだな」
コクピットから降り立ったメルダースに壮年の整備兵が声をかけてきた。
トーマス・カール曹長、サージェントヨークの整備部隊を束ねるベテラン整備班長である。
整備部隊の指揮官としては技術士官の将校がいるが、この艦の整備兵を実質的に取り仕切っているのはこの男であった。
「申し訳ありません」
すまなそうにメルダースが告げると
「まあそれでも自力で戻ってきたんだから大したもんじゃ」
軽く笑い飛ばされた。
「しかしおまえさんは相当な強運の持ち主じゃな」
そばの端末で機体の状況をチェックしたカールが驚嘆の声をあげる。
「これだけ弾を食らってながら、やばいとこには1発も入っておらん。狙って撃ってもここまできれいに外して当てることは出来んぞ」
まわりでは慌ただしく機体の修理や燃料・弾薬の補充が行われている。
「それで修理にはどれぐらい時間がかかるのでしょうか」
「そうさの」
手元のハンディコンピューターで修理箇所のチェックをしつつ
「まあこれだけ盛大に壊れてたらエンジンユニットそのものを丸ごと交換することになるから、かえって時間がかからんかもしれんな」
その他にもいくつかの項目を調べて目算を出す。
「部品も揃っとることだしおおよそ2時間といったところか」
そう言いながらもその手は早くも頭の中で組み立てた修理計画を端末に入力していく。
「お手数をおかけします」
「なあにこちとらこれが仕事だ。そんなに気にすることはないさ。それより休めるうちに休んでおけ。休息を取るのもパイロットの仕事じゃぞ」
「はい」
整備班長の気づかいに礼を言いつつメルダースが機体のそばを離れようとした途端、けたたましく警報が鳴り響いた。
「回せ〜」
「ミサイルの搭載を急げ!!」
「機体を発進口へ!」
格納庫内が騒然となる。
「坊主急いで機体に乗り込め」
そう告げるカールの手は既にメルダース機の発進手順を端末に入力していた。
「しかし」
「やばくなったら艦外へ放り出す。他の艦に拾ってもらえ」
逡巡したのち覚悟を決めて機体に乗り込もうとしたところで、ふと外部カメラの映像を映しているモニターに目が止まった。
「あの機体はさっきの・・・」
メルダースの言葉にカールも面をあげてその映像に気がついた。
「メビウス・ゼロ」
そこにはあの赤いMAが映っていた。

「おいおい、冗談じゃないぜ」
モニターの中で友軍の艦艇が攻撃態勢に入っている。
「ここまで飛んできて友軍に落とされたりしたら、笑い話にもなんねぇよ」
明らかに友軍はこちらを敵機と誤認しているようである。
「こちら第五艦隊所属、ホーク11、ムウ・ラ・フラガだ。識別コードはD-332-119-R。繰り返す・・・」
フラガは第六艦隊より先行していた第五艦隊の所属であった。
しかし第五艦隊はMSによる奇襲を受け壊滅状態に陥ったのである。
緊急発進したMA隊は奮戦し、フラガ自身もジンを2機撃墜する戦果をあげたものの、主要艦艇を撃沈されあえなく壊滅したのである。
空母が全て沈められたため残存したMAを全機収容することはできなくなったため、損傷を受けておらず燃料・弾薬に余裕がある機体はそのまま第六艦隊に合流するよう命令され、ここまで飛んできたのであった。
辿り着けた他の機体はメビウスであったため滞り無く第六艦隊に収容されたが、フラガの機体は軍内部でもほとんど姿を知られてないメビウス・ゼロであったため、このような事になったのである。
対空砲の餌食にならないように警戒しながら飛んでいると、通信が入ってきた。
「ホーク11、フラガ中尉、聞こえるか。こちら空母サージェントヨーク」
「はいよっ、こちらホーク11」
「中尉、驚かせてすまなかった。こちらのデータベースにその機体のデータが入ってなかったものでね」
モニターの中で管制官らしき男性士官がすまなそうに告げる。
「ま、そういうことならしょうがないですね。ところで着艦許可はいただけるのですかね。こちとらガス欠寸前なんですが」
「おっと、すまなかった。ホーク11着艦を許可する。誘導に従い第8ハッチ、いや後部の第14ハッチにまわってくれ」
「ホーク11、了解っと」
