次の妊娠に至るまで・・・  

死産から2年数ヶ月・・・2003年の春、私のお腹に赤ちゃんが来てくれました。
妊娠に至るまでのこと、妊娠に気付いた時の事等
まだ出産を迎えてはいませんが、何らかのご参考になれば・・・と思い、書いておきます。

妊娠に至るまでのことあれこれ・・・

たつきを亡くした時、私は早く赤ちゃんが欲しくてたまらなくなりました。
赤ちゃんが生まれたら、きっと元気になれる・・・
赤ちゃんが生まれなくちゃ立ち直れない・・・
一周忌に生まれ変わらせてあげたい・・・
そんなことまで考えてしまうほどでした。

でも、次の赤ちゃんが生まれても、それはたつきではない・・・
亡くなったたつきにしてあげられなかったことを思い出してはまた泣けてしまうだろう・・・
それに、次の赤ちゃんと私の立ち直りとはあまり関係が無い・・・・
ということに、すぐに気が付きましたけれど。

お産から四ヶ月〜半年間をおけば、次の妊娠を考えても良いと言われたので、
当初は張り切っていました。でも、思わぬことで妊娠を見送る日々が訪れました。
まずは、ちょうど死産から半年が過ぎた頃、「低音性感音難聴」という状態になりました。
慢性化すると大変、治療はステロイドを使用する、ストレスが原因とのこと。
結局、ステロイドを使わずに治りましたが、このとき3ヶ月ほど妊娠を見送りました。
止まない耳鳴りの不快感と、「このまま慢性化したらどうしよう」と言う不安、
「赤ちゃんはもう無理なのかも・・」と思ったり、とても落ち込みました。
そんなこんなで、あっという間にたつきの一周忌になってしまいました。

この症状が消えて、「さあ赤ちゃんを!」と思ったころ、今度は偶然喉に腫瘍があることが
わかったのです。「もしかしてがん?」と大パニックになってしまいました。
どうやら「血管腫」というものらしい・・・と分かるままでの二週間くらいは
今度は私が天国へ行くのかな?たっちゃんに会えるから怖くないけれど・・・でも
残された長男はどうなるの?と思うと、オイオイ泣いて、再び心も体もボロボロに。
結局、組織検査をしなかったので(出血の可能性が高く危険)
「100%良性のものとは言えない」と釘をさされていますが、とりあえず、経過を診て
大きくなるようだったら手術ということにしたので、今度は半年間妊娠を見送りました。

初めての流産

喉の経過を診て半年が経ち、「腫瘍は大きくなっていない」様子なので、
やっと希望をもって妊娠を望めるかなと思いました。(医師に確認したわけではないのですが)
既に死産から一年半以上が経ってしまい、この間は、年齢のことを考えると、
「もう赤ちゃんは無理かも・・」と何度も沈んでいました。
でも、18トリソミーのお友達が、お姉さん、お兄さんになっている
お話を伺うことも多くなり、とても励まされてもいました。
そんな中で、私も検査薬で妊娠が判明しました。

嬉しくて嬉しくて・・・病院選び、羊水検査をどうするか・・・さんざん悩んで、
結局、たつきが9ヶ月までお世話になっていた個人の産婦人科へ行く事にしました。
6週で受診したのですが、たつきの時と同じ様に、「胎嚢しか確認できない」状態でした。
この産婦人科へは、大学病院からその後どうなったか全く連絡が無かったそうで、
たつきの話をしたら、とても驚かれてしまいました。
カルテには、たつきのエコー写真がたくさん貼ってありました(涙)。
先生は「悪いことはね、そう何度も続かないから・・・」と繰り返し、6週で胎児が確認でき
なかったことも、「2週間後もう一度診ましょう、心配だったら一週間後でも良いですよ」
と言って、とても気を使ってくださっていました。

