平成20年10月(神無月)の短歌
 
秋雨の一日暮れゆく路地裏にしまい忘れし風鈴の鳴る
(あきさめの ひとひくれゆく ろじうらに しまいわすれし ふうりんのなる)

彼岸花の赤を思いて触れし手に花びら冷たく露含みおり
(ひがんばなの あかをおもいて ふれしてに はなびらつめたく つゆふくみおり)

売れ残る野菜を値切る主婦もいて露店の市場はや夕暮るる
(うれのこる やさいをねぎる しゅふもいて ろてんのいちば はやゆうぐるる)

 「おだやかに、ゆったりと」。その日はこんな言葉の似合う天候だった。そんなゆったりした気持ちでバスを降りた。ちょっと遠回りして帰ろうね、ターシャ。いつも歩き慣れている遊歩道に出て風を切って進む。
なのに・・・。アレー、いつの間にか上り坂になっている?こんな坂はなかったはず・・・。さえぎる物もなく、だだっ広い感じ。頼みのターシャは得意げにスタスタ歩いている。
とにかく車の音を探さなくちゃ。「ハーネスを左手持ちで歩いて来たのだから」と自分に言いきかせるように頭の中を整理しても一向に現在地が分らない。しばらくあっちこっちをうろうろしていたら、ついに足覚えのある地面をキャッチ!なんと、いつの間にか新日本海フェリーの駐車場に入り込んでいたらしい。ああ、こんな秋晴れの日だったから良かった。もし、雨でも降ってきたら・・・。きっとホワホワお日さまに誘われて、もっと歩きたかったのかも知れないね?ターシャ!
 思えばこの駐車場はシェルと(最初の盲導犬)迷って泣きそうになったところだった。それも北風が身に沁みる寒い夕方だった。行きつ戻りつしているのを車の中から見ていたと言う人が声をかけてくださって、危ういところを助けていただいたっけ。
 10年ほども前の苦いことを思い出しながら、おだやかに、ゆったりとした気分で帰路に着いた。

昨夜の雨上がりし朝はこと更に木犀の香の著けく匂う
(よべのあめ あがりしあさは ことさらに もくせいのかの しるけくにおう)

木犀のかすかに漂う夕暮れの路地に幼らのさよならの声
(もくせいの かすかにただよう ゆうぐれの ろじにおさなの さよならのこえ)

木犀の香る一枝賜りて静もる家内に秋を広げる
(もくせいの かおるひとえだ たまわりて しずもるやぬちに あきをひろげる)

日の暮れをふんわり風が連れてくる遠き初恋 木犀の香よ
(ひのくれを ふんわりかぜが つれてくる とおきはつこい  もくせいのかよ)

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