ブック・サウスバウンド


  コメント:新潟市 しおりさん 2006年 4月
 友人に薦められて録音図書を聞き始めたのですが、見事はまってしまいました。それが出だしからビックリ仰天のことばかり。実は、無年金障害者の話を聞いて「みんなで年金を払いましょう」と言われて納得して来たばかりだったのですよ。ところがこの小説のお父さんときたら「国民年金なんか払う必要などない!」と説得に来た役所の人達を追い返す始末。初めからこんな転回ですから、主人公の少年が心配になります。東京に住む家族5人、両親と3人の子供達。一見典型的な家族なのに、父親は家でブラブラと作家気取り。母親が喫茶店を経営して家族を養っています。長女も働いていて、小学校6年生の長男と4年生の妹がいます。これだけなら、まあまあありそうな構成ですが、お父さんは元過激派。お母さんも同士、長女は父親が違うらしいとなれば、なにやらもめごとが多そうですよね。
実際、この破天荒な父親に翻弄される子供達はもう大変。主人公は小学校6年生の二郎君です。こういう家族の日常や、親友、同級生との学校生活が生き生きと描かれています。大人になりつつある子供達の目から見た大人や社会への視線が鋭いです。いじめにあった二郎君は「子供の世界で起こることには、大人は無力だ」と何度もつぶやきます。そして、いろいろと闘うのですが……。
 東京での生活の第一部と、やむなく移ることになった西表島での第二部と長編ですが、あきさせない筆致で話が進みます。退屈している暇がないほどいろいろな事件が起きるのです。東京では何をやっているのかわけの分からなかったお父さんでしたが、故郷の西表島に移ってからは、本来の自分を取り戻したと思われる変貌ぶりです。その極端さがまた面白く、初めは「国などいらない。税金など払う必要はない」とただ無茶を言ってるとしか思えなかった意味が、だんだん明かになって行きます。物質的には貧しいけれど、人情豊かで、みんなが助け合って暮らしています。この西表島での生活を通して、私たちに生きるとは?国とは?教育とは?といろいろ考えさせます。管理されて自由を奪われ、無気力で元気のない社会、本来の目的を果たしていないメディアへの警告も私は感じました。
このお父さんの生き方がいいかどうか、それはまた別として、自分の正義を通すこの強さ。負けるのは分かっていても、正しいと自分が信じる道をひたすら進むお父さんやその仲間。そばにいたら迷惑かも知れないけど、どこか真実を突いているような気もします。闘争心の弱い私には出来ないなあ。
私の周りにもいないなあ、とちょっと考えて、実はいました!最初に話した無年金障害者の人が同じことを言ってたことに思い当たりました。彼らは裁判で争っていますが、必ずしも勝つことばかりを考えていないのです。世間に知らしめることによって、あとで制度なり、法律が変わって行くことを願っているのです。疑問に思わなければ、訴えなければ、争うことがなければ、何も変わらないのです。ちょっと平和ボケをしていないかな?今の生活を見直してみたら、忘れていた何かが見えて来るかも知れません。当たり前と思っていたことが、案外当たり前じゃないかも知れないし、真実とされて来たことだってくつがえされています。この続きも読みたいと願うほど、楽しめた作品でした。

☆☆☆ないーぶネットの詳細情報
書名:サウスバウンド
著者名:奥田 英朗(おくだ ひでお)
出版社:角川書店 2005年06月
点字巻数:全 10 巻
テープ巻数:全 12 巻
デイジー時間数:17時間29分
型破りな父に翻弄される家族を、少年の視点から描いた長編。21世紀を代表する新たなるビルドゥングスロマン。『KADOKAWAミステリ』連載に加筆・修正、書き下ろしを加えて単行本化。直木賞受賞第一作。
これで、サウスバウンドのページを終わります。


「じょんのび休憩室」のページへ戻る
トップページへ戻る