九州新幹線「長崎ルート」・並行在来線の視察・調査報告
 
2009年9月3日4日 佐賀県・長崎県を調査して
 
 2007年(平成19年)12月16日、佐賀県・長崎県・九州旅客鉄道株式会社(以下「JR九州」)の三者は、九州新幹線「長崎ルート」の建設に伴う並行在来線区間の肥前山口〜諫早間をJR九州が運行することで合意した。この報道が伝わったとき、「JRに並行在来線を運行をさせることができるのか」などと大きな衝撃が走った。
 しかし、「三者基本合意」の具体的な中身が分かるにつれて様々な疑問も出てくる。一方で、私たちのまわりでは“九州「長崎」の方法が「最良」では”などという声も聞かれる。たしかに、JR経営分離後の北陸本線の将来に大きな不安を抱くものにとっては飛びつきたくもなるが、私には「それでいいのか」という気持ちも片方で大きくなっていた。
 9月3日4日、九州新幹線「長崎ルート」・並行在来線を火爪弘子県議に随行し、視察する機会を得ることになった。今回の視察・調査のなかではっきりしたことは、新幹線を何がなんでも走らせようとする勢力がある一方で、JR長崎本線の存続を求める大きな沿線住民の運動と世論があり、それを封じ込める「奇策」として「三者基本合意」という一つの「結果」となった。そして、これは住民の願いに沿ったJR長崎本線の持続的で安定的な存続を約束したものでは決してない。
 九州新幹線「長崎ルート」については、行く先々で「名ばかり新幹線」などとの声が聞かれるように、住民は決して諸手を挙げて歓迎してはいないこともはっきりした。
整備新幹線着工に向けての「5つの基本条件」はどうクリアされたか−調査の目的−
 今回の視察・調査にあたっての私の問題意識を紹介したい。整備新幹線の着工にあたっては、@安定的な財源見通しの確保、A事業主体であるJRの収支採算性(開業後30年間平均)がプラスであること、B投資効果〔B(便益)/C(総費用)〕が1以上であること。(50年間累計からの算出)、CJRの同意、D並行在来線の経営分離に関する沿線地方公共団体が同意していること。この「5つの基本条件」が求められている。九州新幹線「長崎ルート」建設において、この「5つの基本条件」が、どのようにクリアされてきたのかに大きな関心を抱かざるを得ない。
 「三者基本合意」に至るまでには、これをいかに乗り越えてきたのか。そこには、どんな経緯があったのか。また、沿線住民の運動は、そして住民はこの結果をどのように受け止めているのか。私たちにとって学ぶべきもの、私たちの運動に生かすものは何か、などが調査の目的である。
 
(1)並行在来線・長崎本線、そして佐世保線とは
 現地で話しを聞くごとに、なかなか複雑な経緯と問題があることがわかる。地理的にも不案内な私にとってはなおさらである。まず、JR長崎本線とはどんな路線であるのかをみることにする。
JR長崎本線とは
 合う人ごとに、長崎本線の車窓から眺める有明海の沿岸は「きれいなところです」「絶景だ」などと聞かされて列車に乗った。海岸線の間際を走る車窓の眺めは素晴らしく、特急「白いかもめ」が湾岸を弧を描いて走りすぎる姿には思わず引き込まれてしまう。「ブルネイ賞」を受章した列車でもあり、私たちをひきつける。諫早に近づくと、諫早湾干拓事業によってつくられた潮受堤防の巨大な姿が見えてきた。
 沿岸部は曲線部が多く「減速」と「加速」が何度も何度も繰り返される。車掌に「列車の速度は」と聞くと「時速100qから120qの間」であるという。鳥栖〜肥前山口間では路線状態の良いところで最高時速は130qまで出せるという。
 長崎本線は1898年11月に佐賀県鳥栖〜長崎間が開通。路線距離は125.3qである。喜々津〜浦上間(23.5q)に別線をもち、合わせると144.8qである。肥前山口〜長崎間は単線区間が多いが、諫早〜喜々津間と浦上〜長崎間は複線である。今回、問題となる並行在来線区間はこの風光明媚な海岸線を走る肥前山口〜肥前鹿島〜諫早間60.8qである。
 輸送密度は、JR九州の資料(2007年6月)によると肥前山口〜肥前鹿島間8,900人/日(うち優等は6,800人/日、ローカル2,100人/日)で、肥前鹿島〜諫早間は7,200人/日(うち優等6,200人/日、ローカル1,000人/日)である。富山県内のローカル線だけの輸送密度は、2005年で8,700人/日、2014年の開業時で7,112人/日であるから、JR経営から分離し、第3セクター鉄道になればいかに経営が大変になるかがわかる。
佐世保線・肥前山口〜武雄温泉は単線
 九州新幹線長崎ルートの建設に伴って重要な役割を担わされるのが肥前山口から武雄温泉までの佐世保線である。佐世保線も1898年に開通している。この佐世保線の肥前山口〜武雄温泉間(13.7q)が在来線区間として九州新幹線「長崎ルート」に組み込まれることになる。
 佐世保線の輸送密度はわからないが、武雄温泉駅の一日平均乗車人員は1,409人である。
 問題は、肥前山口〜武雄温泉の区間が単線であることだ。新幹線「長崎ルート」開業時の短縮時間計算は、この区間を複線にすることを前提にしている。複線化工事には約120億円が必要とされており、国の複線化補助金はあるが、地元負担は大きい。
鉄道貨物輸送と長崎駅の新たな開発
 不勉強であったのが鉄道貨物についてであった。長崎までの鉄道貨物は、1999年7月に貨物列車発着廃止になり、トラック便に切りかわっている。2006年4月には長崎オフレールステーションを開設し、コンテナを積載したトラックが鍋島駅と長崎駅間を結んでいる。鳥栖貨物ターミナル〜鍋島ターミナル間は、コンテナ車で編成された高速貨物列車が一日三往復運行されている。
 10年以上前に訪れたときの三角屋根の長崎駅はなくなり、ドーム型に変わっていたが、これは2000年に建て替えられたものであった。新幹線建設に伴って、長崎駅を西側に150m程度移動する長崎駅周辺土地区画整理事業計画がある。
 
