肥薩おれんじ鉄道・視察リポート
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                   2005.3.8  公共交通をよくする富山の会・事務局
 
 開業から一年を迎えようとする肥薩おれんじ鉄道の視察・調査は、公共交通をよくする富山の会の念願であった。二年も前から、当会の世話人で会発足以来、事務局の要となってきた稲葉敏さんが切望していたが、短い闘病生活のすえ昨年夏逝去した。彼の期待にも応えたい今回の調査である。
 北陸新幹線は、2015年に石川県松任(車両基地)まで建設することが政府・与党合意となったことを受けて、昨年11月の第四回総会は、2月9日から11日の三日間の日程で肥薩おれんじ鉄道の視察・調査を決めた。この視察・調査には、奥田淳爾代表世話人をはじめ6名が参加することになった。
 
寝台列車「さくら・はやぶさ」で熊本へ
 列車の旅を楽しみながら視察を、との企画で、2月8日サンダーバードで富山駅を出発。大阪で1時6分発の寝台特急「はやぶさ」に乗車することにした。大阪駅のプラットホームに着いてみれば、幾人もの鉄道フアンがカメラを手に列車を待ち構えている。私たちが乗る「はやぶさ」に、寝台特急「さくら」が博多まで連結し、「はやぶさ」は熊本へ、「さくら」は長崎へ向かうのである。3月1日のダイヤ改正で、寝台特急「さくら」が廃止になるのだ。多くの人たちに人気がありブルートレインの名前で親しまれてきた列車だ。思わぬ贈り物に私たちもカメラを向けた。
 9日朝、「はやぶさ」の車窓から眺める平野は、北陸とはやっぱり違う。田畑は、所々茶色混じりで緑が多く、暖かく、春の息吹を感じさせる。あちこちに竹林の多い雑木林が家々を守る防風林となっている。なんとものどかに時間がすぎていく。
 
肥薩おれんじ鉄道への「質問」について
 今回の調査に当たって私たちは、熊本県、鹿児島県、肥薩おれんじ鉄道鰍ナヒアリングを行うことにして質問を準備し、前もって郵送してあった。質問項目は、経営形態、列車運行、貨物の扱い、安全とメンテナンス、駅舎とまちづくり、要員配置、新幹線との関わりなど、北陸新幹線開業後の北陸本線の第三セクター化を想定したもので、質問の細目は最大で60項目を超えるものとなった。
 9日は、熊本県庁で地域振興部交通対策総室・新幹線・並行在来線対策室の大谷祐次室長と上田喜一主幹、10日は、鹿児島県庁で企画部交通政策課の中堂薗哲郎主幹、林靖夫主査、同じく10日に、肥薩おれんじ鉄道鰍フ嶋津忠裕社長と木村孝行総務課長が、それぞれ資料も準備しておられ丁寧に私たちの質問に応えて頂いた。
 また、9日には熊本学園大学の香川正俊教授との懇談。何とか現場で働いている方の声を伺いたいと思い、10日には国労鹿児島地区本部のみなさんとの懇談の機会をもうけて頂いた。今回お世話になったみなさま方に、あつくお礼を申し上げる。
 
