青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道視察・調査リポート
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                  2006年8月1日 公共交通をよくする富山の会・事務局
 
「会」結成5年目で三つの並行在来線の視察・調査を終える
 私たちはこれまでに、しなの鉄道梶A肥薩おれんじ鉄道鰍フ視察・調査を行ってきたが、昨年暮れの第5回総会で青い森鉄道鰍ニIGRいわて銀河鉄道鰍フ視察・調査を行うことになった。これで、「政府・与党合意」に基づくJR経営から分離した3つの第三セクター鉄道に、実際に出かけて調査をしたことになる。公共交通をよくする富山の会を結成したのが2001年11月17日であるから5年かけて一巡することになった。
 今年の春、富山県は県内の北陸本線の旅客流動調査を発表した。その結果は、普通列車1日あたりの輸送人員は36,721人、輸送密度は7,209人である。私たちの「会」が結成される数ヶ月前の2001年6月に「JR北陸線・ローカル線の存続と公共交通を考えるシンポジウム」が開催されたが、この時期、県がコンサルタント会社に依頼した調査では、県内全域の輸送密度は9,800人である。データーの取り方は違っているが、大きく乗客数が減少していることには変わりはない。5年目を迎えた青い森鉄道とIGRいわて銀河鉄道が、どんな状況になっているのかは、北陸本線の将来に大きな教訓と示唆を与えてくれるに違いない。
 
寝台特急「日本海」で青森へ
 視察・調査の日程は5月25日26日の2日間となった。できるだけ休暇日数を少なくしようと24日富山駅発22時20分の寝台特急「日本海」で青森へ向かい、まず青森県庁、青い森鉄道、岩手県庁、IGRいわて銀河鉄道を訪ねることにした。25日の夜には、私たちの「会」結成以前からお世話になっている一戸町の東北本線を守る会の山火武津夫さんと懇談する計画を立てた。
 ところが、会員のみなさんに案内するのが遅れてしまい休暇をとることが出来ない方もおられ、お叱りをうけることにもなった。今回の参加者は7名のはずであったが、お一人は家族の方の都合で欠席、もう一人は急な仕事で青森までの参加となってしまった。
 25日午前4時過ぎには目が覚めてしまい寝付けないまま「日本海」の車窓からやわらかい朝日を受ける新緑の深い緑の山々をぼんやりと眺めることになった。すると突然、高速道路建設の真新しい盛り土、山頂に目をやれば葉をすべて落とした白い幹だけの木々が列なっている。きっと酸性雨の影響で枯れたのだろう。時刻表をみれば秋田県の羽後本荘から下浜あたりの山々であろう。車社会にシフトした「環境破壊」。そんなことに思いを巡らせてしまう。寝台列車は加齢と共に体にこたえる。
 しかし、早く目が覚めたおかげで八郎潟や、津軽平野に雪をいただく「津軽富士」といわれている岩木山をカメラに納めることができた。「日本海」は、東京行きの「北陸」などと違って早朝の車内販売がある。私たちは、車内で朝食を済ませることにした。
 
【1】青森延伸へ多難の青い森鉄道を訪ねて
青森県庁へ
 函館の港湾調査に出かけていた岡本勝規世話人が海峡線で青森に向かっている。しばらく待って青森駅で落ち合った。青森県庁との約束は午前10時である。観光物産館・アスパムに立ち寄りたいが時間がないからと、のんびり駅前商店街を歩くことにして県庁へ向かった。商店が建ち並ぶ歩道沿いに「景観人あおもりからのメッセージ」と書かれた「景観活動」に取り組む写真などを貼り付けた掲示板がいくつも並んでいる。市はこのあたりを「景観計画地区」に設定し、「景観」に力を入れているらしい。歩道沿いにはリンゴの木などが植えられている。青森市は人口約31万人だから旧富山市と同じくらいの人口である。
 青い森鉄道鰍ノは、視察の受け入れをお願いしていたが、会社からは「会社設立の経緯等は青森県でも把握している。当社は少人数で会社を運営しているため充分な対応ができない。県で一括して対応していただきたい」と連絡が届いていた。そこで、青森県庁で一括してお話を聞かせていただくことになっている。県庁に入ると早々に別室に案内された。企画政策部・並行在来線対策室の企画担当グループリーダー竹澤裕幸氏と主査の飯田哲氏からお話を伺った。
 