(2)佐賀県・長崎県・JR九州の「三者基本合意」とは
 「三者基本合意」とは何か、「三者基本合意」のもとで並行在来線とされたJR長崎本線が、その様相をどう変えるのかをみることにする。
「三者基本合意」とはどんな内容のものか
 「三者基本合意」の全文をまず紹介する。
 佐賀県、長崎県及び九州旅客鉄道株式会社の三者は、平成19年12月14日の政府・与党整備新幹線検討委員会における合意内容を真摯に受け止め、九州新幹線西九州(長崎)ルートの早期着工に向けた具体案を検討してまいりましたが、その内容について基本合意に達した。
1. 九州旅客鉄道株式会社は、肥前山口〜諫早間全区間を経営分離せず、上下分離方式により運行することとし、開業後20年間運行を維持する。
2. 九州旅客鉄道株式会社は、これに伴う負担に対処するため、新幹線開業までに肥前山口〜諫早間の線路等の設備の修繕を集中的に行った上で、佐賀県、長崎県に有償で資産譲渡を行う。資産譲渡の対価(14億円)は、佐賀県、長崎県が九州旅客鉄道会社に一括して支払う。
県と県議会は「三者基本合意」はどう受け止めているか
 長崎と佐賀両県の担当者に、県と県議会が「三者基本合意」をどのように受け止めているのかを伺った。長崎県の説明では、知事は「昭和48年の整備計画から30数年来の県政最大の懸案事項であった九州新幹線西ルートの着工に道筋をつけたもの」と述べ、県議会は「概ねご理解をいただいている」とし、県民の中には「疑問を呈する方もいるが、西九州ルートが着工できることから、概ねご理解をいただいている」とした。そして、「三者基本合意」は、「一つの問題の可決方法であった」と述べた。
 佐賀県のパンフレットには、「JR九州による全線運行という沿線地域の皆さまの願いがかない、また、一日も早い新幹線着工をという皆さまの願いもかなうことになりました」と県の評価が記載されている。
 さらに、いただいた佐賀県議会議事録をもとに特徴的だと思われる議員の「質問」を紹介すると、「沿線住民が経営分離後の鉄道維持に不安感を持っていた中で、この基本合意は西九州ルート20年間のJR九州の経営が確保されるという点で大きな意義を持つ」(自民)、「余りにも唐突」「これまで協議を行ってきた沿線自治体を、何の相談もなく手の届かないところへ置き去りにしてしまった」(民主)、「私にとっては不本意」「長崎ルートの開業と同時に、鉄道の利便性が低下する地域となる鹿島市民は、依然として将来に大きな不安を抱えたまま」(自民)、「今回の基本合意については、何やらキツネにつままれたような気がしている」(民主系)、「三者合意という奇策によって、鹿島市、江北町の頭ごなしに着工にこぎ着けようとされた」(無)、「地元同意が必要ない強行手段をとった」(共産)などという受け止めである。
 沿線住民の声や運動は後ほど紹介する。
 