鹿児島中央駅から川内駅へ
 肥薩おれんじ鉄道に乗車したのは視察最終日の11日である。鹿児島中央駅から9時28分発のワンマン電車で肥薩おれんじ鉄道の鹿児島県側の始発駅・川内に向かった。この日は昨日の雨も上がり、早春の心地よい陽気だ。山間を縫うようにしながらJR鹿児島本線46.1qを走り川内駅には10時15分に着いた。
 肥薩おれんじ鉄道の川内駅や列車にカメラを向けていると、オレンジ色のヤッケを着たボランティアの方であろう、「もうすぐ出発です」と声をかけられた。祭日だからであろうか、私たちと一緒にJRから乗り継いで肥薩おれんじ鉄道に乗った人はほとんどいない。車両は真新しい。車両購入費は22億8,000万円で、新潟トランシス製の車両19両がある。
 鹿児島中央から川内間は並行在来線であるが、JR経営のままである。熊本県の説明では、「西鹿児島−川内間は、JR九州の経営努力で何とか努力すればやっていける」という理由でJR九州の経営として残った。つまり、八代−川内間はJR経営では採算の見通しがたたないから経営分離するということになる。八代−新八代間もJR経営である。博多−新八代間の新幹線鹿児島ルートは2011年の完成を目指して工事がすすめられている。この区間も並行在来線であるが経営分離はしないという。
 しなの鉄道の場合は、長野−篠ノ井間はJR経営のままであり、この区間をしなの鉄道の経営に≠フ声が聞かれたが、このような声は関係者からまったく聞かれなかった。
 今のところ、北陸本線の場合「〇〇区間はJR経営に」などの声は聞かれないが、JRの身勝手な振る舞いが絶対起きないと言えるのだろうか。
 
将来を見極め、熊本・鹿児島両県をつなぐ肥薩おれんじ鉄道に 
 「肥薩おれんじ鉄道は背骨の幹線」と切り出した熊本県の上田主幹。背骨である116.9qはJR経営から分離となって、県境を越えた一つの第三セクター鉄道となっている。輸送実態調査、OD(Origin、Destnation)調査、ランニングコスト、初期投資など細かく分析し、「両県合同がもっとも理想である」と判断を下したという。
 平成16年の輸送人員は6,682人/日だが、20年後には5,269人/日。輸送密度では平成16年の1,232人/q日が、20年後に979人/q日と予想している。「輸送密度では熊本側が約200多いが、それだけでは熊本県側の収支は成り立たない。問題は、現状がどうなのかだ」と、予想される将来を見極めて出した結論だ。
 もちろん、車両基地などは、共同設置にすることによって初期投資を少なくできることや、運営経費を少なくできることも両県をつないだ大きな要因である。ここまでには、様々なことがあったが、熊本県側が引っ張り役を果たしてきた。
 ヒアリングのなかで、「第三セクター鉄道は100qが限度」という声も聞かれた。しかし、車両基地や工務基地など適切に配置されてきた北陸本線、それこそ「現状がどうなのか」を見極めるなら、富山県のように、初めから各県ごとに収支を検討するのが基本≠ニして県境分離で出発するのも正しいと言えるのかどうかは疑問である。問題は、将来にわたって安定的な経営形態を確立し、住民の生活と産業をまもる背骨の路線≠ニしての役割を果たすことである。
 
「苦しい一年であった」−肥薩おれんじ鉄道鞄津社長
 肥薩おれんじ鉄道では、嶋津忠裕社長の説明を受けた。嶋津社長は、藤田観光からヘッドハンティングされ03年6月から社長を務める。嶋津社長のお話を紹介しよう。
 「公共輸送機関全体を日本全体で見直す時期に来ている。国が日本全体の輸送体系のビジョンを見いだせないでいる」と切り出した社長。「民間から来た者として感じたこと」と前置きし、「並行在来線の第三セクター転換と地方鉄道の第三セクター転換とは違う」「地方鉄道の場合、沿線住民の鉄道に対する切実な願いで残し、第三セクターをつくってきた。並行在来線の第三セクターの場合は、新幹線が来てはじめて、経営が苦しいから分離します、となっている。川内−鹿児島中央間は分離せず『赤字が押しつけられた』という思いが住民のなかにある。JR区間に乗り換える必要があるなど利便性はよくなるどころが悪くなった。新幹線が通って、何故乗り換えが必要なのか『住民は納得できない』『被害者意識』がある。特急が止まっていた駅で新幹線もこない佐敷と阿久根はいたたましい。地域の活性化と一緒になってやるつもりできたが、ちょっと時間がかかる」などと話された。
 話の途中、嶋津社長から「苦しい一年であった」と、ズシッと重みのある言葉が聞かれたが、新たなる肥薩おれんじ鉄道への挑戦の熱意を感じさせる言葉でもあった。苦難の旅立ちとなった肥薩おれんじ鉄道である。
 
