078:鬼ごっこ
捕まえてしまったら…もうお終い?
何年…いや何百年ぶりだろう。
己が心躍らせる存在と出会ったのは。
最初に出会ったのは彼が私に近所に引っ越ししてきたときだった。
その余りの馬鹿さ加減に呆れつつも私は目が離せなくなっていた。
自分が危険な目に遭おうとも、いつも彼は誰かを助けようとする。
無茶・無謀と知りつつも、後ろなど振り向かず。彼の目が見据えているのは未来、ただそれだけ。
久し振りに見つけた。
彼が、そうだと実感した。確信など必要ない、私自信がそう感じたのだからそのなのだ。
彼はかつて出会い、私が忠誠を誓ったただ一人の主ではない。
けれども、それがどうしたというのだ。
以前にも何人か私の興味を引く男は居た。
その中には私の手に入った男たちもいたが、手に入った途端興味は失われた。
簡単に手に入る程度のモノなんて必要ない。
簡単に手に入ったものなど大したものじゃない、苦労して手に入れる過程が楽しいのだ。駆け引
き、腹の探り合い、拮抗した勝負の果てに手に入れようとする事が心躍るのだ。
どうやら、今回は久々にその過程を楽しめるらしい。
今回は久々の上物だ、おまけに手強い相手も存在している。勝つか負けるかなど全く見えないこ
の戦いを楽しめるとは、あの時以来だろう。
かの少年の姿が脳裏に浮かび上がった。
そんな自分をどう感じたのか、ふみこは唇に優雅な微笑みを乗せていた。
唄を唇に乗せて、世界へ解き放つ。
『そは豪華絢爛たる死を呼ぶ舞踏。とじめやみにあらわれて、夜明けが来たと告げる騒々しい足音
は、ひらきめひかりにすがたをけして、こえのみ残すやさしき青きオーマ
その輝きは豪華絢爛。最強にして最高の、ただ一人からなる世界の守り』
唄に合わせ、周囲に青きリューンが舞い始めた。
ふみこの右手が僅かながら青き燐光を上げている。
もう遠い昔にあの男から下賜された何千もの、何万ものリューンが今はただふみこの右手を照らす。
心躍らせる思い人は、魔法の存在を根本から否定する存在。
それは舞踏だ、豪華絢爛なる舞踏。
それは本来、防衛システムの端末、個人として生きることを否定された人間のこと。
1%とは、ただ1種類の例外という意味。その例外こそが、本当の絢爛舞踏
絢爛舞踏は人類というシステムの一環であり、それ以上ではない
人が人であることを放棄して、人であって人でなきものに生まれかわる…人外の伝説、もっとも新し
き伝説。
間違いない、彼は舞踏のもの。
但し、まだ未熟な舞踏だ。彼には典雅さも、何もかもが足りない。
だからこそ、教育が必要なのだ。
彼と、彼に付き従いあの精霊が戦えば戦うほど、世界から魔法は消えていきそして新たなる世界が
築かれる。古きも新しきもすべて調和し、人も、神々も共存できる新たなる世界が始まる。
例え魔法などなくなっても、彼の側に居続けることが出来るのだろうか。
だからこそ、自分は彼を負い続けているのだろうか…それは愚問だと思いなおす。
彼が彼自身で有る限り、ふみこは彼を手に入れたいと思っている。それは世界と関係ない話なのだ。
ふみこは一瞬でもらしくない考え方をした、と鼻で笑い飛ばす。
追いかけなければ、手に入らない。
たとえ、捕まえた後にどうしようともそれはその時考えればいいだけだ。
「ミュンヒハウゼン!」
「何で御座いましょう、お嬢様」
「光太郎のところに行くわ、準備を」
「かしこまりました」
しばらくはこの陳腐な鬼ごっこを続けてもいいだろう。
ふみこは彼がこれからどのぐらい楽しませくれるか考え、彼に会いに行く支度を始めるのであった。