082:プラスチック爆弾
僅かの破壊、大きすぎる影響
「き、貴様らは何者だ」
驚愕に凝り固まった男を前にして笑うはまだ年端もいかない少年少女。
男を目の前にして、少年が笑った。
「『貴様ら』だって、何それ、ダッセー」
「セルロ、ダメ。ヒトの事を笑ったらいけないってレントが」
セルロと呼ばれた少年を止めるのはヘキと言う名の少女。まだ、どちらも14、15ぐらいの
中学生程度の外見を持っていた。
男の目の前に突きつけられた二丁の拳銃
一瞬でも隙を見せれば容赦なく引かれるであろう引き金
男の体には脂汗が流れ、その目は大きく見開き。唇は恐怖に震え、息遣いは荒く、それでもそ
の口調は威嚇に満ちていた。
「貴様ら…どうなるか判っているのか!」
威勢だけを振り上げて、目の前の男は大声を張り上げる。しかし、そんな男の虚勢と言える行
動にも彼等は動じることは無く、沈黙を通す。
少女は哀れみを、少年は侮蔑を貼り付けた表情のまま、二人同時に口を開く。
「「バイバイ」」
引き金は引かれる。
セルロもヘキもその表情を崩さないまま、血まみれになりながら塊になった生き物だった物を
一瞬だけ視界に入れたが、もう眼中に入れることは無かった。
「服、ちょっと汚れちゃった」
「ちょっとだろ」
「でも、レントに怒られちゃうかな」
「判んねえって」
少女はスカートに僅かについた染みを気にしていたようだったが、少年はそんなことはお構い
なしに先を歩いていく。
「待ってってば〜」
セルロを追いかけてヘキがその場を小走りに駆け抜けていく。彼らが去ったその後のその部屋
に存在しているものは無かった。
「ただいま、レント!」
玄関のドアを元気に開けるヘキの声とその後をダルそうに付いてくるセルロの姿が見えた。
「お帰りなさい」
そう言って二人を迎え入れたのは長い黒髪を後ろで括り、眼鏡をかけてフリルのエプロンをし
たどう見ても二十歳前後の女性であった。ちょうどおやつでも作っていたのかバニラとメープ
ルシロップの甘い匂いが部屋に充満していた。
「今日のおやつは何?」
「今日はホットケーキにバニラアイス」
それを聞いて早速テーブルにつこうとするヘキをレントが視線だけで止めた。
「ちゃんと手を洗ってきなさい」
未練がましくホットケーキの皿を眺めるヘキをよそにセルロがさっさと洗面所の方に向かう。
その背を見つめる目はまさしく母親のように慈愛に満ちた視線であった。
「レント様、ご報告を」
何処からか聞こえる声に動揺することもなく、レントと呼ばれた女性はその報告を聞く。先程
までの穏やかな表情は最早ここには存在せず、表情と呼ばれるものは消失していた。
「続けなさい」
抑揚のないその声に反応することもなく、指示された方も反応を返すことはなく、淡々と報告
を続けるのみ。
「セルロとヘキは無事、爆発を成功させました」
「そのようです。後はWXとオクトの方が上手くやってくれるのを待つ。引き続き、奴らの動
向と、ジニーとトリの方の監視をお願い」
「了解しました」
「何かあればまた連絡を、ニトロ」
返答は返ってくる間もなく、その声の気配は消えた。その代わりに静かな足音と対称にけたた
ましい二人の声が入ってきた。
「おっやつ〜」
「準備出来たよ」
満面の笑みでホットケーキを食べるヘキの顔をセルロは半ば呆れたように見ながら、自分も食
べ始めた。
「ね、ジニーとトリは?」
「まだ仕事中だろ」
「ええ、もう少しかかるみたいね」
「早く帰って来ないとオヤツなくなっちゃうよ」
皆がお前みたいに単細胞じゃねえんだよ、とツッコミを入れるセルロにヘキは顔を膨らませな
がらもホットケーキの甘さを満喫していたようである。
「・・・今日、都内某所の自宅で政治家の○△氏が心不全で倒れ、そのまま亡くなりました。
突然の出来事に政界を始め各企業の動揺は隠せないようです・・・」
何かの弾みで付いたテレビのニュースに、反射的に見てしまう3人。
そのニュースが終わったあとに思わず笑みをこぼす3人。
「どうやら上手くいったみてぇだな」
「うん」
ホットケーキの最後の一口を飲み込んだヘキが天真爛漫とも呼べる笑みを見せた。口の端にメ
ープルシロップの跡がついているのをレントが拭ってあげている。
「二人ともお仕事ご苦労さま、これから少し休みなさい」
「ああ」
「うん!おやすみレント!」
二人は電池が切れたかのようにその場で眠りこけてしまった。どうやらホットケーキに仕込ん
でいた睡眠薬が効いてきたらしいことを確認してレントは二人をその場に寝かせる。
「ご苦労様・・・か」
無邪気に、無防備に眠りこける二人を無表情に眺めるレントがそこに居た。
「牙城は崩した、さて、これからどう攻めるか」
レントは窓の外から世界を見た。
私が愛したあの『男』が望むがままに、私は殺人兵器を作り、そして世界を滅ぼそうとしている。
今ここに眠るセルロたちの様な子供を私は兵器とし、世界に重要な存在を消す。テロリストの
ように正義も何も公示する必要はない。
あの子達は小さな存在なれどひとたび爆発すれば、この世界など微塵にも出来る。そう、まさ
しく最小の存在ながら被害は甚大なるプラスチック爆弾と同様の存在にまで成長してくれた。
私の意のままとなる存在として。
レントはそれは慈母のように微笑むと眠る二人にタオルケットをかけてやった。
このたった8人のテロ組織『セムッテックス』が後に伝説とまで言われる組織に展望するのは
また別の話になる。
2003/05/26 tarasuji
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※補足※
ドラマ等では「プラスチック爆弾」という名称で登場するが、
正確にはコンポジションC−4(C−4爆薬、セムテックス)といい、
ニトロトルエン、ニトロセルロース、ジニトロトルエン、トリニトロトルエン、オクトーゲン、
ヘキソーゲン、ワックス等の混ざった油状物質をトリメチレントリニトロアミンと混合したモノであるとのこと。