サージェントヨークからの指示に従い、フラガはメビウス・ゼロを着艦コースへとのせていった。

[よもやこいつが前線に出てくるとはな」
空母サージェントヨークの格納庫でメビウスゼロを見上げていたフラガに整備兵が声をかけてきた。
整備班長のカールである。
「こいつの修理は大丈夫ですかね」
自分の機体を親指で示してフラガが尋ねる。
「まあ本体はメビウスと部品を共通にして作ってあるみたいじゃから問題は無いが、ガンバレルの方は修理用の部品の取り置きが無いから保証はできんがの」
「そいつはしょうがないですね」
まだ試作機しか作られてないような機体をまともに運用できるとは思っていなかった。
実際のところこの艦に収容する際も通常のMA用のハッチからは入れなくて、後部の大型シャトルや物資搬入用に使うハッチから収容し、メビウス4機分のスペースを使って無理やり固定している状態であった。
「それで、MSと初手合わせしてみた感想はどうじゃ」
「そうですね、噂どうりすばしっこくて小回りの利く相手ですね」
整備班長の疑問に素直に返答する。
「しかし何よりやっかいなのがダメージコントロールに優れている点です」
MSは人型をしているが、その手足を振り回すことにより宇宙空間において、自在に姿勢をコントロールすることができる。
それだけではなく攻撃を受けた場合はその手足を使って重要部位を庇い危険な損傷を防ぐことができるのである。
手足は動力部から離れているため、ここに被弾しても誘爆などの危険はないので盾代わりに使用しても問題はない。
手足を失えば自慢の運動性能を低下させることになるが、手足の1本ぐらい失ってもなおメビウスよりも運動性能において優れているので、用法としては間違ってはいなかった。
「コーディネーターが考え出した物だけあって、よく考えて作られてますよ」
うんざりした感じで方をすくめながら告げるフラガに後ろから声がかけられた。
「中尉殿」
その声に振り返るとパイロットスーツを身につけた、若いというより少年といった表現が似合う、士官が立っていた。
「先ほどはどうもありがとうございます。おかげで命拾いしました」
「ああ、さっきのメビウスのパイロットか。無事に帰還できてなによりだ」
緊張しながら礼を告げるメルダースにフラガがざっくばらんに答える。
「ムウ・ラ・フラガだ。よろしくな」
「フェルナー・メルダースです」
しゃちほこばって敬礼をするメルダースの姿に思わず笑みがこぼれる。と、その目がメルダースの襟元の階級章にとまる。
「准尉だぁ。ということはまだ士官学校の・・・」
「あ、はい、パイロット教導課程のまだ途中です」
思わずフラガは額に手をあてて呟いた。
「あちゃ〜。第六艦隊は前の戦いで随分やられて、急いで兵員を補充したと聞いていたが、まさか訓練中の学生まで動員していたとはなぁ」
士官学校は通常4年のカリキュラムが課せられるようになっている。最初の2年はどの兵科でも共通で、軍人としての基礎となる一般教練を受け、後の2年で兵科ごとの専門教練を受けることになっている。この4年のカリキュラムを終了すると少尉として任官され部隊に配属されるわけだが、パイロット候補生だけは扱いが違っていた。
パイロット候補生は専門教練が4年となっており、最初の2年で学科を中心として基礎教練を受け、後の2年でそれぞれの種別(戦闘機・輸送機・偵察機等)ごとの機種に合わせた実技を中心とした訓練を受けることになっている。
メルダースはまだこの基礎教練の途中課程でありながら、比較的成績が優秀であったため一ヶ月のメビウスパイロット促成教練を受けて第六艦隊に配属されたのであった。
「まあ、そういうな」
カールがフラガを制する。
「この艦隊はどこもかしこも寄せ集めだらけだ。この艦にしても本来は退役して解体を待つ身じゃったんじゃが、現役復帰する羽目になっとるわけじゃしの」
サージェントヨーク以外にも現役復帰している退役艦が多数あった。それだけではなく中には商船を徴発して武装を施した艦も何隻か存在していた。
「おやっさんも現役復帰させられた口かい」
「馬鹿モン!!ワシはずっと現役じゃい」