八戸・青森間のJR経営分離は、沿線住民の議論をまず優先
 挨拶もそこそこに話題になったのが昨日の「東奥日報」の記事だ。そこには、県がすすめようとしている並行在来線「青森開業準備協議会」(仮称)の設立に、三沢市長は難色を示し、協議会の設立は当面延期。市町単位で並行在来線の活用を話し合う「青い森鉄道活用会議」(仮称)を設立することで動き出したという。三沢市長は、「頭から財政負担の話しでは困るが、まず住民の声や地域の実情を議論して、というのであれば大いに賛成できる」と述べたと報道している。
 青い森鉄道は、県が55%の3.3億円、沿線自治体が20%1.2億円、民間企業が25%1.5億円を出資している。すでに、八戸以降の市町村の出資割合も計算されている。
 竹澤氏は、並行在来線の沿線自治体と「運営形態、スキームをとっかかりに協議をしたい。地元の声をまとめて、列車本数、ダイヤ、車両数、車両整備などを論議したい。また、沿線自治体の負担をどうするのか。駅や駅前広場、鉄道利用の促進などの論議をすすめ、JR時代よりは使い勝手の良いものにしたい」と述べた。
 
八戸から青森へ「青い森鉄道活用会議」(仮称)の発足
 八戸・青森間開業は2010年とされ、来年には経営計画の策定が予定されている。5月31日に開催された並行在来線関係市町長会議で「青い森鉄道活用会議」(仮称)は、「青い森鉄道線(目時・青森間)の利用促進策及び鉄道と沿線住民が共生できる振興策について、鉄道を利用する住民の皆さんが中心になって検討を進める場として」設置することになった。
 これは、大変重要なことではないか。「並行在来線 『地元住民の声反映』」と東奧日報は見出しを付けた。具体的にどのようになっていくのか、今のところ明確ではないが、自治体ごとに、駅こどに住民の声を反映する、そんなシステムは富山でも求められていることはだけは間違いない。
 青森県の駅の活用についても考え方を聞いた。「地元といっしょになって、地元の課題として駅を活用する」「県が何かをやって下さいと言うものではない」、地元の要望が第一という考えだ。
 私たちの「会」は、この7月8日、駆け足で残されていた県内西部地域のJR駅の調査を行い、全駅調査を完了した。この全駅調査のヒントは、青森県の駅活用についてのプロジェクトチームの活動に触発されたからである。県は、プロジェクトチームが作成した内容で「具体化しているものはない」と言った。何をやるにも地元の人たちにしっかり依拠していくことが大切であると。
 
青い森鉄道、二弾ロケットと公設民営(上下分離)
 目時・八戸間は「第一弾ロケット」。これからJR経営分離となる八戸・青森は「第二弾ロケット」と言う竹澤氏。上手い表現である。「『一弾ロケット』は利用者も多くなく、経営的にもなかなかやりにくいところもある」「目時・八戸は25.9q、青森まで96qで合わせて126q。商売が成り立たない部分を抱えていては、一種事業では持たないことが明白。下は県が担って県が運営する。これにつきる」「一弾ロケットはとっかかりができたということ」とキッパリとした口調で、上下分離となった理由を聞かせてくれた。
 いただいた資料にも、「JR東日本が経営していた東北線県境・青森間の経営状況からは、線路の設備に係る負担に耐え得る需要は見込めないことから、旅客輸送部分と線路設備等の保有・管理部分を分離する上下分離方式により鉄道事業を行うことにした」と説明してある。竹澤氏は、「鉄道は必要であるが運行を維持出来ない。JR時代から大変厳しいもの」とつけ加えた。青い森鉄道は02年12月、東北新幹線の開業と同時にJR東日本から経営分離し、公設民営となった。
 