(3)「三者基本合意」のもとでJR長崎本線はどんな鉄道になるのか
 では、「三者基本合意」のもとで並行在来線・長崎本線はどんな鉄道になるのだろうか。
JR九州の運行区間は肥前山口〜諫早間=佐賀県のパンフでは、当初、肥前山口〜肥前鹿島間がJR九州、肥前鹿島〜諫早間は第3センター運行であった。これが「三者基本合意」で肥前山口〜諫早間がJR九州で運行することになったと書かれている。しかし、後で経過を述べるように単純ではない。
 気になるのは佐賀県知事が、「並行在来線を経営分離するかどうかについては、JRが判断する事項」(2009年・平成20年2月議会)と述べていることである。JR九州が采配を振ったということだ。
JR九州の運行期間は20年間=佐賀県は、「三者基本合意」に関するパンフレットを発行している。そこには、「おおむね30年間、JR九州による運行が約束されます」と書かれている。30年間というのは2017年の九州新幹線「長崎ルート」開業までの10年間とその後20年間を指す。
 なぜ、JR九州が20年間という期限付きの運行とするのかについて、長崎県は「JRからの申し入れによるもの」としながら「JRがなぜ20年間と言ったのかよくわからない」という。佐賀県は「政治判断」であるとしたうえで「20年後にJRが勝手に廃線することはない。再協議することになっている」と述べたが、20年後もJR運行が続く保障があるといえるのだろうか。
鉄道施設は両県がもつ上下分離方式=線路、駅舎などの鉄道施設は佐賀・長崎両県が維持管理する。鉄道施設は、譲渡前にJR九州が集中的に修繕する。譲渡前に集中修理を行うことは肥薩おれんじ鉄道でも実施されていた。問題は、JR九州が上下一体で運行しないことである。これに対して長崎県は「両県は同区間の存続を希望しており、3セクでの運営は将来経営的に厳しい状況に置かれることが予想されることから、下を自治体が管理することで支援していくことになった」と述べた。第3セクターでの運行では経営が成り立たないということである。
鉄道資産の譲渡価格は14億円=佐賀県のパンフでは、「安く買った」といわれる鉄道資産は両県が14億円で買い取り、「JRは、その代金を経営上のリスク(年1.7億円×20年間=34億円)にあてることで、新幹線開業後の20年間を約束」したと説明している。そして、3セク会社の初期投資に16.4億円を予定していたので割安になったという。しかし、これでは20億円はJRは面倒をみるが14億円は両県で負担しなさいということだ。JR自身は「無償譲渡」すると言っていた経過もあるが、JR九州が運行するので有償となったのであろう。
20年間の維持管理は46億円=JR九州から譲渡される鉄道施設を20年間維持管理するのに年間2.3億円と見込み46億円になるという。運行維持費の負担割合は佐賀1に対して長崎2である。長崎県の説明では「並行在来線の費用負担がもっぱら武雄温泉〜諫早間の新線整備に伴い生じたものであり」武雄温泉〜諫早間の距離、沿線人口が1:2であるためとしている。
ディーゼル列車と運行本数と速度=現在の長崎本線は特急を柱とした運行が行われている。しかし、普通列車はこれまでどおりとされているが、特急は54本から10本に激減する。そこへ電車ではなくディーゼル列車が走ることになる。列車速度は、現在JR九州が所有しているディーゼル列車は、ローカルで110q/h(最高速度は特急車両で120q/h)である。「実際に営業運転する場合の運転速度は未定」だ。「特急」列車とはいえ、「1両か2両編成によるディーゼル」(「広報かしま」H18.2.1)になる。
運賃は現在と同じ=佐賀県のパンフレットには「現在と同じようにJR九州の料金が適用されます」と書かれている。「運行はJRがやるので赤字になっても払うことはない」いう。一方、長崎県では「運賃は運行するJRが決めることだが、特別な運賃等を適用されるとは聞いていない」という。上げないという約束はないと話しである。
両県が管理する施設・設備=JR九州は、譲渡前に集中修理する。問題は、その後、線路・踏切・道床・電気、信号、トンネルなどを両県が維持・管理する方法である。「直接県で行う方法や3セクで行う方法、指定管理者制度を利用する方法等、今後検討していく」(長崎県)として、何も決まっていない。
 重大な事故や災害などが起き、年間維持管理費2.3億円を超えた場合は、「佐賀県及び長崎県が折半して負担することとしている」(長崎県)が、災害に備えた「基金」の検討は行われていない。
 
(4)九州新幹線「長崎ルート」のルートは、そしてどんな列車が走る?
 いくつかのトンネル工事ははじまっている九州新幹線「長崎ルート」は2017年度(平成29年度)に向けて完成する計画(鹿児島ルートは2011年春に全線完成の計画)である。まず、理解が必要なのは九州新幹線「長崎ルート」は、どのようなルートを通り、どのような列車を運行するのかである。
 博多から長崎までをみると、博多〜新鳥栖間(26q、新幹線新鳥栖駅は建設中で2011年春に完成予定)はフル規格の新幹線鹿児島ルートを走る。新鳥栖〜佐賀〜肥前山口間(36.7q)は現在のJR長崎本線と、肥前山口〜武雄温泉間(13.7q)はJR佐世保線を活用し、武雄温泉〜嬉野温泉(新駅)〜新大村(新駅)〜諫早間(45.66q)には新線を建設する。
 この新幹線新線は“狭軌”(1,067o。フル規格の新幹線は1,435o)で建設する。諫早〜長崎間はいつ建設されるのかは未決定である。この区間を、現在実験中の軌道可変電車・フリーゲージトレインが走行するのである。在来線上を走行するフリーゲージトレインの時速は130キロが想定されている。武雄温泉からは新線では時速200qで走行するという計画である(長崎県のホームページでは、新線の設計最高速度200q/h、最小曲線半径4,000m)。
 これでは、博多から佐賀までは鹿児島新幹線走行区間だけが最速で約5分間の時間短縮で、新鳥栖〜佐賀間では現行と同じ時間である。博多から長崎までフリーゲージトレインとなった場合では、現行の「かもめ」で1時間47分、3駅で停車する最速で1時間19分で28分の時間短縮になるという。これでは、どこから見ても、「名ばかり新幹線」などと言われればうなずける。
 佐賀県のパンフレットには料金について、「博多〜新鳥栖間と武雄温泉〜諫早間は、新幹線料金が適用されますので、特急に比べて料金は高くなります」と書かれている。長崎県の「長崎『新幹線』の建設中止を求める県民の会」の計算では、長崎〜博多間は特急かもめの運賃+特急券で片道4,410円。ほぼ同じ距離の新幹線博多〜新山口間の片道は5,440円である。現在、長崎本線には割引切符などもあり、大幅な運賃値上げであ。
「日本初のフリーゲージトレーンが走る」というが
 「期待を寄せいている」フリーゲージトレイン(軌間可変電車)についてはあちこちで疑問の声が聞かれた。その声を列記すると、「実験中であり本当に実用化されるのか」「在来線から新幹線へ軌間変更にどれくらいの時間を要するのか」「大阪や東京までフリーゲージトレインに乗れば行けると言うがスピードの遅い列車がフル規格のレールを走れるのか」などである。
 JR西日本の前山崎社長は、山陽新幹線に相互乗り入れする可能性について、「軽くて高速で走れる車両ができればいいが、難しいと聞いている」(「佐賀新聞」2008年11月30日付)と述べている。
 国土交通省は、「軌間可変技術評価委員会」の開催結果を今年5月7日に発表している。それによれば、在来線で130q/hまでの速度向上試験を実施、新幹線走行試験で最高速度270q/hまでの新幹線走行試験は安全に実施し得るなどと発表したが、実用化までには遠いようだ。
「西九州ルート」という呼称、なぜ?
 長崎県庁の玄関口に大看板がある。そこには「九州新幹線西九州ルート」と書き括弧を付けて「長崎ルート」と書いてある。長崎県の説明では「西九州ルートの名称については、このルートが西九州地域全体の発展に寄与するものとの考えから、佐賀・長崎両県とJR九州、地元経済界等と協議し、呼称として使用しています」と言うことである。また、新幹線建設推進派は「西九州ルート」と呼び、長崎本線の存続を求める人達は「長崎ルート」と呼んでいるという声もあった。
 新鳥栖〜長崎間のフル規格新幹線、武雄温泉〜早岐(はいき)〜佐世保間と武雄温泉〜早岐〜ハウステンボス間のフリーゲージトレーン計画は消えたわけではなく、将来的には、フル規格も展望して「西九州ルート」という呼称にしたようにさえ思える。
 この一文では、九州新幹線「長崎ルート」の呼称を使うことにする。
 
