コロンス島(グーランユー)漫遊 その1

               コロンス島はアモイの西南にあり船で10分の距離にある。この名は民代に改名された。
               住民な2300人、別名海上明球、海上花園、ピアノの島とも呼ばれる美しい島で
               アモイの重要な観光スポットとなっている。
               
               明代に「鄭成功」がこの島に兵を駐屯させ訓練を行ったことでも有名な島である。
               鄭成功は明の国庫を豊かにするため、港を整備し、アモイの貿易活動を推進した。

              コロンス島に渡る船 往復で8元


             
                               コロンス側からアモイを見る

   

                   島は自家用車禁止、どんな偉い人でも歩くかこの電動車に乗るしかない


   

             港をでる大きなガジュマロと美しい花園が目に飛び込んで来る。

1942年の南京条約によって開港した後、1902年コロンス島は
イギリス、アメリカ、スペイン、ポルトガル、
フランス、日本、ドイツ、オランダなどの共同租界地になった。
そのため領事館、商社、病院、教会、学校などの洋風建築が建つとともに
裕福な華僑が別荘をたて、インフラも整備され独特の雰囲気を持つ島となっていった。

その後1942年12月日本軍がコロンス島を占領した。
1949年の中国建国によりコロンス島は100年続いた殖民地統治から開放された。

その歴史を物語る古い洋風建築は博物館など生まれ変わっている。
今、こうして観光のなったロマンチックな町並みをあるきながらも
複雑な思いが去来する。


  
大きなたこが歓迎してくれる。







お土産街






  
海産物、お茶、宝石、お土産やなどのお店が続く。
       商店街を抜けて右に行けば「日光岩」  
       左に行けばピアノの島方面








  
長年の波の浸食により中央に大きな穴が空き、満ち潮の時には
まるで太鼓の響きのような音がするので「鼓浪石」とつけられた石
これがコロンス島の由来といわれる。



 

 
椰子の実で作った人形








 
華僑の富豪が孫たちの為に建てたという別荘の庭園
何千もの海底の石で迷路
今はアモイ市に寄贈されている


ピアノ博物館


この島は租界地であったためピアノの普及率が高く、別名「ピアノの島」とも呼ばれている。
有名なピアニストを数多く輩出しており、音楽大学もある。
このピアノの博物館には古い美しく装飾された
ピアノがたくさん陳列されている。

  


  

 






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