フラガの軽口にカールが激昂する。
「そもそもまともな戦力が整えられるのなら、お前さんだってこんな機体に乗せられる羽目にはなっておらんじゃろ」
メビウス・ゼロを一瞥する。
「変わった機体ですね」
つられてメビウス・ゼロを見上げたメルダースが呟いた。
「連合の新型MA開発計画の失敗作じゃよ」
「随分詳しいんですね」
その口ぶりに関心を持ったのかフラガが尋ねる。
「まあこいつの噂は整備兵の間では有名だからの。姿を知ってる者はほとんどおらんが、パイロット殺しのあやとりマシーンってな」
「パイロット殺し!」
物騒なあだ名にメルダースがぎょっとする。
「こいつの特徴はなんといっても、機体の上下左右に搭載されたガンバレルと呼ばれるウエポンユニットじゃ。こいつは本体から切り離して遠隔操作を行うことができるようになっておる」
メビウス・ゼロの機体を指差しながらカールが解説をする。
「このガンバレルを使用することにより、全周囲への攻撃を可能にするだけではなく、ガンバレルを囮にしておいて注意を引きつけておき、その隙に本体で攻撃といった多彩な戦法が可能になるのじゃ」
その辺の戦術は先程の戦いでメルダース自身も実際に目にしていた。もっともあの時は他のパイロットが搭乗している戦闘ポッドとばかり思っていたが。
「しかし少し考えればわかるのじゃが、ガンバレルを切り離した場合、本体の操縦だけでなくガンバレルも操作しなければならず、いくらコンピューター制御の半自動操縦とはいえ最大4つのガンバレルを一偏にコントロールするのは並み大抵の作業ではないはずじゃ」
その辺はなんとはなしにメルダースにも想像はついた。
「それに戦闘中のパイロットはただ敵を追いかけまわしていればいいというものじゃあない。常に相手の行動を予測してそれに対して自分はどう対処すればいいか。それに対して相手はまたどう動くのか計算して行動しなきゃあならん。扱える機体が増えれば取れる作戦も広がるが、それだけ計算しなければならない要素や組み合わせが増えて、とんでもないことになる。それこそコーディネーターでも頭がパンクするぐらいにのぅ」
確かにその通りであった。先程の戦闘でフラガがジンに攻撃をヒットさせることができたのも、ひとえに相手の行動やメルダースの行動を予測して効果的な位置に、先回りしていたからである。
「結局この機体はまともに扱える者が一人しかおらず、苦肉の策として、本末転倒としか言えんのじゃが、ガンバレル1機につき一人のオペレーターを搭乗させるように改造を施したが、それでもガンバレル同士を絡めさせて機体を空中分解させる者が後を断たなくて、お蔵入りになってしまったという話じゃ」
「へぇー」
メルダースの目は相変わらずメビウス・ゼロに向けられたままだった。
その横ではフラガが他人事のようにその話を聞き流していた。
「一度お前さんがこいつをどういうふうに操縦しているか、その姿を拝んでみたいものじゃな」
「どういうふうにって言われても、戦闘中はただ必死にコンソールを叩いているだけですけどね」
カールの興味をフラガが適当に誤魔化しているところに艦内放送が入ってきた。 「フラガ中尉、フラガ中尉、ただちに戦闘指揮所に出頭して下さい。繰り返します、フラガ中尉・・・」
「おっと、お呼び出しだ。では整備の方、よろしくお願いします」 そうカールに告げて機体のそばから離れようとして
「と、それから坊主」
「は、はい」
メルダースのほうに向き直って 「休めるうちにちゃんと休んでおけよ」
そう告げて指揮所の方に走っていった。

「解せぬと思わないか、アデス」
新造戦艦ヴェサリウスの艦橋、月面の地図に目を向けながら仮面の男、ラウ・ル・クルーゼが副官に問いかけた。
「と、申されますと」
「第六艦隊の引き様だよ。強行偵察のジン、それも8機しかいなかったのにずいぶんと後退していると思わないか」
仮面に隠されてその思惑は読み取ることはできない。
副官のアデス自身もこの男の素顔を見たことはなかった。
「第六艦隊は以前の戦いで手痛い目にあっているので必要以上に警戒をしているのではないでしょうか」