(5)「三者基本合意」が生まれるまでの経緯を「年表」でたどれば
 2008(H20)年2月の「三者基本合意」に至る経緯を私なりに時間的にいくつかに分けてみる。
 第1は、JR経営分離が明らかになり住民運動が起きはじめた時期。第2は、1992年からで、新幹線はスパー特急からフリーゲージトレーンなど計画を縮小、住民の反対運動もさらに広がる時期。第3は、2004年11月からの住民運動が広がるなか、県などが妥協の道を探ると共に住民への圧力が強まる時期。第4は、2007年5月頃からの『世論封じ込めの作戦』とも思われる新幹線建設の道筋をつける「三者基本合意」ができるまでの時期である。(下記「年表」の◎印は自治体、◆印は「JR九州」、★印は「反対自治体や住民運動」、■は「政府・与党の合意」とした)
@並行在来線のJR経営分離が明らかになるなか、住民の反対運動がおきる
◆1985(S60).1 国鉄が環境影響評価のための駅・ルートの概要を公表
◆1987(S62).12 JR九州は、運輸省に対してアセスメントルートは“困難”と回答
・「長崎ルート」は並行在来線との収支合計は、建設費全額公費負担しても昭和75年(68年に開業)において年間102億円の赤字を生じ収支改善効果は現れない。
・並行在来線の一部区間廃止のほか、単線新幹線方式、在来線活用方式などの検討が必要。
 このJR九州の運輸省への報告は、財源、ルート、フル新幹線規格などは「困難」としたもので、翌年8月に開かれた「政府・与党合意」では、「長崎ルート」の着工優先順位の明示もなく、「5年後に見直す」にとどまった。
■1990(H4).12.14 政府・与党は、整備新幹線建設着工区間の並行在来線は「開業時にJRの経営から分離することを認可前に確認する」と申し合わせる。
★1992(H4).8.4 佐賀県内の1市7町で「JR長崎本線存続期成会」発足
 鹿島市、太良町、塩田町、嬉野町(H8年に脱会)、有明町、白石町、江北町、福富町
★1993(H5).7.20 長崎県内で「JR長崎本線存続期成会」発足
 高来町、小長井町両町議会議員、H6.2には森山町、飯盛町両町議会も加入。
 