県境で分離となった鉄道
 青森県並行在来線鉄道会社設立準備会が01年5月に作成した「並行在来線経営計画素案−改訂版」によれば、特急列車を除く輸送人員は97年度で、金田一温泉・目時駅間通過人員は1日平均464人、目時・三戸駅間で514人、東青森・青森駅間で4,866人である。05年の駅別乗降人数をみると金田一温泉で172人、目時駅で青い森鉄道通過分を含めて1,034人、うち寝台特急の630人を差し引けば673人となる。04年度の輸送密度をみると青い森鉄道は1,377(人/日)で、IGRいわて銀河鉄道は3,917(人/日)となっている。竹澤氏は、「今年度の輸送密度は1,200人台。しなの鉄道はうらやましい」とポツリと声を発した。
 岩手県庁から当「会」に寄せられて「文書回答」によると、岩手・青森両県ごとの鉄道となった理由について、「平成11年7月8日、青森・岩手両県知事会談において、経営主体については、自己決定・自己責任の原則を堅持し、行政課題への迅速かつ柔軟な対応を図るため、両県がそれぞれに設立することで合意された」と記されている。しかし、根本的な理由は、県境で大きく輸送人員が低下し、両県の輸送量に大きな隔たりがあることが大きな理由であろう。
 
今は、IGRいわて銀河鉄道に「おんぶにだっこ」の青い森鉄道
 「IGRいわて銀河鉄道に、おんぶにだっこの関係にある」 「青い森鉄道が、駅舎以外で独自に保有しているのは変電所ぐらい。青森まで伸びると保守センターや指令についても自前で持つ必要があり」、これではじめて「一人前」になる。
 いただいた資料から、青い森鉄道の概略をみてみよう。会社組織は、総務部と運輸部の二部制で、運輸部には営業課と運行課がある。社員は30人、その内訳は常勤役員3名、JRから出向者15名、プロパー6名、嘱託社員3名(パート)、その他3名である。役員は、常勤役員の他に非常勤役員が9名である。この規模について、「青森開業までは最小の体制でやっていく」との説明が加えられた。それでもプロパーは6人だから5分の1、「小さい組織で職員を育てるのは大変な仕事でこれから」というが、2人の事務職と、4人は高卒者を運転手として育てている。これからの青い森鉄道をしっかり見据えて準備をすすめている。社長は県の企画部の退職者で、総務部長は県の出向者である。沿線の自治体の首長が非常勤役員となっている。
 公設民営だから駅は県所有。6駅(目時、三戸、諏訪ノ平、剣吉、苫米地、北高岩)と、JRとの共同使用駅・八戸駅がある。八戸駅には、アテンダントが1人配置されている。途中下車で県所有駅がどうなっているか実際、見てみたかったがその時間はなかった。
 列車の運転本数は、八戸・目時・盛岡間が下りで17本、うち快速が4本でJR時代より7本多い。上りは15本、うち快速が4本、これもJR時代より6本多い。一方、八戸・三戸間だけをみれば上り、下りとも4本でJR時代と変化はない。もちろんJR時代との比較は特急を除いてである。
 列車はすべてワンマン運転で、青い森鉄道の保有車両は4両(2ユニット)である。IGRいわて銀河鉄道は7ユニット14両で、9ユニットでプール運用となっている。
 
青い森鉄道は、年間2,000万円ペースの赤字に
 青い森鉄道の経営状況を訪ねたら、即座に「2,000万円ペースで赤字になっている」との答えが返ってきた。開業以来の青い森鉄道の収支状況を見てみよう。02年から04年までの3年間の当期純損益はゼロだ。05年度決算は1,936万円の損益を計上している。これまでの決算をみると、収支はトントンだ。そのワケは、第二種鉄道である青い森鉄道からの線路使用料のおよそ9割を減免してきたからだ。減免前線路使用料は02年で8,671万円、03年2億7,028万円、04年2億8,039万円であるが、この線路使用料を02年8,168万円、03年2億6,290万円、04年2億7,918万円と減免して収支をゼロにしてきたのだ。しかし、もう「乗務員の養成、利用者数の落ち込みなどで、今年度は、県からの線路使用料の全額免除しても、約2,000万円の赤字が見込まれる」ことになった。(視察後の発表では約1,700万円程度の赤字となる見込みとなった)
 JR夜行寝台列車が、青い森鉄道の県境から八戸に直接乗り入れており、この区間の夜行寝台列車の収入は「収入面では大きなメリット」となっている。
 