たつきだって7週で確認出来たから大丈夫!と自分の心に言い聞かせては
いたものの、やっぱり何かあるのかな?と再び不安に陥ったり。
結局一週間後に診察を受けたのですが、また胎嚢しか確認できませんでした。
先生は「赤ちゃんが育ってない可能性が高いですが、もう一週間様子を診ましょうね。
来週もう一度診て、確認が出来なかったらその後手術をしましょう」と言いました。
看護婦さんから「流産手術について」の紙を渡され、説明を受け、泣く泣く帰りました。

出血も腹痛も無いところは、流産の可能性がなんだか信じられない気もしました。
つわりが弱かったことだけが、唯一現実感を持たせてくれたような一週間を過ごしました。
手術の予定日、やはり真っ黒な胎嚢だけがエコーに写り、手術することになりました。
個室に通され、手術着を渡されました。とっても可愛い個室だったので、
たっちゃんもここで産んでここで抱っこしてあげるはずだったんだな・・・・・と
思ったら涙が溢れてしまいました。

麻酔が覚めたのは、気持ち悪さからでした。
枕の隣に器が合ったので、思わず吐いてまた横になると、
なんとなく下腹部に鈍痛が・・・・・。
私は一人で病院に行ったので、病室には私だけ。
手術が終わったのかどうかよくわからず、暫くは頭の中が混乱していました。
誰かが、「手術が終わったよ」と言ってくれれば、すぐに気付いたと思うのですが、
「何でこの部屋で寝てるのかな?」「手術が終わったのかな?」
「確か・・・分娩室まで歩いて、点滴をしていたから終わったんだあ・・・」
等と考えながら、起き上がって吐いてはまた横になる・・・の繰り返し。
もちろん朝から絶食していたので胃液しか出ないのですが、最後は胃液も
出なくて、泡のようなものが口に溢れてきたり・・・散々でした。
※ 流産経験のある友人は沢山いますが、おう吐があったのは私だけです。
体質や、その時の体調によるそうです。あまり、恐れないで下さいね。


頭がクリアになっておう吐がおさまっても、気分の悪いのが治らず、
暫く横になっていると、どなたかがお産をされている気配が伝わってきました。
「2050g、元気ですよ。ちょっと小さいので保育器に・・・」
「今のところ特に異常が無いですが、何かありましたら○○病院へ搬送するかも」等など。
おばあちゃんらしき方が、「ちょっと小さいねえ・・・でも異常は無いみたいだから」
と言った時、たつきも1900gはあった・・・何も異常が無かったら十分生きられたはず・・
と思って、またまた涙が溢れてしまいました。
病室の窓の外では、お隣のお家に、彼岸花がたくさん咲いていました。

流産は本当にあっという間の出来事でした。
私の場合は、結局胎児が全く見えなかったので、流産した赤ちゃんに対する想い
よりも、たつきのことばかり思い出してしまうし、麻酔のことが恐怖体験(?)
になってしまったような感じでした。
もう、こんな目に遭うのは嫌だなあ〜。このまま一人っ子でも良いかなあ〜
と思ったり、逆に、流産前は「もう妊娠できないかも・・・」と思い込んでメソメソする
こともあったけれど、「まだ妊娠できるってことだわ!」と前向きになれたりと、
とっても複雑な気持ちでした。

流産後の体が変?!・・・

流産後は、通常1〜1ヵ月半で生理が戻るそうなのですが、私の場合、少量の出血が
おさまらず、2ヵ月半も続いてしまいました。2ヶ月半後に生理が来たのですが
生理がくると今度は驚くほど大量の出血が二週間も続いてしまって、
トータルで3ヶ月間も出血が続いたのです。

もちろん、途中で受診しましたが、子宮内には何も残っておらず、先生は
「人によっていろいろなんですよ・・心配ないです。次の生理まで続く人も
いるんですよ。」と言うだけ。たつきの時は、悪露もすぐ治まったのに・・。