A第3セクター化先にありきに住民の反対運動が広がる。一方で新幹線計画を縮小
◎1992(H4).11 長崎県がスーパー特急方式を打ち出す
・当面、福岡市〜武雄市間は在来線を活用し、武雄〜長崎市間は建設路線の延長を極力短縮しつつ新幹線鉄道規格新線を建設する。スーパー特急を設定する。
・長崎市〜福岡間がスーパー特急になれば佐世保市にも在来線を利用してスーパー特急を直通。
・将来、長崎市〜福岡間にフル規格の新幹線が運行されるようになったときは、佐世保市にもフル規格新幹線鉄道網への直通運行が可能となるよう実現に努める。
(長崎県の「九州新幹線(長崎ルート)等の整備に関する基本的考え方」より)
◆1996(H8).4.18 JR九州は、連立与党整備新幹線検討委員会に、経営分離の意向を表明
★1996(H8).7.4 鹿島市JR長崎本線存続運動市民会議発足
 商工会議所、農協、漁協、フォーラム鹿島など鹿島市内12団体
◎1996(H8).12.4  長崎・佐賀・JR九州が、肥前山口〜諫早間の3セク化、レールバス導入
・肥前山口〜諫早間は、第3セクター方式、レールバス導入。
・ダイヤは1.6倍から2.2倍。10箇所程度新駅設置。
・初期投資16億円、基金約16億円を積む。年約7000万円の赤字。
(第3回三者合意「肥前山口〜諫早間の鉄道輸送の今後のあり方について」より)
◎1996(H8).12 三者協議会の合意「今後のあり方について」、佐賀県の「JR長崎本線存続期成会」等に検討を要請。長崎では、諫早市長、高来町長、小長井町長、高来・小長井両町議に理解を求める。
◎2000(H12).11.28 佐賀・長崎県は与党に、並行在来線の第3セクターで協議すると伝える
・両県は自民党交通部会のヒアリングに第3回三者合意の内容を伝えるとともに、長崎県は、条件付き賛成、第3セクター経営を前提とした協議を行うことになった。
★「佐賀県側地元は、JR九州による経営存続を求めておりH8年12月、提示した第3セクター案に対して拒否する旨の厳しい回答を佐賀県に示し、現在も経営分離には同意していない」と報告。
(長崎・佐賀県が、自民党交通部会のヒアリングに「長崎ルートの整備に伴う肥前山口〜諫早間の鉄道輸送の今後のあり方について」より)
◆2000(H12).11.28 JR九州が、フリーゲージトレインを提案
・「将来のフリーゲージトレインの実用化も視野に入れ」長崎ルートの建設を求める。
・肥前山口〜諫早間の経営分離を求める。
(JR九州の政府・与党整備新幹線検討委員会のヒアリングに対して「九州新幹線長崎ルートについての意見」より)
◎2000(H12).11.28 3県が佐世保ルートをやめ、無償譲渡などを求める
・長崎ルートは、佐世保市をルートから外して距離を約20q短縮する短絡ルートに変更する。
・フリーゲージトレインが導入されれば、さらなる時間短縮と需要拡大が図られる。
・事業用資産の無償譲渡、固定資産税の非課税措置などの支援策を求める。
★佐賀県側地元は、JR九州による経営存続を強く求めており、平成8年12月、提示した第3セクター案に対して拒否する旨の厳しい回答を佐賀県に示し、現在も経営分離には同意しておりません」
(福岡・佐賀・長崎の3県の政府・与党整備新幹線検討委員会ワーキンググループのヒアリングに対して「九州新幹線長崎ルートの取扱についての考え方」より)
◇2002(H14).1.8 鉄建公団が国土交通省へ武雄温泉〜長崎間工事実施計画許可申請
・新幹線鉄道規格新線の軌間は1,067oの狭軌とする。
◆2004(H16).2.3 JR九州は肥前山口〜諫早間の経営分離を表明
・肥前山口〜諫早間については、開業と同時に経営分離。
・新幹線整備と一体に、佐世保線の肥前山口〜武雄温泉間は早期の複線化。
(JR九州は、自民党整備新幹線建設促進特別委員会・与党整備新幹線建設促進プロジェクトチームのヒアリングに対して「九州新幹線(鹿児島ルート・長崎ルートについて」より)
◎2004(H16).2.18 長崎・佐賀・福岡3県はスーパー特急での認可、フリーゲージの導入を求める
・スーパー特急方式での一日も早い認可及び着工を決定を求める。その上で、フリーゲージトレインを導入するのに最もふさわしい路線として要望。
(3県の自民党整備新幹線建設促進特別委員会のヒアリングに対して「九州新幹線長崎ルートの整備について」より)
 
 
B住民運動の広がるなか妥協の道を探ると共に住民への圧力が
◆2004(H16).11.5 JR九州は、上下分離方式、営業損失の負担は両県が持つことを求める
・並行在来線区間は肥前山口〜諫早とし、JR経営から分離する。
・上下分離方式を採用。インフラついては佐賀・長崎県が保有。
・運行はJR九州が行い、特急及びローカル列車を運行。
・同区間の運行で営業損失が生じる場合は、両県が責任を持って処理する。
(JR九州の「佐賀県の申し入れ対し回答」より)
★2004(H16).11.15 JR長崎本線存続期成会は、JR案「上下分離方式で肥前鹿島までのJR運行」を中心とした並行在来線の取扱について「了承しない」と回答。
 2004(H16).11.24にはJR九州がJR長崎本線期成会にJR案を説明。
◆2004(H16).12.8 JR九州は、佐賀県に無償譲渡など追加回答
・肥前山口〜諫早間の線路等の設備については、全て佐賀・長崎県に無償譲渡する。
・同区間の営業損失については、JR九州が主として負担することを基本に、佐賀県・長崎県・JR九州 の三者で負担割合について協議する。
・ローカル列車の本数は現行程度、特急列車は一日あたり片道5本程度とする。
★2004(H16).12.9 長崎本線存続運動町民会議などが知事に陳情書提出
 住民が横断幕を持って参加。知事は「地元自治体の同意がない限り、くい一本打たせない」と約束した直後に「並行在来線の経営分離はやむを得ない」と判断を表明し、国に回答。
★翌年の1月、JR長崎本線存続期成会の有明町、白石町、福富町が合併し、1市4町(鹿島市、太良町、塩田町、白石町、江北町)となるが、塩田町は嬉野市との合併で賛成に、白石町は同意し脱退。
 
■2004(H16).12.16 政府・与党合意、新幹線譲渡収入の活用など新たな財源確保
 「安定的な財源見通しを確保した上で新たな着工をおこなう」「工期の短縮」「新たな着工区間の・・・収支採算性、投資効果等を十分に吟味」「並行在来線区間の経営分離について沿線地方公共団体の同意の取付等基本条件が整えられていること」「財源として、平成25年度以降の新幹線譲渡収入に限り前倒して活用する。この場合、地方公共団体は、前倒し活用した新幹線譲渡収入の額の2分1を負担する」などの財源確保方針を打ち出す。
★2005(H17).6.3 JR長崎本線存続期成会と県が6項目の確認事項を結ぶ
 確認事項は、「県と期成会の協議は、お互いの立場を理解、尊重し、信頼関係に基づき誠意をもって行い、平成17年8月までに結論を出す」など6項目。
★2005(H17).8.30 JR長崎本線存続期成会は知事に不同意の旨の回答
 3月30日にJR長崎本線存続期成会が解散し、新JR長崎本線期成会が新たに設立(鹿島市、太良町、江北町)。6月から8月にかけて県とJR長崎本線存続期成会との協議開催や住民説明会を開催。8月30日にJR長崎本線存続期成会は知事に不同意の旨の回答。
☆2005(H17).10.21 佐賀県の県民世論は 新幹線長崎ルートは「必要ない」が56%
 佐賀新聞の県民世論調査では、新幹線長崎ルートは「必要ない」が56%、「必要」28.1%、「どちらともいえない」15.9%。前年の9月は「必要ない」45%、「必要」30%。
★2005(H17)11.30 江北町議会がJR長崎本線存続期成会を脱会
 12月には白石町が並行在来線の経営分離に同意。翌年の1月に太良町が脱会し翌月同意。
☆2006(H18).1.10 長崎県の県民世論は 新幹線長崎ルートは「必要ない」44.8%
 長崎新聞のアンケートでは、「必要ない」44.8%、「必要」36.6%、「どちらともいえない」18.6%。前年1月の西日本新聞では「必要ない」46.7%、「必要」36.6%、「どちらともいえない」7%。
 
