093:Stand by me
何故彼は王の側に当然のように存在するのか
何故王は彼を当然のように側に置くのか
それは私だけではなく、王に関わる人間全ての疑問だった。
私は、今年王宮内に仕えることになった下官である。
元々は、貧しい村の生まれであり、たまたま先の戦闘で軍功を
挙げたことによりある武将の下士官として仕えることになった。
王は、今までの想像とは違い、蛮勇だけに溢れることなく我ら下士官にも声を掛け、治世にも優れた王だった。
私は、私の主とこの王をお守りすることが出来ることを誇りに思った。王のなすことには今まで何一つ間違いなど
なく、私は…いや我らは王を尊敬していた。
そんな王にも、一つだけ判らないことがあった
それは、王の側にいる『道化』の存在。
氏素性も判らぬ王の側に、何故あのような見た目にも怪しい存在を置くことをあの王が黙っているのか。
私は同僚や、お使えする主にも尋ねてみたが、誰一人口を揃えて「判らない」と申す。
つまり、そのことを疑問に思っているが誰にも理由が判らないという状態であったのだ。
王は、戦局を立てるときも、戦場の時も、治世を行う時もその道化を側に置いた。
その寵愛とも呼べる固執に口さがない者などは「王の愛妾ではないか」と陰ながら噂を立てる。しかし、王には
妻も子供も存在していた。夫婦仲も良く、子供に対しては『普通の父親』そのものだった。
この王国を治める『王』としての能力も、家族にみせる優しさもどちらも我らが憧れるものであった。
『道化』も王の家族とも周囲の側近たちとも上手くやっていた。
珍しいことに『道化』は国政には一言も口を挟まなかった。その代わり、酒宴では見事に王を立てることを忘れず
『道化』としての義務を立派にとでもいいのか、『道化』は『道化』の役目を果たしていた。
そういう事を見ているうちに、私も『道化』の存在を不思議に思わなくなっていた。多分、他の皆もそうだったの
であろう。この宮廷には『王』と『道化』が自然に存在していた。
ある日、そのバランスは見事に崩れ去った
『王』の即位10周年記念式典の真っ最中のことだった。
私は主と共に『王』の警備を仰せつかっていた。勿論、『王』の側には道化もいた。
厳粛な警備と荘厳な式典の最中に、最早賊など侵入しないだろうという我らの油断が裏目に出た。
「覚悟!!」
王の目の前には下士官に扮した刺客が。
突然のことに警備も一瞬の隙を突かれ、まさに今、刺客の持っていた短剣が『王』に突き刺さろうとするその時に
私は信じられない光景を目の当たりにしていた。
カシャァァァン!!
刺客の持っていた短剣が怜悧な音を立てて跳ね飛ばされ、鈍い音をたてて床に突き刺さる。
王は突き飛ばされて、床に膝を突いていた。
刺客は何者かに後ろ手にされうめき声を上げている。
私だけでなく、その周囲に居た者全てが何が起こったか理解するまでに僅かな時間を要した。
「『王』っっ!?」
周囲の武将たちが、膝をついた『王』の元に駆け寄っていく。
私はまだ動くことが出来なかった、何故なら・・・・・・
私の目の前で王を助け、刺客を取り押さえているのは誰でもない『道化』だったから
自分の目を疑った。ここにいる並み居る武将の誰よりも早く、『王』を助け、刺客を取り押さえたのだから。
「この者を牢に入れよ!」
そして、『王』の代わりに命令すると、周囲の者たちはその命に従った。
周囲の者も我が主も、そして『王』も『道化』の周りに集まり頭を垂れる。
「大丈夫か?」
『道化』が『王』に尋ねる。
「いえ、貴方のお陰で助かりました。この感謝をどう伝えればいいのでしょうか」
「いや、我の我儘でお主には危険にさらされている。我こそお主に何と礼を申せばよいか」
「勿体ないお言葉で御座います、王」
私は耳を疑った。『道化』が『王』で『王』が…夢を見ているのかと思い私は目を擦った。そんな私の姿を『王』
が笑った。
「未だ、事情を飲み込めていない模様ですぞ」
「うむ…」
「『王』、僭越ながら飲み込みの悪い我が部下に説明をば」
「そうか」
『道化』が、いや『王』が私の前に近づいてきた。私は『王』が目の前に近づいてきた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「気が…ついたか?」
目覚めた私の前に居たのは本物の『王』だった。
やはり、あれは夢では無かったのだ。
混乱する私に主と王がゆっくりと説明を始めた。
この国はまだ代が変わったばかりの新しい国で、周囲の国々から狙われていた。勿論、国王自身の身も危なく毎日が
緊張の連続だった。その時、忠臣の一人がこう申し出た。
「王、僭越ながら私が貴方の身代わりとなります」
と。王も最初は断ったが、その申し出を引き受けることとなった。しかし、誰かの後ろにて安穏としているのは性に
合わない王は自ら『道化』となり影武者を引き受けた忠臣を守ろうと決めたのであった。
勿論、王の妻子はこの忠臣の妻子でありこのことは、王宮でも王の身近の人間しか知らないことにされていた。
…というのが大まかな話であった。
私…いや私たちはまんまと『王』に騙されていたのだと知った時はショックであったが、よくよく考えるとあちらこち
らに思い当たる節が出てくる。王はそんな私の顔を見て笑った。
「お主、下士官として務めてから誠実にこなしていただろ?」
突然の言葉に私は驚く、王はそんな事など気にしていないようで、主の顔を見て何やら話していた。
その後、主が私に尋ねる。
「『王』が、お主を気に入った、王宮の官吏として迎えたいと申しておるが…どうする?勿論断るのもありだと
言っているが」
私は言葉の意味を飲み込むまでに数瞬要した。確かに、王の官吏ともなれば故郷の両親にも仕送りが出来るが…しか
し、私の心は決まっていた。
「大変ありがたい話でございますが、私の主はこの方だけで御座います。『王』なれば、もっと有用な人物を官吏に
登用したほうがこの国の為になる…と思います」
『王』は呆気に取られた顔で私を見てから思いっきり笑った。
「酔狂な奴よ……しかし、我はそういう男は嫌いではない」
「ははぁ」
私は頭を下げるしかなかった。
こうして私と王との関わりは終わった……と言いたいのであるが、これから私と王、ひいては国を巻き込む大騒動が
降りかかるとは誰にも予想など付かないのであった。
2003/02/17 tarasuji
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