県はインフラ部門に3億5千万円一般会計から繰り入れ
 JR東日本からの譲渡価格は、土地1億4,596万円、建物など22億2,795万円、合わせて23億7,391万円である。私たちは譲渡価格について関心がある。竹澤氏は、「鉄道資産の価値は出方によって判断されるのか」「不必要な資産は受けない。過去は、新幹線とのバーターでという関係があってJRからの経営分離を受け入れた」「経済情勢も踏まえて(JRに)言いたいことは言う」と述べた。 また、簿価で譲渡を受けたことについて、「簿価譲渡というのは『ありのまま渡す』という考え方、中古のものはそれなり」の価格で譲渡されるべきと述べた。施設は駅舎、線路、電路、変電所、信号設備、沿線の鉄道施設など「下のものはすべて譲渡」となった。
 公設民営であるから県は、第三種鉄道事業者として、鉄道施設の保守・管理をおこなうために「鉄道施設事業特別会計」を設置し処理している。
 これをみると歳入では、JR貨物の線路使用料は03年3億6,023万円、04年4億3,501万円、05年4億5,574万円。一般会計からの繰り入れは年々増えており05年で3億5,147万円(当初予算)である。結局、歳入の46.3%がJR貨物の線路使用料、35.6%が一般会計からの繰り入れである。一般会計の繰り入れには、決算の赤字分は入っていないということであるが、青森まで上下分離で延伸することになれば一般会計からの繰り入れは10億円を超える。「これをどうするか」が、今後大きな課題としてのしかかってくる。歳出をみると、05年度で鉄道施設事業費8億7,403万円、青い森鉄道の償還に1億1,109万円(当初予算)である。
 
「運賃値上げは怖くてできない」
 運賃は、平均して開業前のJR運賃の1.49倍で、普通運賃はJR時代の1.37倍、定期は1.65倍である。考え方として「適正な受益者負担の水準に設定し、独立採算の原則が確保される」ことを基本に決定された。しかし、経営状況から運賃値上げを実施したいところだろうが、「運賃値上げは、恐くてできない」と話された。今年3月25日付の「東奥日報」によれば、「開業時の運賃値上げによって利用者離れや(定期券を購入する)高校生の減少が響いた」「運賃値上げはしないが、1日40本のダイヤ編成では、運行本数の削減を『今後の検討課題』」と小枝社長は述べている。
 青い森鉄道には、IGRいわて銀河鉄道のような通学定期の激変緩和措置はない。いただいた通学生への助成制度は、三戸町で一ヶ月通学定期の2分の1を無利子で貸し付ける制度があるだけだ。旧南部町では、奨学金の貸付制度として高校生15,000円などの制度があったが、合併で廃止になっている。
 
貨物列車と安全問題
 北陸本線の場合、時速100q/hで総重量1,000tの貨物列車も含めて1日約50本が富山県内を走っている。高速での貨物列車の走行は、線路や電路に大きな影響をあたえる。これは、私たちにとっては重大な関心事だ。青い森鉄道の線路で貝殻状の傷をカメラに納めた。
 ところが、貨物問題は、貨物政策上国に考えてもらうものと、青森県はあまり関心がない。そこで、しばらくの間、高速で走る貨物列車がいかに線路や橋梁などを傷めるかという話しになった。貨物列車の本数は約40本という。
 災害に対する対策について質問をすると、「県は、下部を持っているが、災害の時は国庫補助の対象にならない。下を持つことは想定されていないのでない」と。国の経営から分離した第三セクター鉄道にたいする援助の体制が問題だ。
 公設民営であるから鉄道施設の保守管理は県が直接責任を担っている。県は、「鉄道施設の保守に係る基本計画」を策定し、施設使用の適否の判断などの管理的業務を鉄道管理事務所が直接おこなっている。実際の現場業務は、八戸臨海鉄道株式会社へ委託しているが、外注先という位置付けではなく、県のメンテナンスセンターとして位置づけている。しかし、大型の保守などはJRの関連会社に委託している。メンテナンス費用は03年度で4億5,000万円である。
 