C新幹線「長崎ルート」は「必要ない」の世論封じ込めの作戦が
◎2007(H19).5.31 両県が肥前山口〜肥前鹿島間はJR九州、肥前鹿島〜諫早間は3セクを表明
・上下分離方式により施設は佐賀・長崎県が保有、維持管理。
・運行は肥前山口〜肥前鹿島間はJR九州、肥前鹿島〜諫早間は3セクで運行。
・沿線自治体の鉄道運行に対する負担は一切求めない。
・佐世保線肥前山口〜武雄温泉間の複線化。
(佐賀・長崎県は、与党整備新幹線建設促進プロジェクトチームに「西九州ルート(長崎ルート)の整備つについて」より)
◆2007(H19).6.28 JR九州は、肥前山口〜肥前鹿児島間はJRが運行と表明
・上下分離方式とし、肥前山口〜肥前鹿島間はJR九州が運行、肥前鹿島〜諫早間はJR九州の経営から分離。無償譲渡する。
(JR九州は、自民党整備新幹線等鉄道調査会・整備新幹線建設促進議員連盟合同会議のヒアリングに対して、「九州新幹線開業に伴う並行在来線への対応について」より)
☆2007(H19).7.28 毎日新聞の世論調査は新幹線長崎ルートを「建設する必要ない」49%
 毎日新聞(長崎)の世論調査では、新幹線長崎ルートは「建設する必要ない」49%、「反対自治体の同意を得なくても建設すべき」13%、「反対自治体の同意を得て建設すべき」35%。
◆◎2007(H19).12.16 佐賀県・長崎県・JR九州が「三者基本合意」を結ぶ
★2008(H20).2.25 長崎「新幹線」の建設中止を求める県民の会が、「県民の合意が得られていない新幹線西九州ルートの建設中止を決議してくいただきたい」の請願書を提出。
 同会では、前年の12月3日にも同趣旨の請願を行い、署名運動をすすめている。
■2008(H20).3 政府・与党整備新幹線検討委員会は、九州新幹線(長崎ルート)武雄温泉〜諫早間の着工の基本条件を確認し、政府・与党の手続き完了。
 
(6)「JRの収支改善」と「投資効果」はどのよにクリアされたか(「資料」を参照)
 「整備新幹線着工の5つの基本条件」がどのようにクリアされていっかについて、まず、事業主体であるJRの収支改善効果(30年間の平均)がプラスであることと、投資効果〔B(便益)/C(総費用)>1〕(50年間累計)についてみる。
 「三者基本合意」締結後の2008(H20)年2月27日、整備新幹線に係る政府・与党ワーキンググループが作成した資料をみると、JR収支採算は約55億円である。これは、「三者基本合意」以前のJR収支採算が約75億円から20億円減少している。その理由は、第3セクター方式からJR運営になったからである。そして投資効果、つまり費用対効果(B/C)は、直接便益/総費用で約1.7(「三者基本合意」以前は約1.8)となった。
 しかし、九州新幹線「長崎ルート」の必要性は、B/Cで計れるのであろうか。1さえ超えれば、建設が必要と判断させる、この仕組みに危うさを感じる。今回の調査では、市民、利用者、専門家、行政が互いに議論し、多角的に判断することこそ大切なのではないだろうかと切実に思う。
 2006(H18)年2月1日付の「広報かしま」には、費用対効果1.0以上について、「あまり効果が見込めない新幹線に、巨額の国・県・市町村の税金を投入して整備する必要があるのでしょうか。また、協議の中で県も認めているように佐賀県にとってはメリットがほとんどありません。ましてや長崎のためにこの地域が犠牲になる必要はありません」と書かれている。
 フル規格新幹線とフリーゲージトレインでは規模も工事費もまったく違うし、輸送密度も大きく違うが、フル規格の北陸新幹線の高崎〜長野間の「事後評価」と比較してみると、高崎〜長野間は約117qで、東京〜長野間は2時間56分から1時間23分になり約1時間33分の短縮である。輸送密度は17,600人キロ/日・q(2000年度実績)で、2007(H19)年度のB/C(期間50年間)は約1.8となっている。
 ここから読み取れるのは、「整備新幹線着工の5つの基本条件」を何がなんでもクリアするために、どんなに新幹線(フル規格)の形が崩れようと、建設に向けての足がかりだけはつけたい。そうすれば、いずれフル規格新幹線の道が開ける、そんな空気がただよってくる。
 