そういった経験のない第五艦隊はMS部隊の奇襲に対処が遅れ壊滅していた。
「それから第六艦隊を囮にして我々を引きずり込み、第七艦隊と前後から挟み撃ちをする算段とも考えられます」
「それも十分可能性としては考えられる。だが何か他に策を練っているような気がするのだ」
目の前の月面地図には敵艦隊の所在が記されていた。
ザフト艦隊の前方、エンディミオンクレーターの外縁から少し内に入った所に第六艦隊が、また数時間前に同じエンディミオンクレーターの北東の外縁の外側付近、ザフト艦隊から見て左前方の位置で第七艦隊の姿が確認されていた。
今ごろはこちらの左側面に回り込んできているはずであった
当初連合の布陣は第五艦隊を正面に展開してこちらの位置を探り、第六艦隊はその斜め後方に待機、第七艦隊は側面に迂回するように進軍していて、第五艦隊がこちらを補足したら正面で注意を引きつけて、その間に第六艦隊が側面を、第七艦隊が後背を突くという形であったのであろう。
3個艦隊を相手に1個艦隊に満たない戦力で対するのは無謀だという意見もあり、連合の艦隊は無視して駐留する戦力がすべて出払ってしまって空になっている、フォン・ブラウンを一気に制圧するという作戦も立案されたが、物量で負けていても戦力的には勝っている点と、友軍の士気高揚と連合の戦力を削ぐという目的のため、正面から叩きつぶすという判断が上層部でなされたわけである。
手始めにNジャマーでレーダーを封じて、第五艦隊側面に接近しMS部隊による奇襲でこれを壊滅させて、連合の作戦の第1歩を挫き、第六艦隊の動向を探らせに偵察に出したMS部隊もそれなりの戦果をあげてきたわけである。
「アデス」
「はっ」
「次の戦いは私も出る。連中の思惑がどうも気になる。それに奇妙なMA見たとの報告も上がっている。その辺をこの目で確認しておきたい」
「了解しました」
あいかわらずその表情を読み取ることはできなかった。

「よ、どうした坊主」
「中尉」
指揮所からパイロットの待機室へ戻ると、部屋の隅でメルダースが暗く沈んでいた。
「なにか、あったのか」
少し気にかかって問いかけたみたが
「その・・・、この作戦には自分の同期の者もかなり参加していたのですが・・・」
なるほど、そういうことだったのか。
「死んでいった者のことを思うのは大事なことだ。だが、それは戦場から生きて帰った者のする仕事だ。俺達はまだ戦場にいる」
「中尉」
「生きている者は、成すべきこと成さねばならぬことを全力でやらなくちゃならない。そして生きて帰ったなら死んで行った者のことを思い出し、そいつらの分も成すべきこと成さねばならぬことを全力でやる。それが生きている者の使命だと俺は思うよ」
自分の信念、戦場に赴く時の心がけを告げる。
「軍のパイロットをやっている限り、こういう話はずっとついて回る。だから俺が今言った言葉をよーく覚えておくんだ」
その言葉、そしてその言葉の持つ意味を心に刻みこもうとしてふと疑問に思った。
自分はパイロットへの憧れという単純な理由で士官学校へと入学したが、なぜこのように他人のことを思いやり、信念を持って行動するような人が軍なんて他者を傷つける組織なんかにいるのだろう。
「中尉はどうして軍に入ったんですか」
「え、俺。う〜ん」
少し考える素振りをしていたが
「宇宙を自由に飛びたかったからかな。それには軍のパイロットになるのが一番手っ取り早かったしね」
こちらも意外に単純な理由であった。
「まあもっとも軍隊なんてのはどこ行っても紐付きだから、自由にってわけにはいかないが。その代わり陸に上がれば軍のパイロットだって言えば、女の子にモテモテだからかな〜りおいしいけどな」
屈託のない笑顔でそう続ける。
この一見美形で凄腕のパイロットがなぜ二枚目半に見えるかがメルダースにはようやくわかった。
少年のような屈託の無さと、好奇心に満ちた目。そして口を開けば出てくる軽口。それがこの人を実際よりも若く、軽く見せているのだ。
本人に言えば必死になって否定するところだろうが、そこが親しみやすく、メルダースのような新米パイロットには兄貴のような存在であった。


戻る