肥薩おれんじ鉄道の挑戦
 肥薩おれんじ鉄道の経営戦略は、一つは、「生活には在来線をつかっている方が多く」、JRと肥薩おれんじ鉄道の共通キップ、4枚綴りの割引キップなど「生活路線」として「当面は、いいもの」を提供すること。もう一つは、両極の熊本市民と鹿児島市民に肥薩おれんじ鉄道を利用してもらい、両市での利用客増を獲得することを戦略としている。肥薩おれんじ鉄道は、鹿児島と熊本市を最大のマーケットと考えている。
 これまで、列車キロをJR時代の1.3倍、朝夕の通勤・通学重視のダイヤ改正、新幹線接続の利便性向上などが行われてきた。さらに、3月のダイヤ改正では、上田浦駅−肥後田浦駅間に新駅「たのうら御立岬公園駅」の新設、出水−川内間のデータイムに増発、土日祝の快速列車の増発、八代駅、川内駅の接続時間の短縮、最終列車の繰り下げ、八代駅乗換同一ホーム、定期列車の本数を増やすことなど住民のニーズに合わせた改正が行われる。
 イベント列車の運行も盛んに行われ、昨年の4月から12月では予想を越える139本が運行された。今後、旅行代理店業務を行うことも検討されている。
 「肥薩おれんじ鉄道友の会」も発足させる。年会費は1,000円で5.000人を目標としている。熊本・鹿児島両市民のサポート会員の募集を重視している。嶋津社長は、この「友の会」ができれば「住民の被害者意識もうすれていくのでは」と期待をかける。
 
運賃はJRの1.3倍、利便性を求めて
 肥薩おれんじ鉄道の運賃は、JRの1.3倍となった。「1.3倍以上に引き上げると乗客がバスの方に行ってしまうので、これが限界」であるという。いわて銀河鉄道などのように通学定期には、激変緩和措置はおこなわれていない。熊本県の説明では、「町が独自にやっているものはある」ということである。
 肥薩おれんじ鉄道の9月中間決算について「日経」新聞は、「中間営業収益、計画15%下回る」(04年12月8日)と報道した。南日本新聞は、「鹿児島、熊本両県と沿線十市町からの補助金7,280万円を特別利益に計上、列車の衝突を防ぐ自動制御装置の整備に充てた」(04年12月8日)と報道している。
 嶋津社長は、「通勤定期は3割以上のマイナス。これは値上げとは関係ない。何故減ったかといえば、(鉄道の)利用価値がなくなって車の方がよくなったからだ」と説明するとともに、「新幹線の利用客が増えているのではないか」という。「新幹線へお客が流れる」現象については、しなの鉄道の調査の時も聞いた。嶋津社長が言うように、どう利用価値のある利便性を追求していくのか≠ェ大きな課題となっている。
 鹿児島県では「安全運行をすることを前提に、ギリギリまで削る」という考えだという。乗務員の「仕事は何でも屋」である。最小限の人員で運営しており運転手が給油も掃除もする。運転手は、車内のお客にいろいろと気配りしながら乗務している。
 列車運行の利便性を向上させようにも、新八代への「乗りだし」などは行っているが、「JRの協力がないと何もすすまない」という腹立たしさも聞かれた。川内から鹿児島中央は、非電化と電化という違いはあるが車両の相互乗り入れは行われていない。
 