 もう一つ、長い経緯を「整備新幹線着工の5つの基本条件」の側面からからまとめてみる。もちろん「5つの基本条件」は、相互に関連したものであり、住民の運動を抜きに今の到達をみることはできないものであるが。
@新幹線建設の財源づくりへ政府が旗振り
 1987年12月のJR九州の報告=九州新幹線「長崎ルート」建設はどこからどうみても建設はムリという「結論」は、整備新幹線の建設推進派にとっては大打撃になったのであろう。そこで、(a)鳥栖〜長崎間のフル規格新幹線はあきらめる。(b)佐世保ルートもあきらめ距離を短縮する。(c)スーパー特急やフリーゲージでもよい、レールバスもよいと考えるなどと建設費を縮小。(d)肥前山口〜武雄温泉間は地元負担で複線化にする、などとフル規格とは大きく形を変える道を歩むことになった。
 そして、2004年(平成16年)12月の政府・与党合意は、「平成25年(2013年)度以降の新幹線譲渡収入(新幹線整備充当分)に限り前倒して活用する」ことを打ち出した。この場合、「地方公共団体は、前倒し活用した新幹線譲渡収入の額2分の1を負担する」わけだが、整備新幹線建設への新しい財源確保の道をつくったことが推進派を勢いづけることになったのである。
AJRの収支採算性のために並行在来線分離
 「長崎ルート」の建設費は縮小してもJRの採算が上がらなくてはどうにもならない。そこで、(e)鳥栖〜肥前山口間は在来線を活用する。(f)肥前山口〜諫早間はJRから経営分離し第3セクター化でレールバスを導入、上下分離方式の採用などが提案されてきた。さらに、(g)肥前山口〜肥前鹿島間はJR九州が運行し、肥前鹿島〜諫早間は第3セクターで運行するなどとゆれつづけることになった。そして、「三者基本合意」では肥前山口〜諫早間をJR九州が運行することで決着をつけ、新幹線開業後の利益を少し削り、収支採算は年平均換算額で約55億円となった。
BJR主導で「JRの同意」という不思議
 「年表」をつくって分かるのは、JR九州がその時々に合わせて様々な「提案」を行っている。この流れをみると「JR主導」であったといってもよい。また、調査のなかで新幹線鹿児島ルートができ、特急が停車しなくなった阿久根市の話題が何度かだされていた。疲弊した阿久根市は「JRにだまされた」との声もあった。これは、JRの社会的責任求める住民の声であると言える。
C投資効果あるというが、並行在来線存続での「社会的便益」はなし
 長崎ルートの費用対効果(B/C)は約1.7とされている。しかし、私たちの課題でもあるが、特急が走る長崎本線、日常の暮らしの中で生きている長崎本線が現行で存続することによる「社会的便益」については何も明らかにされていない。
D「沿線自治体の同意」へアメとムチ
 沿線住民の反対運動は「JR長崎本線存続期成会」ができた1992年頃から広がる。2004年12月9日には知事と直接交渉。知事は「地元自治体の同意がない限り、くい一本打たせない」と参加者の前で約束した。しかし、その数時間後には知事は「経営分離はやむを得ない」と態度表明をしている。
 鹿島市では3人の女性議員の座り込みが大きく反響を広げたり、知事宛の葉書作戦なども広がった。
 鹿島市の反対運動に長崎から「反対ではなく推進を」とバスで押しかけてくる集団もあったという。
 また「地域振興策」として、例えば太良町には、有明海沿岸道路の前倒し整備や産業・観光面での支援策などが打ち出されていた。このような事態のなかで、期成会参加の自治体が一つ二つと脱会していくことになった。
 そんななかで、肥前山口〜肥前鹿島間はJRが運行する。鉄道資産は無償譲渡とする。「長崎ルート」から「西九州ルート」に位置付けをグレードアップする。最後には、「地元同意」にいかに決着をつけるかが推進派にとって最大課題であったといえる。
 そこで、反対住民を封じ込めることになる「三者基本合意」、並行在来線ではないとする「奇策」にでたのである。この「三者基本合意」が締結されたとき鹿島市の方から「身の毛がよだつ気がした」という声が聞かれた。
 いま、長崎県では「長崎『新幹線』の建設中止を求める県民の会」「県民合意のない新幹線西九州ルートの建設中止を求める請願署名」運動も繰り広げられている。鹿島市でも新たな運動がおきようとしていた。
 整備新幹線は「政治新幹線」などと揶揄されように、なにがなんでも新幹線を建設するという思惑が先に立って、新線はわずか45qでもいい、「名ばかり新幹線」と言われようが、とにかく着工の道さえつければ、「5つの基本条件」は後からついてくるものと言わんばかりである。着工させることが、何よりも肝心なことだという「政治力」が営々と働いてきといえる。
 
