渚の保全・造成を考える

 

活き活き東京湾研究会 

地田修一

 

 かっての活き活きとした東京湾をよみがえらすためには、湾内の渚(干潟、磯、砂浜)を保全あるいは新たに造成することが肝要であると考え、既刊の出版物に掲載されているいくつかの重要な「視点ならびに提言」を紹介する。

 

はじめに

加藤真は、「日本の渚―失われゆく海辺の自然」(岩波新書)の中で「あるべき渚」について次のように述べている。

 

『 複雑に入り組んだその海岸線は数多くの岬と入り江を形づくり、美しい渚をそこここにしたがえていた。岬の突端には波のくだける荒磯が、外洋に面したなだらかな海岸線には白砂青松の砂浜が、入り江の奥にはヨシ原にふちどられた干潟が形成されていた。…… 渚の豊饒さは、私たちの暮らしの豊かさをもたらしただけではなく、海の浄化機構とも関連が深かった。あふれんばかりの生物たちが、渚のにぎわいを生み、活発な食物連鎖をくりひろげる。この生物たちの活動が、渚生態系の有機物の分解と循環を担っていたのだ。「豊饒な渚」こそが、「清き渚」でもあった。 』

 

1.干潟は生きている

1−1 干潟の効用

栗原康は、「干潟は生きている」(岩波新書)の中で、仙台市郊外にある蒲生干潟を調査研究して、

 

『 環境浄化機能からみた望ましい干潟は、ゴカイが生息するだけでなく、ハルパクティクスやヨコエビと共存し、ゴカイの糞はハルパクティクスによって食べられゴカイが死ねばヨコエビが死体を食べて処分するという、食物連鎖が成立していることによって干潟に蓄積する固形の有機物を効率よく処理している。 』

 

と、結論づけた。

その上で、下水処理場の処理水を放流するにあたって(仙台市の蒲生処理場を念頭においている)、処理場と海との間にある砂浜を「人工の干潟」に代えて、ここに処理水を分散して放流し自然浄化してから海に流出させることを提案している。人工干潟においては、アシの繁茂、底生動物(ゴカイなど)の増殖、微生物の増殖、砂ろ過、付着生物の発達が浄化に寄与するとしている。

1−2 人工干潟における自然浄化

そして、人工干潟における自然浄化のメカニズムを次のように想定した。

 

 『 (下水処理場からの)放流水の中の固形有機物は、人工干潟でゴカイとハルパクティクスによって摂食され、ゴカイの糞はハルパクティクスの餌に、ハルパクティクスの糞は微生物の餌になり、その過程で大半は呼吸によって炭酸ガスとして空中に捨てられる。

 また、溶存有機物はバクテリアに、無機の窒素や燐は砂面で増殖する藻類に利用され、バクテリアや藻類は最終的にはゴカイやハルパクティクスの餌となり、ゴカイの死骸はヨコエビによって処理される。

 一方、固形の有機物がアシ原に流入すれば密生したアシの茎や葉によって捕捉され、栄養塩類を吸収して増殖した珪藻とともにアシハラガニによって食べられる。

 放流水中の汚染物は、こうして生体に取り込まれて除去されるのであるが、最終的には砂ろ過によって浄化された後、海に流出する。

 そして、海水中に残存するけん濁物は、堤防に付着したムラサキイガイなどによって摂食されてさらに減少する。

 もし、シギ、チドリがこの人工干潟にやってくるならば−私はそれを願うのだが−、ゴカイは彼らに捕食されて人工干潟の外に運び去られ、ゴカイは適当に間引きされるから過密状態になることはない。

 そして、時たま起こる高潮によって人工干潟が洗い流されて蘇生するならば、人工干潟の機能は、時には低くなり時には高くなりながらも、維持されるであろう。 』

 

 さらに、アシ原の拡大により干潟が陸地化することを防止するための方策として、「アシ原の岸辺に沿って水路を造る。」ことを提案している。

 

2.磯焼けの海を救う

 磯焼けは、アラメ、カジメなどの海藻が繁茂していた岩礁地帯が、何らかの原因でそれらの海藻が枯死・消滅し、代わって石灰藻と呼ばれる種々のサンゴ藻(紅藻類)に海底が占有されて、岩盤が白色または黄色・ピンク色を呈する現象である。