東北新幹線の乗客は増えているが?
 事前に青森県に送ってあった質問には、新幹線にかかわる質問もいくつかあった。建設費は約1,800億円、地元負担は約700億円、うち9割は起債と説明がつづく。東北新幹線の八戸開業によって盛岡・八戸間の乗客数は開業前の7,600/日から11,500人/日と51%増加している。ビジネス目的が24.5%増、観光利用が215.4%増である。年代別に見ると60歳以上の利用者が126.8%と定年退職者の利用客が増加している。しかし、八戸からローカル線に乗車する人は「調査日はゼロ」だったそうで、レンタカーを利用する人が多かったという。定住人口が減っているなか新幹線が青森まで開業するともう一つまちは大きく変化するように思われる。
 
アスパムと駅前の生鮮市場
 私たちは観光物産館「アスパム」で昼食にすることにした。10階食堂から対岸に鉞半島といわれる下北半島を眺める。その足で青森駅前のAUGA(アウガ)にも向かった。この「AUGA」は、駅前再開発ビルで、青森駅前の再活性化をめざして5年前にオープンした。5周年の看板がかかっていた。私たちが立ち寄ったのは地下だけだが、新鮮市場と銘打っているだけのことはある。何店舗あるのだろうか、いくつもの区画に分けられた路地に沿って新鮮な魚介類をならべたお店がずらりとならんでいる。富山駅前のCiCも、昔の面影を残したままで地下街をつくれなかったものか。
 
八戸駅で、IGRいわて銀河鉄道、JR貨物、特急列車が並ぶ
 特急で八戸にむかった。列車内はほぼ満席状態だ。「列車はJR北海道、運転手はJR東日本」と車内放送が流れる。青い森鉄道にはお話は聞けなくても建物だけでも見たいと思っていたが時間がないので諦めることにした。
 八戸駅で時間待ちをしていると、JR普通列車とJR貨物、特急「はこだて」が並んで停車した。カメラに納めることができた。
 
2一戸町の住民運動とIGRいわて銀河鉄道
山火武津夫さんとの再会
 私たち視察・調査団は、一戸町の奥中山高原駅に向かった。東北本線を守る会の山火武津夫さんにお会いすることになっている。公共交通をよくする富山の会が発足する5ヵ月前に山火さんを招いて「JR北陸線・ローカル線の存続と公共交通を考えるシンポジウム」を開催したが、このシンポジウムが「会」発足のきっかけとなった。山火さんにお会いするのは、それ以来である。奥中山高原駅には、ワンボックスカーが迎えに来ていた。山火さんが手配したものだ。
 東北本線を守る会の運動は、JR経営から分離する並行在来線を切り捨てるのでなく県が責任を持って存続させたこと、JR貨物の線路使用料の引き上げなど、今日では当たり前になっていることだが、私たちの運動に大きな遺産を残している。今回の参加者には、東北本線を守る会の運動の中身を少しで知ってもらいたいと山火さんが書かれた「蟻が像に挑む」の小論を全員に渡してある。5年ぶりの再会となった。
 
一戸町住民の運動に学ぶ
 宿に着くと早速にお話を伺った。「三セクに移行する前に東北本線を守る会としてやったこと」と切り出した山火さん。10〜20人では国や県を動かせない、 3ヵ月で3,000人の守る会を組織、民設民営でなく県が責任を、貨物は国が責任を持つこと、通学定期に激変緩和措置など、住民の運動をすすめ前進させたことを簡潔に話された。
 さらに、第三セクター鉄道の問題として、盛岡から青森まではIGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道、JR東日本と3つの鉄道にまたがり3回の初乗り運賃を払うことになる。三戸から二戸に通う高校生の親で目時駅まで送り迎えをしている方もいる。3年間で数十万円にもなるためだ。まさに運賃の三重払いである。この解決に向けて運動が取り組まれている。
 ダイヤ編成についても高校の意見を聞いて変更させている。自転車を電車に積み込めるよう運動をすすめており、渋民や二戸で自転車のレンタルがおこなわれている。
 一戸駅では情報ステーション、小鳥谷駅では産直「ニコニコステーションこずや」を設置するなど、町が駅をまちづくりとして積極的に活用している。
 