最大のスリム化「非電化」とJR貨物
 最大のスリム化は、非電化のディーゼル列車を走らせたことである。交流2万ボルトでは一両運行はできない(富山の場合でも3両1ユニットとなっている)。しかし、貨物も走っている鹿児島本線で貨物との共存がどのようにおこなわれているのか。
 並行在来線の第三セクター運営は、最初から経営は厳しい。そこで赤字幅を押さえる検討が様々に行われてきた。その一つが、JR貨物の出資と線路使用料である。
 貨物列車は10両編成で一日4往復、一本は臨時列車、平成16年は減ってきているという。主な輸送は、米や農産物、紙、金属製品など年間20万トン程度のコンテナ輸送量で、運転手も、運営もJR貨物がおこなっている。
 香川教授の話では、「最初は、JR貨物は通さないという話もあった」と言う。しかし、「貨物はどうしても」と激論があった。熊本県でのヒアリングでも、JR貨物は、「第三セクターだろうがなんだろうがやる」「別ルート、別列車の能力がなく、このルートで貨物を走らせたい」との態度だった。この背景には、JR貨物が昨年3月に鹿児島貨物ターミナルに設備投資し、コンテナの輸送量を増加させていたことがある。
 県からは、「なんで新幹線のために冷や飯なのか」の言葉も飛び出し、「肥薩おれんじ鉄道は非電化・ディーゼルであり、貨物のことは貨物が保障すればよい」という強気の態度だ。これがJR貨物から1億円の出資金を出させ、線路使用料は、「2億8000万円を下らない」ものとなったのであろう。
 肥薩おれんじ鉄道の運行は、「およそ一時間に一本で、貨物列車が走っても待避線などを活用すれば影響はない」としている。貨物列車の走行時に電気は必要だが、「仮に、JR貨物をなくしても電気は必要で、運営費に見込んでいる9,000万円が減る」、貨物列車が走らなければ、結果的に経営に打撃だ。
 北陸本線の貨物列車は、一日45本、330万トン(平成10年)とは輸送量では大違いでる。
 
JR資産の譲渡と「集中修理」は、どのように行われたか
 JR九州からの施設譲渡額は10億円である。これは、しなの鉄道の施設譲渡価格が103億円で、経営を圧迫しているのを考えるとかなり安い金額である。JR九州にとっては廃止路線である。線路や駅舎の撤去にはかなりの金額がかかることなどが検討されて10億円になったという。駅舎などの建物も減価償却ゼロとして計算されたようだ。
 北陸本線の譲渡を考えた場合、施設・設備がどんな状態で譲渡されるかである。新聞報道では、「集中修理」が行われたと報道されている。
 熊本県のヒアリングでは「受け取った資産に貸しがないようようにしてもらう。大規模な修理になったのでは困る」「使える状態でいただく」という態度で望んだという。
 JR九州は、鉄橋、トンネル、踏切、渡線橋などの塗装をした。「特急列車が走っていた鹿児島本線でありメンテナンスはしていた」「かなりのことはやってくれた」と木村総務課長は述べた。
 JR労働者との懇談でも、レール交換やプラットホームの嵩上げ、道床の補強などを行ったという。確かに、肥薩おれんじ鉄道の車窓からは、真新しく塗装された渡線橋などを眺めることができた。
 
安全・メンテナンスはどうなっているか
 北陸本線が第三セクター会社となれば、まず複線であり、営業キロや施設設備、それに貨物量も肥薩おれんじ鉄道とは比べものにならない。嶋津社長は「鉄道はものすごくお金がかかりますね」と言っていたが、万が一重大事故にでもなれば第三セクター鉄道の将来に重大な影響を与える。当然、私たちの関心も日常的なメンテナンスがどうなっているのか気にかかる。
 車両基地は出水のJR時代のものを活用し、CTC、PRC、ATCを備え、運行・管理を一貫して行っている。116.9qの区間に熊本・佐敷駅と鹿児島・阿久根駅の二ヵ所に工務センターがあり、信通・電力・保守担当が配置させれ、一つの工務センターに11人が働いている。「保守は自社で行うことが基本」であるというが、「部品がなかったときJRから貸してもらった」ということだ。
 軌道計測車、電気計測車はJR九州しか持っておらず、検査・修理などはJRの関連会社と年間契約を結び委託している。電気は2万ボルトであり、八代と川内の変電所はJRの所有である。
 レールは、特急列車や貨物が走る鹿児島本線であったこともあり状態は良いという。私たちが乗ってみても「北陸本線と同じくらいでは」の感想である。列車そのものは新車であり、「今のところ状態はよい」というのが実際に乗務している運転手の感想でもある。
 台風で何カ所か被害を受けたとき、JRの関連会社が復旧工事を行っている。この会社の職員はJRからの出向社員である。
 
