初期視覚の特性に関する研究
The effect of physical features on alphanumeric category effect
東北大学 情報科学研究科 石田 翼
目的
本論の目的は,カテゴリ効果 category effect と呼ばれる現象が, Treisman の特徴統合理論 feature integration theory 1) 2)への反証となり得るかを実験的に確認することである.
特徴統合理論
理論的背景
特徴統合理論は Treisman が1980年に提唱したものである.「注意」の概念を説明するとともに,これまで視覚研究の様々な分野で問題になっていた視覚の2段階説,系列処理・並列処理の問題,統合問題などについて言及し,さらにこれまで別々の理論で説明されてきた視覚探索における系列探索・並列探索,テクスチュア分離,結合錯誤などの現象を統合して説明する理論である.
視覚心理学においてこれほど多数の問題に言及した理論はこれまで存在しなかったので,提唱以来非常に注目を集めている.
本論ではこの理論の中の,特に視覚探索課題における並列処理と系列処理についての説明・予測に注目する.
特徴統合理論とは
この理論は,まず最初に比較的簡単な処理を行う過程があり,その後より高度な処理を行う過程がある,という視覚の2段階処理の仮定に基づいている.
視覚情報はまず最初に色や方向,空間周波数,輝度,運動の方向などの属性次元で符号化される.これらの次元を「特徴」feature と呼ぶ.この特徴は比較的単純な属性であるとされている.この過程は前注意過程 preattentive process と呼ばれ,空間的に並列に注意資源の消費なしに行われるとする.
次にそれら別々の表象を一つの対象としてまとめあげる必要がある.そのためには「注意」という資源が必要である.つまりある位置に「注意」を向けることによって,その位置に存在する特徴は一つの対象として結合されるのだ.この結合は,ある特定の資源(注意)を使うものなので,注意過程 attentive process と呼ばれ,逐次的・系列的処理である.
この場合の注意は,スポットライトに例えられる.スポットライト(注意)がある位置に向けられると,そこにある対象が良く見えるようになる(それぞれの特徴次元が結合され,一つの対象として認知される)のだ.
視覚探索課題と系列処理・並列処理
視覚探索課題とは,視野内に複数の視覚刺激を短時間(数百msec程度)提示して,その中からあらかじめ指定した刺激(ターゲット target)を検出してもらうという課題である.
この場合一般に,ターゲット検出までにかかる時間は一度に提示される刺激の数と比例する.つまり一度に提示する刺激の数をnとすると,ターゲット検出までθ(n)かかるのである.しかし刺激の性質によっては刺激の数に関わらずに,θ(1)で検出が可能である.これはターゲットの探索が系列探索 serial search であるか並列探索 parallel search であるかによるとされている.
特徴統合理論は,その処理形式の違いがどのような刺激の性質によって決定されるかを説明している.刺激の物理的属性の内,特徴統合理論で「特徴」と定義されるような単一の属性次元によってターゲットが定義される場合は,並列探索される.先述のようにそのような特徴次元は空間的に並列処理されるからだ.
一方複数の「特徴」の結合によってターゲットが定義される場合は,系列探索される.複数の特徴次元を結合させるために系列的な「注意」の移動が必要だからである.そして実際にこれらの予測を確認した実験が多数ある 1) 2).
しかしこれによって説明され得ない現象が確認されている.カテゴリ効果と呼ばれる現象である.
カテゴリ効果
本論では「カテゴリ」という単語はアルファベットと数字という欧文で用いられる文字の大きな二つの種類の違いを示す.
カテゴリ効果とは,複数のアルファベットの中から数字を探索する方が,アルファベットの中からアルファベットを探索する方より効率が良いという現象,あるいはその逆の複数の数字の中からアルファベットを探索する方が,数字の中から数字を探索する方より効率が良いという現象である3) 4).
この効率の良さは,空間的に並列処理されているためと解釈ができる.つまりカテゴリ情報という文字の意味的な情報も並列処理され得るという可能性を示唆しており,そしてこの解釈は特徴統合理論と矛盾する.先述したとおり,その理論においては並列処理されるのは特徴と呼ばれる単純な物理的属性のみであったからである.
しかし一方で,この現象は意味的情報によるものでなく,数字とアルファベットの間の物理的な特徴の差異によるものであるという指摘もされており,この説明は特徴統合理論とは矛盾しない.そして実際にそれによる効果がかなり強いことが実験的に示されている4) 5).
本論では,この現象が物理的特徴による効果を取り除いても存在するかどうかを,物理的特徴を統制することによって実験的に確認する.
実験
実験の全体像
先述したとおり,数字とアルファベットの間の物理的特徴の差異を最大限統制できる文字刺激,すなわりLED文字を使用する.これらの刺激を画面の中心を原点とした円周上に配置する.その例を図-1に示す.
図-1 刺激の配置の例
この時一度に提示する文字の数(ディスプレイサイズ display size)を変えることによって,その探索が並列処理か系列処理かを見る.
またターゲットとその他の妨害刺激(ディストラクタ distractor)のカテゴリを,同じカテゴリ(within category,WC)にするか異なるカテゴリ(between category,BC)にするかも操作し,それによって探索の性質(系列探索か並列探索か)が変化するかどうか確認する.