高齢者への運賃助成制度
 一戸町には一戸、小鳥谷、小繋、奧中山高原駅の4駅があり、一戸町並行在来線利用促進協議会というのがある。町長が代表を務め、東北本線を守る会から3人が委員として参加している。これは、東北本線在来線廃止反対期成同盟会が発展したものだ。平成16年度事業報告書をいただいたのでその一部を紹介しよう。
 「開業2年目となる平成16年度において、小鳥谷駅の駅舎遊休スペースを有効活用し、小鳥谷駅を拠点とした地域の活性化を図り利用促進に繋げるため、小鳥谷地区の農協組合員による農産物ミニ直売所の開設に向けてIGRいわて銀河鉄道鰍ニ協議をすすめ、駅舎改修工事の支援をおこなった。また、利用促進の一環として、奧中山高原施設及び子どもの森のIGR企画きっぷ利用者へクッキーをプレゼントした。さらに、御所野縄文公園、鳥越観音、町内の景勝地や小繋駅を題材として映画化される『待合室』のロケ風景の写真パネルを町内4駅に展示し、『待合室』に似合った木製長椅子を設置した。運賃の激変緩和の対応としては、高齢者への運賃助成を継続し、利用促進事業を展開するとともに、IGRいわて銀河鉄道のイメージアップを図るため、町内の駅をイルミネーションで装飾し利用促進を図った。」
 高齢者への運賃助成は、75歳以上を対象に、行き先が町内にかかわらず一戸町の4駅で乗車券を購入した場合に、町内の各駅で1枚100円の「助成券(購入証明書)」を発行するもので、この助成券5枚一組を役場などに持参すれば1枚500円の一戸町共通商品券と交換できる。片道乗車券で助成券1枚、往復乗車券で2枚、回数券の場合は助成券10枚となっている。助成券の発行枚数は昨年度で5,718枚である。
 また、東北本線を守る会は、老人クラブに働きかけて調査に取り組みデマンドバスも運行させている。
 
一戸町独自の通学定期運賃助成
 IGRいわて銀河鉄道の発足とともに通学定期運賃はJR運賃に対して平均1.99倍となった。そこで県と沿線自治体が出資して「いわて銀河鉄道経営安定基金」を設け、それを財源として02年12月から05年3月までの2年4ヵ月間はJR運賃の一律1.35倍に押さえ、05年4月から07年3月までの2年間は平均1.65倍に押さえることとなった。経営安定基金は、通学定期の激変緩和や、鉄道施設、設備更新費、災害復旧費などにあてるために、県と沿線市町村が、03年から07年までの5年間で、当面、開業後の所用見込額を11億円を目標に基金として造成したものである。
 一戸町は、通学定期運賃をJR運賃の1.50倍程度を目処とし、距離区分で25q未満はJR運賃比1.55倍、25q〜50q未満は1.50倍、50q以上は1.45倍の額を控除した額を助成することにしている。岩手町、玉山村でも助成金額にいくらかの違いはあるが同様の助成制度つくられている。
 住民の運動がより便利で暮らしにそった鉄道に近づけている。
 
御所野遺跡で大歓迎 
 翌朝、山火さんが案内人となって御所野遺跡を見学した。御所野遺跡は縄文時代中期後半の大規模なむらの跡で、65,000uの台地のほぼ全面に600棟以上の竪穴住居跡が見つかっている。縄文時代の社会構造を知る上で貴重な遺跡として知られている。
 その御所野縄文公園の入り口に入ったとたん、私たちは驚いてしまった。「歓迎 公共交通をよくする富山の会」と看板が出ているではないか。歓迎の看板のある弧状に曲がり見通しがきかない「きききのつり橋」を渡り、縄文時代にタイムスリップする一時を楽しんだ。
 
【3】IGRいわて銀河鉄道の挑戦
 IGRいわて銀河鉄道からは直接お話を伺うことになったが、岩手県庁とは日程の折り合いがつかず、私たちの質問に文書でのご返事が東北から帰った直後に届けられた。岩手県からの回答も折り込みながら報告する。
 
山また山を走るIGRいわて銀河鉄道
 IGRいわて銀河鉄道は、本当に山また山を走り抜ける鉄道だ。海辺にへばりつくでもなく、崖プチを危うく走るわけでもなく、延々と二本の線路が山間を縫って走っている。私とっては、この線路は3回目の調査となったが、こんなにもゆったりと線路を眺め続けたのは初めてだ。
 車両の揺れは少なく、列車は約100qで走り続ける。北陸本線より安定感がある感じだ。花輪線と結ぶ好摩、石川啄木の生誕地、渋民が過ぎていく。IGRいわて銀河鉄道と東北新幹線がまさに「並行」している区間も多く目に飛び込んでくる。
 二戸からグット乗客が増えた。盛岡に近づくにつれてさらに乗客は多くなっていくようだ。不思議なことに気づいた。車内放送には2種類あるのだ。「列車の一番前の乗降口から降りて下さい」とアナウンスがあれば無人駅だ。「乗車券を駅員にお渡し下さい」とアナウンスがあれば有人駅だ。子どもや高齢者、障がい者にとっては辛い対応になるのでないか。
 