並行在来線・第三セクターへの国の支援は
 熊本県、鹿児島県、肥薩おれんじ鉄道からは、共通して国の支援強化を求める声が聞かれた。一つは、課税の特例が10年間は2分の1となっているが、この税制上の優遇措置の期間延長をすること。もう一つは、災害時の支援措置である。海岸線から5メートルぐらいのところを走るところもあり、昨年の台風のときも被害を受けている。一件100万円くらいの小規模な被害が幾つか発生しても国の災害支援はない。
 熊本学園大学の香川教授も、税金を安くすること、災害復旧への補助の他に、並行在来線の第三セクター化への補助がないことや営業損失への補助などの必要性を上げている。 九州新幹線鹿児島ルートの総事業費は1兆4,301億円、地元負担は2,251億円である。鹿児島県側の全事業費は6,346億円、県内負担は1,142億円(平成元年から平成16年当初累計、駅設置の鹿児島市などの負担額39億円を含む)で、起債額は1,090億円、そのうち交付税措置は627億円となっている。
 富山県は、来年度予算に北陸新幹線の建設費82億円を計上したが、県財政が大変なとき県の負担は約1,000億円と言われており、これからが大変である。
 
地域振興とまちづくりは
 第三セクター鉄道となった肥薩おれんじ鉄道は、まちづくりや地域振興にどんな役割を果たしているのであろうか。出水駅に降りてみた。旧駅舎の待合室はJR時代のままでガランとしている。駅舎にはいかめしの「松栄軒」の看板がかかっているが、駅弁の販売はやっていなかった。新幹線駅への通路はあるが一体的な整備ではない。水俣駅ばNPO事務所が入っている。食堂に活用している駅もあるという。熊本県の説明では、朝市などには、無料で貸しているという。
 有人駅は、八代、日奈久温泉、肥後二見、佐敷、水俣、出水、西出水、野田郷、阿久根、川内の10駅で、NPOや商工会、町などへの委託駅がほとんどである。駅は無人駅を含めて28駅である。
 新幹線出水駅に働くJR職員は、「おれんじ鉄道の時刻や料金、定期券などの問い合わせがずいぶんある。ところが、新幹線出水駅ではおれんじ鉄道の運行が分からず、問い合わせて答えている」という。また、「おれんじ鉄道の踏切が『降りたままになっている』と電話してきた方もいる」という。「住民のサポートが欠かせない」と熊本県は強調していたが、住民が育てる鉄道にするには随分と時間が必要である。
 各駅とコミュニティバスとの接続は、私たちにとっては関心のあることであるが、肥薩おれんじ鉄道は、「民間バスとの話し合いはしているが、コミュニティバスは自治体がやるべきことで、自治体からのアクションもない」ということであった。
 沿線には、日本製紙、興人、YKK、ヤマハなどの企業があるが、日本製紙以外は駅から遠いという。しかし、企業との連携をもっと工夫できないものかという感想をもった。
 