インターネットで調べてみると、このような出血はホルモンのバランスが崩れていることが、
原因となっているらしいのです。そう言われてみれば・・・長男出産後、生理前の数日間
ごくごく少量の出血が続くようになっていたのですが、それもホルモンのバランス
の為だとか。ああ〜自分ではまだ若いつもりでいても、体は歳をとってしまって
いるのね・・・。私の卵子もきっと確実に老化しているのだわ・・・と、がっかり。

漢方薬を飲んでみる・・・

出血が止まらず困っている時に、タレントの向井亜紀さんのホームページで、
向井さんが漢方薬の「当帰芍薬散」が不妊治療に薦められているというような
ことを書かれていたので、調べてみました。流産後の回復にも、排卵の正常化にも
良いらしいし、漢方薬は体質に合うかどうかがとても重要なのですが、
体質にも合いそうだったので、服用を始めました。
結局一週間飲んでも出血がおさまらなかったので、一度止めたのですが、
漢方だから即効性が無いのかしら?と思い直してまた飲んでみることにし、
そのまま体調管理の為にも、今回の妊娠に至るまで飲みつづけてみました。
(「当帰芍薬散」は、妊娠中でも大丈夫と言われている薬ですが、
やはりなんとなく心配だったので、生理前は少しお休みしつつ飲んでいました。
妊娠してからは、止めています。)
※ 他にも婦人科向けの漢方薬は沢山あります。自分の体に合ったものが一番です。
どなたにもお薦めするというものではなく、あくまでご参考までに書きました。 

2003年の春、再び妊娠発覚

たつきの2歳のお誕生日も過ぎて、春が巡ってくると花粉症の季節です。
今回は、サプリメントが効いたのか、とても軽い症状だったので、妊娠も大丈夫かな?
と思って過ごしていました。生理が回復してから、基礎体温をつけてみようと頑張った
のですが、どうも上手く図れないので、結局市販の検査薬で排卵日を調べていました。

生理が遅れたので、「もしかして・・・」と思ったのですが、今回は流産の時よりも
もっとつわりらしき症状が無くて、なんだか心配。長男の時は、生理予定日のころから
気分が悪くなったのにな・・・と流産の恐怖がよみがえります。生理予定日から
一週間待って検査薬を使うと、陽性反応が!!でも・・・たつきの時だって、
流産の時だって、この反応が出た時にはとても気分が悪かったのに・・・・・と
思うと、「これは流産だ!」と決め込んでしまい、ものすごく落ち込んでしまいました。
陽性反応で、こんなにがっかりするなんて・・・と、夫も呆れ顔。

でも、受診する数日前から今までに無い程の苦しいつわりが突然始まりました。
それでも受診直前は、また「胎児が見えませんねえ・・・」と言われたらどうしよう・・・
と過去の映像が私の頭のをグルグル回り、とっても神経質になっていました。
エコー画面を見ると・・・やっぱり真っ黒い胎嚢じゃん・・・・と思ったら、
ほんのちょぴり白っぽいものが見え、「胎児が見えましたね」と先生が言いました。
看護婦さんが来て、「ここですよ、わかりますか?」と指を指してくれて、その白っぽい
二本の線のようなものが動いているのが見えたとき、思わず涙がこぼれました。
6週の胎児を見たのは初めてでした。(長男の時は、経膣エコーではなかったので)

安定期に入るまでは特に、検診のたびに緊張と不安でいっぱいでした。
それに・・・どんな赤ちゃんかなあ・・・たっちゃんにそっくりだと良いなあ〜
とつい考えてしまうのですが、たっちゃんの可愛い指や、ちょっと小さかった片顎
を思い出すと、でも、「18トリソミー」だったらそれも弱っちゃうなあ〜等とも思い、
そうだ・・・赤ちゃんはたっちゃんじゃないんだ・・・
あのたっちゃんが、そのまま帰ってきたわけじゃないんだ・・・と思うとまた涙。
嬉しくても、不安定な気持ちも続いています。
(2003年9月24日現在 妊娠28週)

5ヶ月以降は、「ときどき日記」にちょこちょこと書いています。

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