IGRいわて銀河鉄道盛岡駅とJR盛岡駅
 盛岡駅についた。盛岡駅から山田線で1駅電車に乗らないとをIGRいわて銀河鉄道本社に行けない。青い森鉄道本社も八戸駅から遠い。驚かされたのは、私たちが降り立った盛岡駅のホームがJR東日本とIGRいわて銀河鉄道が一枚の壁で分断されている。「ここまでやるのか」と腹ただしくなってくる。
 「高齢者も多く乗り継ぎ時間は8分と余裕を持つものに」したダイヤ設定をおこなっているものの、県が指摘するように「JRとIGR改札口が離れていることが問題」である。
 
生活路線=IGRいわて銀河鉄道、その経営姿勢
 ようやくIGRいわて銀河鉄道本社にたどり着いた。私たちを迎えてくださったのは、岩手県から出向の熊谷順太総務部長、JRから出向の伊藤光雄総務課長、プロパーの大坪徹総務部主任・企画・公報担当の3人の方だ。なかなかエネルギッシュな感じで活気がある。
 「二戸から車掌2人が乗車したが」と言うと、「車掌の養成中」「会社も若いが、人材も若い力でがんばっている」と熊谷氏。「オールプロパー化を目指し技術の継承をしっかりやりたい。そこが、一番経営上苦労していることだ」と言う。社員は184人でプロパー社員は65人と35%を超え、JR出向社員は117人、県職員兼務が2人である。プロパー社員を意識的に増やしている。女性運転手も3人になった。社員は「なんでも屋をつくる」ということから一人多種業務担当制をとっている。今年度は9人の新人を採用した。
 「生活路線という位置付けをもってやっている」と、青山駅・巣子駅の2駅を今年3月に同時新設した。新駅の設置に伴って普通旅客運賃は3qきざみから2qきざみのキロ区間制となった。「30年先40年先も健全に経営ができるよう、そこを考えてやっている」という。
 IGRいわて銀河鉄道は、盛岡〜目時間82.0qで全区間複線電化だ。有人駅7駅、委託駅9駅、無人駅1駅の17駅である。列車本数は最多区間が1日75本、最小区間が16本で、JR時代は最多区間61本、最小区間16本である。盛岡以南には高校も多くあり乗り継ぎを重視している。日中の発車時刻は等間隔制と利便性に配慮している。
「公設民営」方式としなかった理由は
 岩手県が「公設民営」方式をとらなかった理由として、「上下分離は、鉄道資産を県が保有することでインフラ整備にかかる資本費の会社負担が軽減されること、資産の無償貸与をすることにより会社負担が軽減することから運賃が低く抑えられる利点がある反面、維持管理費の負担が県となるので、三陸鉄道とのバランスを考慮した場合、県民の理解が得られない」としている。
 
05年度・初の単年度黒字決算に
 岩手日報は「IGR、初の単年度黒字─05年度決算」(06年5月20日)と報道した。「経費節減などが黒字につながった」という。595万円の黒字である。1日平均の輸送人員をみると通勤定期で2,398人、通学定期6,019人、定期外3,780人、寝台特急630人で合計12,827人である。当初計画でみると通勤定期は24.6%減、通学定期は0.4%減、全体で7.2%減である。収入では、普通旅客運賃収入が18億6,950万円で収入全体の48.1%、貨物の鉄道使用料は19億99万円で49.2%だ。
 2020年度に累積黒字転換を目指しているが、将来の輸送人員について県は「新駅効果で一時的に増加するものの、その後は自動車保有台数の増加、人口減少・少子化などにより減少傾向が続くと予想される」としている。なかなか大変である。
 県は、IGRいわて銀河鉄道に対して特に重視していることとして「鉄道経営の基本である安全性を確保しつつ、業務の徹底したスリム化を行い経費の削減に努め、20年度の累積欠損解消を確実に達成すること」をあげた。
 資本金は20億円。県10億円、県内市町村7億円(うち沿線6億円)で残りは民間団体である。民間は、バス、タクシー、電力会社、商工会など31団体から1億4,970万円となっている。JR資産の譲渡金額は約79億円である。
 