住民参加の仕組みと行政は
 嶋津社長が言うように、並行在来線の第三セクター鉄道は住民の要望ではなく、住民の「被害者意識」さえ伺われる。香川教授は、住民アンケートをおこなっていたが、JRから分離されることを当初、住民はほとんど知らなかったという。
 並行在来線の第三セクター経営は、今回の調査でも、初めから経営は厳しい≠烽フであることを思い知らされた感がある。それだけに、住民参加をどうすすめるのか、住民が支える鉄道として運営することが重要である。
 鹿児島県は、「鹿児島県肥薩おれんじ鉄道利用促進協議会」を04年6月30日に設立している。県、沿線3市2町の行政と議会、商工団体、観光団体、教育委員会、沿線高校と肥薩おれんじ鉄道で構成し、絵画コンテスト、フォートコンテスト、観光ルートの開発や沿線の小学校を対象にした社会見学などの事業を行っている。財政的には沿線自治体で200万円の負担金を出して運営している。構成団体に教育委員会が入っているのは、「肥薩おれんじ鉄道の利用者の7割が通学定期であり、ダイヤ改正の利便性をはかるなど意見を伺うため」である。熊本県にも「利用者促進協議会」がある。また、肥薩おれんじ鉄道対策協議会があり、輸送やサービス改善などについて県や沿線自治体も参加する幹事会、作業部会などを構成し、肥薩おれんじ鉄道をバックアップしている。
 しかし、10年後の北陸本線の第三セクター化を考えたとき、出来上がった鉄道の利用促進をどうしていくのか、住民の利便性をはかるためにどう運営をしていくのかだけではなく、別の角度が必要になる。
 嶋津社長は、「第三セクター鉄道になる前の事前の住民とのコンセンサスが大事」と述べたうえで、「『JRよりよくなったね』など、これがないと住民は納得しない。こうよくなりますよというビジョンが必要」と話された。これは、納得できることである。富山県の今後を考えたとき、この住民と行政のコンセンサスを、いかに実効性のあるものにしていくかであろう。
 香川教授は、住民のマイレール意識が大事だとしながら、「例えば、一万円の出資をしもらい、同時に第三セクター鉄道に対するの意志決定権も与える」、そんな仕組み作りも大切ではないかと言っておられたが、これは具体的な住民参加の方法として検討に値するのではないだろうか。
 
10年後の肥薩おれんじ鉄道は
 今回の視察で、私たちが利用したキップは、片道九州新幹線、片道肥薩おれんじ鉄道を利用する「つばめ・おれんじぐるりんきっぷ」の「熊本・鹿児島エリアぐるりんきっぷ」で7,000円であった。私たちは、熊本で一泊、新幹線で鹿児島に行き一泊、翌日肥薩おれんじ鉄道で熊本へもどるコースとしたが、これは観光から考えるなかなかの日程である。
 「車窓から見る景色は大変いい眺めです」「絶景です」などとお会いした方たちは口々に言っておられたが、東シナ海と有明海を望む眺めは、まさに、その通りであった。博多港から韓国の釜山港までジェットフィール「ビートル」で2時間55分である。指宿の宿泊客は韓国の方も多くなっていると聞いた。対岸諸国までを観光圏に羽ばたいてもらいたい。
 調査のなかで、「肥薩おれんじ鉄道は10年後はどうなるのだろう」「10年たったら、役割を果たしたとなるのでは」などと開業から10年後の肥薩おれんじ鉄道≠フ経営を危惧する声が聞かれた。
 それは、一つは、少子化問題である。熊本県側では、川尻から袋までの区間に高校・高専・専門学校が18校、鹿児島県側の米之津−伊集院の区間に15校ある、その他に短大などがある。しかし、通学生に大きく依拠している鉄道であり、「運賃収入は右肩下がり」の予想である。
 もう一つは、人件費問題である。JR九州からの出向者で人件費は大きく押さえられている。JR6割、肥薩おれんじ鉄道4割の割合で出向者を受け入れている。役職員数は、取締役10人(常勤3人、非常勤7人)、監査役3人(常勤1人、非常勤2人)、職員90人。運転手は39人、検修4人、工務センターは佐敷と阿久根に各11人、本社13人、指令12人などで、JR出向は82人、肥薩おれんじ鉄道の直接雇用は4人、JR電気システムから4人が出向しいる。出向者の受け入れ期間は10年間と期間限定である。技術の継承も心配である。
 熊本県、鹿児島県の出資割合は1:1である。県と沿線自治体の負担比率は県85対市町15の割合である。赤字になったときのことを心配して聞くと「県が責任をもちます」の答えが返ってきた。鹿児島県では、肥薩おれんじ鉄道経営安定基金を設置しているが、その条例は「肥薩おれんじ鉄道株式会社の経営安定に資するため」(第1条)昨年3月に設置した。県の説明では、「鹿児島エリア内」での「災害」に対応したもので、非沿線の鹿児島市と4町で3億7,500万円、企業などから1億2,500万円の積み立てを目標にしている。私たちが訪れた日は課長らが企業訪問をして「基金」をお願いしているとのことであった。
 