2−1 磯焼けの原因

 海藻を餌とするウニや魚などの藻食動物の繁殖、あるいは物理・化学的な環境の変化がその原因として挙げられている。

 横浜康継は、「海の森の物語」(新潮選書)の中で、静岡県の伊豆の海を例にして、磯焼けについて次のように述べている(要約)。

 

 『 磯焼けの原因は、高水温と貧栄養であるといわれている。黒潮の性質は、まさにこの二つを兼ね備えている。

伊豆半島では、西伊豆の方が黒潮の影響を強く受ける。これは、東伊豆では夏に吹く南西風が湧昇流を生じさせ、水温の上昇を押さえているからである。そのため、西伊豆の水温は、東伊豆より通年1〜1.5℃ほど高い。

ところが、磯焼けの名所は、東伊豆である。西伊豆では起きない。

 

 磯焼けの名所が東伊豆なのは何故か?

 西伊豆の海中林は、アントクメ(コンブ科、一年生植物)からなっている。アントクメは、秋に芽生えて翌年の初夏には枯死し、枯れる前に遊走子を放出→発芽した糸状体(親の胞子体より高温に強い)が夏を越す→秋になると、糸状体にできた受精卵から新しい胞子体が芽生え、翌年この苗が海底を覆い尽くす。

一方、東伊豆は、アラメ、カジメ(コンブ科、寿命が5〜6年の多年生植物)からなる            海中林である。アラメ、カジメは、葉状の胞子体で夏を過ごすので、「夏の異常高温」による磯焼けの影響を受けやすい。

 

 アントクメ(西伊豆)とアラメ、カジメ(東伊豆)のすみわけの理由は?

 アントクメは配偶体(糸状体)だけが越夏するのに対し、アラメ、カジメの方は配偶体ばかりでなく葉状の胞子体も越夏しなくてはならない。そのため、夏の水温が胞子体にとっては高すぎる西伊豆では、アラメ、カジメは子孫を残せないのである。 』

 

2−2 海中林の造成

 海面下20mくらいまでの水深で、大型の海藻が林のように密生しているところを「海中林」というが、北方海域ではコンブ類が、南方海域ではアラメ、カジメ類が優占する。

 なお、暖海域の水深1m以下では、ホンダワラ類が優占するが、これを「藻場」という。

 また、泥場や砂場に生えるアマモなどの「海草」(陸上の草と同様に花が咲く)が優占した藻場を特に「アマモ場」と呼んでいる。

 これらは、ともに魚類の産卵場や幼稚魚の育成場として重要であり、磯焼けによってこれらが枯死・消滅することは生態系の破壊につながり、ひいてはコンブ、ワカメ、テングサなどの食用海藻資源の衰退、藻食性のウニ、アワビ、サザエの成育への悪影響などの漁業被害を引き起こす。

 境一郎は、「磯焼けの海を救う」(農村漁村文化協会)の中で、種苗生産方式を応用した新しい海中林造成法を提唱している(要約)。

 

 『 現在、藻場の造成事業は、@ウガノモク、クシベニヒバ、石灰藻などの雑海藻を水中ブルドーザーやバックホーや回転式駆除機で駆除したり、A囲い礁や築磯を造り、その後に再度または新たに藻場を形成する手法で実施されている。しかし、しばしば、新たに着床した海藻の幼芽をウニの大群が押し寄せこれを食べてしまう食害が起き、うまくいっていないケースが多いことを指摘し、

「コンブの種苗を海中に吊るして養殖(ノレン式養殖法)することで、ウニの食害を防ぐ方法」を考案した。

これは、「コンブの種苗を付着させた糸を巻きつけた(あるいは挟み込んだ)養成綱を海面下2〜3mに水平に張り、根を上にしたコンブを1m位下向きに成長させ(1〜2月)、次にこの幼コンブの付いた養成綱をはずし、これを底延縄式のコンブ養殖に利用するもの」である。これによって、コンブの藻場・海中林を安定的に造成することができる。この作業は、農業と同じように毎年種をまき育てる、いわば「海を耕す」方式である。 』

 

おわりに

 東京にも、人工的に造った渚がいくつかある。大田市場横の「東京港野鳥公園」の中にある干潟、葛西水族館の近くにある葛西人工海浜、お台場の海浜公園などである。これらにおいて、一度壊された自然の生態系がどのように回復し、その微妙なバランスが維持されているのかについて検討する機会を持ちたいと考えている。

 

参考

@ 人工干潟のイメージ

 

 

 

 

 

 

 

 

A海中林