(7)調査を終えて私たちの運動に生かす課題は
富山県の並行在来線を守る運動と「公共交通をよくする富山の会」
 長崎県と佐賀県でがんばっているみなさんの運動にふれて、すこし長くなるが90年代の県内の運動と「公共交通をよくする富山の会」の活動に少しふれることにする。
 1996(H9)年10月1日北陸新幹線の高崎〜長野間が開業する。1983(S58)年10月に富山着工作業所が開設している。1990(H2)年7月JR西日本は、北陸本線の高岡〜津幡間、魚津〜糸魚川間をJR経営から分離することを示唆した。ちょうど整備新幹線の「開業時にJRの経営から分離する」とした「政府・与党合意」(1990.12.14)の直前のことである。
 この時期から、北陸本線・並行在来線を守る運動が県下に大きく広がった。入善町議会は、JRの経営継続を求める決議を採択。街には「JR在来線廃止反対、県民の足を守ろう」の横断幕が掲げられ、翌年には「入善町JR在来線存続対策町民会議」が発足した。小矢部市では「在来線廃止反対期成同盟会」が商工会、経営者協会、町内会長連絡協議会など13団体で発足した。各地で在来線を守る署名運動などが大きく広がるなかで、県は在来線を活用したスーパー特急案なども打ち出すもとで、知事は「北陸本線は守る」と宣言した。このもとで、沿線自治体が次々と「第3セクター化やむなし」とする動きがひろがるなかで、フル規格新幹線建設へと動き出すことになった。
 「国鉄富山港線を守る会」など私を含めた有志ら6〜7名が1991年6月1日一戸町で開催された「東北本線を守る一戸シンポジウム」に参加した。そして、「在来線を守る富山県連絡会準備会」が発足する。北陸本線の存続運動がるなか1992年3月8日魚津市で、「地元負担なしの新幹線建設を、在来線のJR存続経営を、安全・利便・快適な北陸本線を」サブスローガンに、北陸本線を守る3.8シンポジウムを開催した。しかし、その後の市民運動は細々としたものになっていった。
 2001年6月、北陸本線のJRからの経営分離、第3セクター化が現実の問題となるなかで「JR北陸線・ローカル線の存続と公共交通を考えるシンポジウム」(約150人が参加)を開催した。このシンポジウムの「呼びかけ」は、「経営分離によって、東北本線のように県境分離の第三セクター会社の道をすすむのか、特急列車や寝台列車は廃止されるのか、新たに設立される第三セクター会社へ鉄道資産の譲渡は有償か無償か、線路は複線か単線か、貨物列車は走行するのか、だれが出資し会社を設立するのか・・・など、将来の旅客輸送に様々な問題を投げかけています。山積する課題を、ひとつ一つ県民の合意で解決していく」「いま私たちが直面している北陸線・ローカル線をめぐる諸問題や、鉄道の企業性と公共性との調和のあり方、国と地方自治体の交通政策への住民の参画なども展望し、各地の運動やとりくみからも学び交流」するとして、県民的な討論の場をつくることを目的として開催した。
 このシンポジウムは大きく反響をを呼び、この年の11月、シンポジウムを取り組んだ人達が中心になって、シンポジウムの名前を取って「北陸線・ローカル線の存続と公共交通をよくする会」(略称:公共交通をよくする富山の会)を結成することになった。「会」は、東北、長野、九州などの第3セクター鉄道の視察・調査、北陸本線の調査、シンポジウムなどを開催し、いくつかの「提言」も発表してきた。これまでの私たちの「提言」は県の具体的な検討内容にも多く取り入れられるものとなっている。
 
今回の調査で学び生かすことは
 最初に記述したように、今回の視察・調査の問題意識は、九州新幹線「長崎ルート」建設に伴って「整備新幹線着工の5つの基本条件」がどのようにクリアされていったかである。これまで見てきたように、沿線自治体・住民の運動のもとで「三者基本合意」という政治的決着によって「長崎本線は並行在来線ではない」という「奇策」が生み出された。しかも、これは並行在来線の将来に渡るしっかりとした経営の見通しも、展望も不透明なまま発車し、肝心の課題を20年後に先送りしたことになった。
 
 今回の調査から私たちの運動に生かすこととして次の5つの点が重要であると考える。
 第1は、新しい政権が誕生したもとで、これまでの「政府・与党合意」をそのまま続けさせていいのか、という問題がある。1994(H6)年、羽田・村山内閣と続く連立政権が発足したとき「整備新幹線についてはすべて維持される」と確認し、「JRの健全な経営確保等に配慮」し、並行在来線は「従来どおり、開業時にJR経営から分離する」ことを確認している。もちろん、その時は、自民党が多数を占めていた。そのときとは大きく違う政治情勢である。しかし、JRの採算性を優先し、並行在来線を切り捨てる「政府・与党合意」見直しを実現するためには、住民の側からの新たなアクションを開始しなくてはならない。
 第2に、JRの「社会的責任」を具体的に求めていくことであろう。JR西日本、JR東日本は、前政権との間で、整備新幹線の建設に当たって、JRが負担するのは、新幹線整備に伴って生ずる受益を限度とした開業後に支払う貸付料のみ≠ナ、この貸付料以外には負担は一切生じないこと、並行在来線はJR経営から分離することが「合意」となっている、としている。ここから脱出し、JRの社会的投資責任と役割を求めていくことが必要であろう。
 第3は、地域交通の基軸である北陸本線です。また、鉄道貨物にとっても日本海側の基軸である北陸本線です。民間企業であるJRにとって最も重要なことは、採算性であるが、地域の人々にとって重要なことは、鉄道が地域社会全体にもたらす便益である。この視点からの新たな問題提起が求められているといえる。
 第4に、私たちは、より便利、より安全で、快適な並行在来線のための「10原則」を「提言」してきたが、この県民的な合意がいっそう大切になっている。(「10原則」とは、@電車を維持する。A複線(信越本線は多くは単線)・電化を維持する。B列車本数を増やす。JR線や私鉄との接続を便利にする。C運賃を高くしない。初乗り割高感を解消する。D駅のバリアフリー化と利便性の向上。駅員がいる駅、車掌がいる電車を運行する(すべて正社員でなくてもよい)。E所要時間を短縮する。F安全を確保する。事故・災害に対応する国の制度・補助を確立する。G地元や地域の負担を軽減する。H経営基盤が強い経営主体をつくる。I駅とバス、コミュニティバスなど公共交通機関とシームレスな運行にとりくむ)
 第5に、北陸信越5県の市民運動での連係を強めるとともに、政府と各県、沿線自治体へのアクションを起こし、各県行政をつなぐ取り組み発展させることであろう。
 
2009年12月5日 渡辺眞一(公共交通をよくする富山の会)