第一章 敗走



コクピットの中にけたたましい警報が鳴り響く。かなりの数の警告灯が赤く点灯している。
混沌とした戦場では珍しいことに1:1という状況であった。しかし敵のジンと呼ばれるMSと彼のMAメビウスでは戦力比は5:1と言われていた。実際士官学校の講義でも、MSに対する時は必ず1個中隊4機以上であたれと教えられた。
しかし彼、フェルナー・メルダース准尉に編隊を組むべき僚機はもういなかった。中隊長であるバウアー大尉もクルツ中尉もビットマン中尉も既に撃墜されていた。
空母ラングレーを発進したメルダースの中隊は母艦を攻撃しようとするMS2機に対して攻撃をしかけたが、瞬く間に他の3機は撃墜され、残ったメルダースの機体もダメージを受けてしまったのである。
ダメージを受けたMA相手にMSが2機も必要ないと片方の機体が他の目標を探しに離れていって、追ってくる敵機が1機しかいないのと、メルダースが新米パイロットゆえ型にはまらない無茶苦茶な操縦をしていることもあって、どうにか完全には補足されず撃墜されるのを免れている状態であった。
しかしそんな幸運がいつまでも続くわけはなかった。
上方からの銃撃に慌てて機体をひねり、そこから左へと旋回・進路変更したところで正面に奴の姿が飛び込んできた。
「しまった」
完全に捉えられた。
そう思い目をつむりかけた途端、そのジンはクルリと反転をすると急上昇していった。
今までジンがいた空間を火線が切り裂く。
メルダースの機体の鼻先をかすめるように大きな機影が通り過ぎていった。
「赤いMA?」
それはメルダースが見たこともない大型のMAであった。そして戦闘ポッドらしきものが2機、いずれも赤い機体である。
その3機がみごとな連携でジンを追い立ててゆく。
メルダースもそのMAを援護するために機体を巡らせる。
しかし大きなダメージを受けているメビウスで激しい格闘戦はもはや不可能である。ならばやれる事は一つであった。
相手の行動を先読みしてそこに先回りしての一撃離脱である。
少し距離をおいてジンの動きを観察する。
上、左、下、上、左、下、上・・・・。
だんだんリズムが掴めてくる。
「上、左!!」
一気に突入をかける。
予想通りジンが正面モニターの中に飛び込んでくる。
がむしゃらに機関砲を発射した。
が、ジンは強引に機体をひねると必中の弾丸をからくもかわした。メビウスには真似のできない芸当である。
しかしそのジンをさらなる銃撃が襲った。
先程の赤いMAである。
メルダース機の軌道からジンの回避行動を予測してその先に更に回り込んでいたのだ。
リニアガンの銃弾からコクピットをかばった右腕が千切れ飛ぶ。第2撃は右足を撃ち抜いた。
大きなダメージを受けたジンは半分スピンに陥りながらも離脱を図ろうとする。
追撃をかけるべく赤いMAと戦闘ポッドが転進する。
メルダースも追撃をかけようと機体を旋回させたところで激しく警報が鳴った。 左上方より敵機。
気付いた時には銃撃がメルダースの機体を襲っていた。
僚機の危機を察知して救援に駆けつけたもう1機のジンだ。
幸いなことに側面からの攻撃だったのでエンジンユニットが盾になってくれてコクピットへの直撃は免れた。
またこれだけの攻撃を受けながらも幸運なことにエンジンが爆発することも無かった。
しかしもはや飛んでいるのがやっとという状態であった。今攻撃を受けたら一溜まりもなかった。
だがそのジンは止どめを刺すことよりも僚機の援護を優先したらしく、傷ついたメルダース機には目もくれず赤いMAとの間に割って入っていった。
もはやメルダースにできることはなかった。赤いMAの事が気になったが離脱するしか手はない。
機体を艦隊の方向へどうにか向けると戦域から離脱を開始する。
モニターから敵の姿が消えるとわずかな安堵が生まれた。操縦桿を握る右手が震えていることに気がついた。
いや、震えているのは右手だけではなかった。全身が震えていた。
震えが止まらなかった。