熊本市と鹿児島市の路面電車
 今回の視察の目的ではないが、熊本市と鹿児島市の路面電車についても触れる。
 9日、熊本駅に降り立った私たち一行は路面電車で熊本県庁に向かうことにした。運良くドイツ製の低床路面電車に乗り、上熊本駅から健軍行きに約30分ほど乗車した。この車両は富山の万葉線と同型車であるが、ただレール幅は広軌(1,435_)と広く車両に安定感がある(万葉線より30a広い)。脱線防止のためのレールがゆるやかなカーブでも付けられている。運転手に脱線事故はないかとたずねたが、あまり聞いたことがないとの返事だった。ポイントを先端軌条が二本のものが使われていた。車内アナウンスが「人と環境に優しいのりもの」と路面電車をピーアールする。
 97年8月に、わが国最初の低床路面電車を走らせ全長12.1q、2路線を熊本市交通局が運行している。インファンド(樹脂固定)による弾性軌道などヨーロッパのLRTに匹敵する高規格路線といわれている。熊本市は、福岡市、北九州市に次ぐ第三の都市で人口約66万3千人、それだけに乗客数も多い。
 翌10日は、鹿児島市交通局が運行する低床路面電車にカメラを向けた。この低床車両は2002年に導入され、鹿児島駅を拠点に13.1営業キロ、2路線である。中心商店街の天文館を走る車窓は、どことなく広島の街と似ている。車両は、中央部が客室で低床、前後の運転台部分は従来通りの車軸がついており曲線部での抵抗を緩和できるものでアルナ社のものだった。ピーク時の運行間隔は3分で、熊本よりも運行本数が多い。鹿児島市の人口は約60万人で、街中は夜遅くまでにぎわっていた。
 今回の調査目的は、肥薩おれんじ鉄道の調査であり、もっと余裕のあるスケジュールであったら、と思いながら路面電車に後ろ髪を引かれる思いで私たち一行は次々と目的地に向かった。
 
肥薩おれんじ鉄道の視察から検討することは
 富山県内の北陸新幹線建設工事は急速に進んでいる。嶋津社長が言うように、県民の願いから第三セクター化する北陸本線ではない。北陸本線が第三セクター会社になることをどれだけの県民が知っているのだろうか、とも考えざるを得ない。
 今回の肥薩おれんじ鉄道の視察から、今後検討しなくてはならないことは、
@北陸本線は、住民の生活路線であるとともに、肥薩おれんじ鉄道やしなの鉄道と異なった貨物の動脈であり、産業発展の鉄道路線であるという位置付けを明確にすることが大事である。
A並行在来線の第三セクター化は、初めから厳しい経営状況をもたらす。輸送密度が肥薩おれんじ鉄道より、北陸本線の方がいいから安心だというものではない。しなの鉄道でも極限の合理化を行っているのである。このことをしっかり踏まえて、経営形態や運行のあり方、県や自治体の支援、沿線企業や住民の支援の方向を検討すべきであろう。
B一度重大事故がおきれば第三セクター会社に致命的な打撃をあたえる。安全であるために、万全の対策が講じられなくてはならない。
C「マイレール意識」が大事といことは言うまでもない。問題は、住民がどこまで第三セクター鉄道に関わることができるのか、行政がどのように住民の参加を保障していくのかである。
 
 私たちは、北陸本線の第三セクター化について、シンポジウムや「提言」などを行ってきたが、今回の視察・調査から、以上のことをさらに検討することが必要であろう。
 
 
◎この「視察リポート」は、渡辺眞一事務局担当世話人が執筆し、酒井久雄、岡本勝規、塩原達夫事務局担当世話人が加筆・補正した。