085:コンビニおにぎり



    それを知っているから偉いという訳ではない

    その知識が余計なものを生み出す事もあるのは知っている

    けれども、それでも追いかけないではいられないのが己に課せられた性というものであろうか




    男の朝はコンビニに寄るところから始まる。

    少女の朝もコンビニに寄るところから始まる。

    時間は朝7時前後。

    それはコンビニの弁当が入れ替えになる時間

    店員が弁当を並べたその瞬間、棚に差し伸ばされる手が二本。

    「おはようです、吉沢さん」

    「やはりお前か、村上」

    「流石ですね」

    「お前こそな」

     男と少女は向かい合って視線を合わせると、表面的な笑顔を見せる。その視線にはまさに火花が散っているかのようで間に挟まれた店員はその恐怖に怯えて、そこから一歩も動けなかった。そんな可愛そうな店員を置いておいて、男と少女は棚からおにぎりを取るとレジへと向かった。

    レジで会計を終えると同時に男と少女は、公園目指して走り出した。

    「今日は、私の、勝ち、ですね」

    「手加減、して、やった、だけ、さ」

    「そう、言っている、割には、息が、荒いですよ」

    「お前こそ、それで、全力、だろ」

     周囲の人間は傍目に何をやっているのか謎だったが、とにかく全力疾走したであろう男と少女は息を整えるとベンチに座りだした。そしておもむろに袋から先程購入したばかりのおにぎりを取り出した。

    「いっただきまーす」

    「頂きます」

     しかし、2人ともすぐには食べようとしない。互いに包装や形状、包まれている海苔の状態まで全て観察している。男の方は鞄からノートとペンを取り出し、そのノートに何かを書き込んでいた。
    それから少女と男はおにぎりを食べ始める。
     少女は頭からかぶりつくように、男は半分に割って中身を確かめるようにして食べていった。その間は2人とも無言かと思えば何事かを喋ったりとしているが、互いの共通会話などは全く見受けられなかったのであった。そして、数分後購入したおにぎりを全部食べきった二人の顔には満足という二文字が相応しかった。

    「流石、新潟新米コシヒカリ。炊き方は…炭火かな?」

    「いや、米だけではないね。この中に入っている辛子明太子は博多産だな。しかも昔ながらの製法で作られている」

    「海苔は…有明かな?」

    「いや、これは伊勢に違いない」

    「でも私はこっちの豚角煮入りも好きだな」

    「だが、断然辛子明太子だ」

     早朝の公園で、タダでさえサラリーマン風の男と女子高生が一緒にいるというだけで目立つと言うのに、話している内容が内容だけに誰も2人の間に近寄れなかった。そんな周囲の視線に2人は気がつくことなく更におにぎりについて延々と話し続けているのであった。
     そんな2人の前に近づく一つの影があった。

    「また2人一緒か、お前ら実は仲いいんじゃねえの?」

    「何でアンタがここにいるのよ」

    「人にあったらまずは挨拶しろって教わらなかったのかい?」

    「何よ」

     目の前に突然現れたのはまだ大学生であろう青年だった。青年と少女は不毛な会話を続けている。

    「おはよう、大鳥君。そのコンビニの袋を持っている…ということは君も今日発売の新製品のチェックかい?」

    「おはようございます。流石、吉沢さん。チェックが早いですね」

     大鳥と呼ばれた青年が、吉沢という男と村上と言う女子高生の間に座り込んだ。よいしょ、と声をかけて腰を下ろすと大鳥も新製品を食べ始める。流石、大学生というべきかすっかり食べ終えた大鳥を中心に再び3人は色々とおにぎり談義を始めるのであった。



    −サラリーマンと大学生と女子高生−



    この傍目からどう見ても共通点のなさそうな3人を繋ぐ唯一の接点。

    それはこんびにおにぎりマニアだと言うこと。

     実はこの3人は某テレビ番組のコンビニおにぎり選手権に参加して以来、何かにつけて競い合っているライバルなのである。ライバルではあるが、何事かにつけて話をしているうちに何故か時々一緒におにぎりについて語り合うようになってしまった。元々が、共通の話題を持つ人間が少ないジャンルだったために、時には喧嘩腰になりながらも語ることの出来る貴重な人間同士なのである。
     ちなみに、今のところ【コンビニおにぎり王】の称号は大学生、大鳥が保持しており吉沢と村上は王座奪還に向けてと情報交換の為に時々このように会っているのである。最初は2人だけだったのだが、大鳥が面白そうだと中に入ってきて今では、世代が違うが、3人のこのライバルにして友人という奇妙とも言える関係は続いているのであった。

    「あ、ごめん。そろそろ行かないと学校に遅刻だわ」

     腕時計を見ながら村上が立ち上がった。こう見えても村上はお嬢様学校の生徒なのである。

    「そうだな、私もそろそろ会社に行かないと」

    「大鳥さんは?」

    「あー、俺二時限からだからもう少しゆっくりしてくわ」

     互いに別れを告げるとまたそれぞれが、それぞれの道を進んでいく。村上がお嬢様学校に通っているのは述べたが、吉沢は大手企業のサラリーマンだし、大鳥にいたっては日本最高学部の学生なのだから人の趣味と言うのは予想外にも所属とは関係ないらしい。いや、そういう所属にあるからこそコンビニおにぎりというものにいっそう虜となってしまうのだろう。

    「さて、今日のお昼はどこのおにぎりにしようかな〜」

     吉沢はおにぎりの包装紙を綺麗に袋にしまってから、立って背伸びをすると公園の中をゆっくりと歩いていったのであった。







    2003/11/05 tarasuji
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