009:かみなり
『やっぱり、ゲドはその紋章がぴったりだと思う』
この紋章がもたらしたもの
老いることのないその肉体、永遠に近い生命。
この紋章が失わせたもの
世界との同調、時間という概念、大切な人たち
大事にしたいと思ったものは皆、その手からすり抜け、零れ落ち
安息の代わりに得る物は枷を繋がれ、永遠という牢獄に囚われた己が魂。
欲しがることを止めた、期待するのを止めた。
だけど心はそれでも貪欲に求め続ける。ぼろぼろになって擦り切れようとも構うことなく。
『運命』いう大義の元に引きずり回し、そして捨てるのだ。必要価値が無くなれば。
だから、心は閉じた。
閉じた……つもりだった。
『ヒト』である己が出口を求めて彷徨する。
止まったはずの肉体の中で暴れ、もがき、そして肉体・意志全てを支配しようと戦いを挑み始めた。
それが、最初にして最後の機会
気がつけば、己は門の前に立っていた。
「あれ、どうしたんですか大将」
声を掛けられ、ゲドは数瞬の合間に感覚を取り戻す。視線が周囲を巡り視覚が認識を始める。
この場所はカレリアの宿屋で、周囲に居るのは己が…
「いや……」
その返答に、声を掛けたエースはそうですか、と曖昧な返答を返しまた集団の輪に戻す。彼の周りで
ジョーカーが大瓶を持ちながら、昔の拳法を披露し、エースが止めてくれと懇願し、ジャックは相変
わらずアイラの隣で、アイラはソーダを幸せそうに飲み、クィーンはそんな彼らを何処か呆れながら
楽しそうにグラスを開けている。
ゲドは、誰にも気付かれない笑みを一瞬だけ浮かべると、持っていたグラスに口をつけた。
自分が『ヒト』だと信じられるのは、この瞬間があるからだ
「嬉しそうだね、ゲド」
何時の間にか隣にクィーン居た。
「そう…か?」
「そうさね」
クィーンは飲むかい?と酒瓶を差し出し、ゲドはそれを受け取った。
沈黙だけが、流れる。
「アンタはやっぱり人間だよ、ゲドがそう思わなくても、アタシは…いや皆もそう思ってるさ」
唐突に紡がれるその言葉が気持ちよかった。
クィーンがゲドの右手を取ると、手袋越しに手の甲に唇を落とす。ゲドはその様子を黙って見つめる。
「確かに、真の紋章は今でも嫌いさ。だけど、この紋章があったからアタシ達…いや、アタシはあん
たと、ゲドという男と会うことが出来た。それには感謝しているさ」
「クィーン・・・」
クィーンが触れた右手に、ゲドはそっと己が右手を重ねていた。
「やっぱり、ゲドはその紋章がぴったりだと思う」
脳裏に、懐かしい面影が浮かび上がる。彼の印象は赤、周囲を巻き込む炎のような少年のような、
それでいた青年のような男。彼は後に炎の英雄と呼ばれたリヒトであった。
「そうか?」
「ああ、なんつーかゲドって『雷』ってイメージなんだ」
『雷』は『神鳴り』とも言い、神の裁きとも言われているそれが自分だと言われるのが不思議だと、
ゲドはそう告げた。自分は逃げたのだ、過去から。だからそこまでの存在ではないとも告げた。だが
リヒトは真っ直ぐにゲドの見上げる。
「一瞬しか見えないけど、破壊力は抜群だし」
上手く言えないと笑いながら自分に話しかけるリヒトを見ながら、ゲドはリヒトの方こそ『炎』のイ
メージに近いと感じていた。周囲をも巻き込み、それでいて光と温もりをもたらす存在。
その炎のような男に自分の理想を重ねていた。
「でも、ワイアットは水ってイメージには遠いな」
「ああ…」
「だーれーが、遠いって?」
「わああああ」
突然背後から現れたワイアットがリヒトを羽交い絞めにし、それをゲドは笑いながら見ていた。
それは、もう二度とない時間
得られない時間だからこそ、求めるつもりは無かったのに今こうしてカレリアにて十二小隊隊長とし
て、『ヒト』の中に居る。自分が失ったあの時間を取り戻そうとしているのか、そうでないか己自身
すら判らぬまま、この紋章と共にこうして自分が生きていることに思いを馳せる。
自分を雷のようだと言った男
紋章を持った呪われた身であろうとも側に居てくれる人々
己の行き先はまだ見つけることは出来ないが、もう少し『ヒト』であろうと思う。
雷のように激しく鮮烈に生きる