098:墓碑銘
トランの英雄、真の紋章の一つを持ち不老の存在と図らずもなってしまった目の前の彼は、眉一つ動かす無くまるで今晩の夕飯のメニューでも聞くような口調で僕にそんな質問をぶつけてくる。 多分、僕も僕の大事な友人も幼馴染も泣くだろう。ビクトールさんやフリックさんはそんな僕達に『泣くな』なんていいながらきっと泣いている。 僕達だけじゃない、彼に関わった人たちは皆、彼のことを思ってそれぞれがそれなりに彼を偲び、その死を悲しむ。 彼の命日には何処からともなく人々が集まってきて彼の墓の前で酒盛りが繰り広げられる。最初の数年はビクトールさんが中心になったりするに違いない。そしてトラン建国数十年には勿論、彼の銅像が飾られていたりするのだ。そして彼の伝説はミルイヒさんによるあの誤った小説が後に伝えられてミルイヒさんと同時に彼は少年達の憧れとなる可能性もあるな。 何はともあれ彼の死んだ後も、彼はそうやって人々の心に残り続けるのであろうと僕は考えている。そしてそんな彼の墓に刻まれた文字は…
まさか、彼は僕の考えが読めるのだろうか。 「あれ、もしかして判った?」 僕は精一杯のかわいこぶりっ子で彼に向かって微笑みかける。 「・・・キモイぞ」 彼はそんな僕の様子に、呟くと大きな溜息をついてそれから、大笑いした。 「まあいい。俺の墓に何と刻まれていたと思うんだ?」 笑い声は一瞬にして真剣を思い出される切れ味の声色によって霧散した。僕は、それを言うのも少しだけ癪だったので、こう口を開く。
そう言って僕は思いっきり笑ってやった。本当のことなど教えてやりたくなかったから。彼は一瞬絶句したかのように見えたがめげた様子など見せないのが少し悔しい。勿論、数瞬後に彼から僕がきつい拳骨を貰ったのは頂けないが。 「そんなもんだよ、人生ってな」 その少しだけ寂しそうな声音に、僕もいずれ彼のような道をたどるのかそうでないのか全くわからない。けれど、彼にはそんなもんで十分だったんだろう。英雄だ何だって祭り上げられるのよりも、本当は彼自身として生きていければ十分だということでよかったのだろうと思う。それに、ひょっとしたら僕だって同じ事を考えていたに違いないし。 「そーだよ。もしかしたら僕の墓には『ナナミアイスに死す』とか書かれたりして」 「それはちょっと嫌だな」 「っていうか書かれるの僕なんだけど」 「それもそうだな」 笑って、笑って、それで終わる。 たまにはこういう妄想もしたいのだ。僕らの右手には不老と不死の呪いを持つ紋章がその姿を見せている。僕らは知っている人間が死に絶えてしまっても死ぬことは出来ないに違いない。だからこうして時々、そう時々下らないと思える妄想でも浮かばなければ長い人生など歩めない。 何もいらない、何も必要ない。
2003/11/07 tarasuji (C)2003 Angelic Panda allright reserved 戻る |