安全対策=「災害にあわないようメンテナンスをしっかり」
 私たちがいつも一番気にかかるのが安全対策である。第三セクター鉄道で大事故が起きれ鉄道そのものの存廃につながるからだ。
 県は、線路・電路は「国土交通省令に基づき、各系統の実施基準を定め、保守業務を行っている」。安全・メンテナンスで特に注意していることは、「各種訓練会(実車訓練等)を実施し、安全に対する意識を高めているほか、JR情報を共有化し、事故防止会議で活用し、同種事故発生防止に努めている」「メンテナンスについては、四季の変わり目や多客輸送前に総点検を行い、要注意箇所の洗い出しを行っている」。また、保守などでJRとの連携は「境界付近における保守区分を明確にし、異常時または事故復旧に関して覚え書きを交わし、相互助勢体制を組んでいる。また、定期的な意見交換会を開催し、連携を深めている」としている。
 工務関係の設備管理所は好摩にあり62名の体制だ。本社の設備グループは9名である。
 指令は、JR東日本の盛岡支社の総合司令室内に、銀河指令が設置され、盛岡・八戸間を管理している。青い森鉄道とJR貨物から運行管理を委託されていることになる。これは、輸送障害発生時には運行管理協力体制を直ぐ確保できる体制といえる。
 自然災害にたいしては、九州と違って台風の通過地域としての日常的な対策は必要がないようで「その時は止めるしかない」とあっさりとした返事がかえってきた。
 車両検修、各種鉄道施設工事や車両清掃などは外部委託である。
 
奧中山高原子どもの森きっぷ、フェザンお買い物きっぷ、
 いま売り出し中の企画きっぷに「子どもの森きっぷ」というのがある。IGRいわて銀河鉄道往復+岩手県北バス乗り放題でゆったりと楽しめる企画きっぷだ。IGRいわて銀河鉄道と岩手県北バス、いわて子どもの森、奥中山温泉の共同企画である。「フェザン買物きっぷ」というのもある。IGR盛岡駅までの往復乗車券とフェザンお買物券2,000円分がセットとなっている。フェザンは盛岡駅ビル内にあり、IGRとの共同企画だ。企画・公報担当の大坪徹氏が、大人も子どもも共に300円で一日乗り放題の「バースデーきっぷ」を楽しそうに紹介していたが、こうした企画きっぷもある。他にもピール列車(7〜9月)、新酒列車(1月)の企画列車などがある。
 だが、IGRいわて銀河鉄道を支えるには一戸町のように住民参加の体制を住民要求で築き上げていくことがもっと持続的に鉄道を守る上で大切であろう。
 
貨物輸送は
 私たちは貨物輸送に大きな関心をもっているが、青森県と同じく、岩手県でもIGR銀河鉄道でもJR貨物の輸送量については「承知していない」という。しかし、貨物列車走行時の普通列車の運行はどうしても規制される。岩手県は、「盛岡・八戸間において、下りで4本、上り列車で1本が貨物を待避している」と答えている。また、JR貨物の運行に伴って電路設備、橋梁などのメンテナンスは、線路使用料に含まれているという認識である。
 富山貨物駅や金沢貨物駅ではE&S方式への改良が行われて、貨物列車の高速化も行われている。一方、能町駅の廃止など貨物駅が減少している。モーダルシフトが掲げられて久しが、モーダルシフトと鉄道貨物輸送を国策として推進してくことも並行在来線の将来に展望をひらくものである。
 
 視察・調査から帰ると別の仕事に忙殺され、このリポートは2ヵ月近くも過ぎてから書き始めた。忘れていたり、思い出すのに時間がかかったりといささかリアルティーに欠けたところもある。
 
 
 
 
※この青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道視察調査リポートは、渡辺眞一世話人が執筆し、酒井久雄・岡本勝規世話人が加筆・補正した。