BC条件に関しては,特徴統合理論に基づくと系列探索が予測されるが,カテゴリ効果が今回のような条件でも現れるならば並列処理が予測される.一方WC条件については,どちらに基づいても系列処理が予測される.この条件はBC条件での結果が系列探索か並列探索かを判断するために投入した.
実験装置
実験制御と刺激提示に IBM-PC/AT 互換機(ヴィデオチップ:S3社Vision968)とTOTOKU社の17インチディスプレイ(CV173)を使用した.画面の解像度を800×600ドットに,リフレッシュレイトを75Hzに設定してある.反応時間は Interface 社のタイマーボード(IBX-6101)を用いて測定した.被験者の反応は,岩通アイゼル社のAVタキストスコープ用の反応キー(IS-745A)をコンピュータのジョイスティックポートに接続して測定した.
被験者
大学院の学生3名.
実験1
方法
操作する要因はターゲット(有/無)・ディストラクタのカテゴリ(アルファベット/数字)・ディスプレイサイズ(2/4/6)の3要因である.用いた刺激を図-2に示す.
図-2 実験1で用いられた刺激
図-2に示すとおりターゲットは奇数の数字であるので,ディストラクタが偶数の数字の場合はWC条件であり,アルファベットの場合はBC条件である.またターゲットがない条件では,その代わりに図-2に示すようなキャッチ catch 刺激(偶数の数字)が用いられる.
結果
それぞれの条件における反応時間とディスプレイサイズの関係のグラフを図-3に示す.WC条件ではターゲットの有無に関わらず系列処理されている傾向である.
図-3 実験1のそれぞれの条件における反応時間(RT)とディスプレイサイズの関係
しかしBC条件においては,ターゲットが存在する場合には並列処理されている一方,存在しない場合には系列処理されている.
考察
条件によっては並列処理されている傾向が見られた.
しかし,この実験ではWC・BCの条件をディストラクタを操作することによって定義した.そのため,系列処理であったせよ並列処理にであったせよ,ターゲットを実際に検出する前にWC条件かBC条件かが被験者に分かってしまう可能性がある.このBC条件とWC条件の傾向の違いもそれによるものと考えることができる.
次の実験2ではその点を修正した実験を行う.
実験2
被験者が条件を察知することが最大限ないように,ターゲットのカテゴリを操作することによってBC条件・WC条件を定義した.
方法
操作する要因はターゲット(有/無)・ターゲットのカテゴリ(アルファベット/数字)・ディスプレイサイズ(2/4/6)の3要因である.用いた刺激を図-4に示す.
図-4 実験2で用いられた刺激
図-4に示すとおりディストラクタは偶数の数字であるので,ターゲットが奇数の数字の場合はWC条件であり,アルファベットの場合はBC条件である.またターゲットがない条件では,その代わりに図-4に示すようなキャッチ刺激が用いられる.
結果
それぞれの条件における反応時間とディスプレイサイズの関係のグラフを図-5に示す.
図-5 実験1のそれぞれの条件における反応時間(RT)とディスプレイサイズの関係
全ての条件で系列処理されていると見て良い.WCでターゲットが存在する条件のみ他の3条件と比べて早く処理されているが,この原因は不明である.
考察
被験者が実際にターゲットは検出するまでどの条件であるかわからないようにすると,探索は系列処理によって行われる.
結論
WC条件では一貫して系列探索されていた.一方BC条件においては,被験者が実際にターゲットを検出するまで条件について知ることができない場合には系列処理されるが,一方検出する前に条件を察知できるような状況では並列処理され得るようであった.
以上から,物理的特徴が統制され,かつ被験者がターゲット検出前に条件について知ることができない条件ではカテゴリ効果は起こらないようだ.
しかし,ターゲットを検出する前にそれがWC条件かBC条件か知ることができれば,カテゴリ効果は起こり得る可能性がある.これはカテゴリ効果が被験者の方略により影響を受ける可能性があることを示唆している.
目的としていた,カテゴリ効果の徴統合理論への反証の可能性は部分的には否定される.カテゴリ効果が物理的特徴の影響を取り除き,かつ被験者の方略の影響を除いた条件では起こらなかったからだ.しかし被験者の方略によっては,物理的特徴の影響がなくともカテゴリ効果が起こる可能性が示唆されたので,今後はその可能性を追及したい.
引用文献
- Treisman, A., and Gelade, G., 1980, A feature-integration theory of attention. Cognitive Psychology, 12, 97-136.
- 熊田 孝恒・横澤 一彦,1994,特徴統合と視覚的注意.心理学評論,37,19-43.
- Egeth, H., Jonides, J., and Wall, S., 1972, Parallel processing of multielement displays. Cognitive Psychology, 3, 674-698.
- Cardosi, K. M., 1986, Some determining factors of the alphanumeric category effect. Perception & Psychophysics, 40, 317-330.
- White, J. M., 1977, Identification and categorization in visual search. Memory & Cognition, 5, 648-657.
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ISHIDA, Tsubasa (tbs-i@cpsy.is.tohoku.ac.jp)
Last modified: Sun Apr 16 20:32:17 JST 2000