ある不定積分について

2002/11/06 福沢正男 

 

昔,岐阜のある中小企業で働いていたわたしは,この会社の工場長からとある講習会に半年間通うように命ぜられた.その講習会は,主催は忘れたが岐阜県の中小企業を対象に,当時の最先端の技術と理論を授けようというものであった.わたしはここで講師のひとりであった岐阜大学の福田治郎先生の「工業数学」という講義を熱心に聴き,先生から記念として岩波全書210「微積分入門」(河野伊三郎著・岩波書店1962年)という本を戴いた.これはわたしにとって今もなくてはならないものになっている.この小論は,その中のある問題について述べたもので,高校三年の数V,すなわち置換積分,部分積分ができる程度のレベルであれば理解してもらえると思う.

 

岩波全書210「微積分入門」(河野伊三郎著・岩波書店1962年,以下テキストという)の160ページ問9(2)に,

……………………(1

を積分(不定積分)せよという問題があった.この問題の前の部分でいくつかのテクニックが説明されていて,その方法を用いて解くという練習問題である.巻末の解答は,

……………………()

となっていた.

 さて,問題の関数は無理関数(根号の中にxがある)なので,これを解くためには与えられた関数を有理関数に直さなくてはならない.以下はこのテキストに紹介されている方法である.

まず,とおくと, ,また, ,よって,

となって有理関数の積分になる.

でたらめにxの無理関数を作って積分してもこうはいかない.こういうテキストの1問1問には初学者が苦労しないよう(それでも苦労するが)細心の工夫がされている.いわゆる王道を歩くわけである。解くにあたってわたしは数々の間違いを犯したのだが,それはあまりに恥ずかしいので略し,結果だけを示している.現在でもわたしの実力はこの程度の積分を全力でやっと解くという程度で,40年も前の入門書に少しも古さを感じない.むしろ,自分がいかに遅れているかを思い知らされるばかりである.

 この分母は,と変形できるので、ここでさらにと置換をすると、だから,

 次はこの分母を部分分数に直せばよいのであるが,ここは公式ですませる。それは

である.これによって,

……………………(3)

 あとはuをtに戻し、さらにxにもどせばいいのだが、やってみると、

……………………()

同様に、であるから,(3)

……………………(5)

となって、上述した巻末の解答(2)と違うが、これはこれで合ってはいるのである(どちらも微分すれば(1)になる).確かに解答の方がxの次数が低いので、(5)はまだ完全とはいえないことになる.

 では,どうすればよいか.まず,異なる関数が微分して同じ時は積分定数だけの違いであるから,(2)から(5)を引いてみる。

となって確かに定数である.つまり,(2)(5)の関係は,となる.ゆえに両辺を微分すれば同じものになって,(1)の不定積分の答えとしてはどちらも正しい.この定数をみると,真数がとなっていて,上の計算で(4)のところに似た数が出てくる.ここに工夫の仕方があるように見える.そこで(3)からやり直してみよう.

となってを外に出すことができた.あとはを代入して整理すると(2)の解答と同じになるのである.

 以上でめでたしであるが,これは正解答があるからできたのであって,それがなければわたしはたぶん(5)のままでこの問題を終えていると思う.(5)で終わるか(2)にまで至るかの違いは,数学の研究では本質的な事柄であると思う.この問題に関しては私は王道を歩いたが,いつか自分がその王道を見つける仕事がしたいものである.

2002/11/09 1125A.M.