視界の隅に離脱していく激しく損傷したメビウスが見えた。
「どうにかうまく逃げだせたようだな。おっと」
斜め上方からの攻撃を器用にかわすと分離していたガンバレル2機をドッキングさせる。
先程3機にみえた機影は実は1機のMAだったのである。
遠隔操作が可能なガンバレルと呼ばれる4機のウエポンユニットを装備したこの風変わりなMAこそ、ムウ・ラ・フラガの愛機メビウス・ゼロであった。
連合の新型MA開発計画において試作された機体であったが、まともに使いこなせるパイロットが1人しかおらず、計画は頓挫してしまいお蔵入りしていたのだが、この作戦の直前に少しでも戦力の足しになればとフラガの下に増援物資として届けられたのだった。
メビウスを遥かに上まわる巨体ながら、後部に装着された大型ブースターと機体各所に取りつけられた姿勢制御バーニアーのおかげで運動性能はメビウスよりも優れており、ガンバレルを使用することにより多彩な戦術を取ることができるため、使いこなすことができればジンとも互角以上に戦える優秀な機体であった。
しかしメビウス・ゼロ本体に加え最大4つのガンバレルを同時に操作しなくてはならず、その操縦は
「いそがしいったらありゃしない」
という状態であった。
後方からの攻撃を難なくかわして素早く機体を転進させるが、敵MSもその動きに追随してくる。
メビウス・ゼロが運動性が優れていると言ってもそれはメビウスに比べてであり、ジンとは比べるべくもなく近距離での格闘戦ではやはり分が悪かった。
つけ込む隙があるとすれば、ジンはメビウスやメビウス・ゼロに比べると格段に推力が小さく加速力が弱いという点であった。
となれば取る戦法は一つであった。
速度を生かした一撃離脱で相手を翻弄するしかない。
推力を全開にし振り切りにかかる。
引き離されまいとジンも全力で追尾してくる。
「かかった!!」
スロットルオフ。全力で機体を反転させ再加速。
強烈なGが体を襲う中操縦桿を操作して機体をバレルロールさせながら相手のすぐ脇をすり抜ける。
激しい銃撃が浴びせられるがバレルロールをしていたおかげでどうにか急所への直撃は免れた。
銃撃しつつ機体を反転させたジンも追撃しようとブースターを吹かすが、速度がのっていた機体はすぐには前へと進み出さずもたついてしまう。
その隙に速度を十分稼いだフラガは、スロットルを閉じて慣性飛行に入ると機体を反転させた。
機体をロールさせながら左右の2番・4番ガンバレルを展開する。
正面にはようやく加速を始めたジンが。しかも急いで間合いを詰めようとしたため動きが直線的になっていて、格好の標的であった。
「いただき!」
ガンバレルとリニアガンのトリガーを引き絞る。
4番・2番のガンバレルで相手の動きを封じつつ、リニアガンで仕留めるという三段構えの攻撃であったが、2番ガンバレルの機銃が火を噴かなかった。また、リニアガンも2発射撃したところで沈黙した。
弾切れであった。
「あちゃ〜、こんなときに」
絶好のチャンスを得ながらも左腕と右腰に被害を与えただけであった。
「うっひょ〜」
ジンからの反撃を機体をひねりながら加速することでからくもやり過ごす。
後方モニターでジンの様子を窺うが反転追尾してくる様子はなく、そのまま離脱を図るようであった。
周囲を見まわすと第六艦隊を攻撃していた他のMSたちも既に引き上げているようで戦闘は一段落ついたようであった。
「こっちもガス欠になる前に味方に拾ってもらわないとな」
そう呟くと第六艦隊に合流すべく機体を転進させた。


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