067:コインロッカー



    「おはよう」
    「おはよ、”例のもの”は?」
    「ちゃんと、ここに」

    駅の入り口で女子高校生2人が、何気ない朝の会話を交わす。
    その様子は他の女子高生に交じって、誰の目にも奇異に映ることは無かった。セーラー服の三つ編みの少女と、
    ブレザーに髪を茶色に染めた少女の二人組みは顔を合わせて微笑んだ。ブレザーの少女は三つ編みの少女に手を
    差し出す。三つ編みの少女はそれを受け取ると急いで制服のポケットにしまいこんだ。
    「じゃあ、返事は明後日の朝ね」
    「ああ」
    そう言うと、三つ編みの少女は駅の中に、ブレザーの少女は駅前のバス停に向かってそれぞれの方向に進んでい
    った。ブレザーの少女から『何か』を受け取った三つ編みの少女は急いで駅の中に向かって走っていく。
    彼女がその足を止めたのは駅のコインロッカーの前だった。
    先程、ブレザーの少女から受け取った『例のもの』をポケットから取り出す。
    それはコインロッカーの鍵だった。三つ編みの少女がその鍵を差し込むとカチャン、という音と共に100円玉
    が落ちてきた。慌てて100円玉を受け取るとコインロッカーの中を開けた。

    中身は中ぐらいの紙袋。

    三つ編みの少女はそれを取り出すと、改札口に向かいいつもの電車に乗った。
    朝だというのに混んでもいない電車の中で自分の席を確保すると、三つ編みの少女はその紙袋から中身を取り出
    す。中身は、一冊のノート。表紙は浅黄色で何も書かれてはいなかった。パラパラと紙を捲り、目的のページを
    開く。


    ○月×日

    昨日、帰りに美味しいケーキの店があるって聞いたんだ。今度一緒に行かない?
    ダチがそこの苺カスタードがめっちゃ美味いっていってた。
    そういえば、昨日の『シヴェリア』見た?
    あれ、あの俳優チョーカッコいい。あと、そのドラマの曲がまたカッコイイのね、今度聞いてみな。

    そういえば、今日は来れる?
    何か今日うちらのサーバーで何かイベントある見たいだってこないだパーティ組んでた人が言ってた。
    もしこれるんなら『嘆きの塔』の前で9時集合ね。


    短いながらも彼女の口調が脳裏に浮かび、三つ編みの少女は口の端を軽く吊り上げた。
    「今晩、いくよ」
    小さな声で誰にも聞こえないように呟くと、ノートを閉じて紙袋まま鞄にしまいその代わりに参考書を読み始め
    ていた。
    そして数日後、三つ編みの少女は駅のコインロッカーにそのノートをしまうと、その鍵をブレザーの少女に渡し
    た。やっぱり、ブレザーの少女も同じようにコインロッカーからそのノートを取り出すとバスの中でノートを開
    いた。

    ○月●日

    昨日は楽しかったよ。
    まさかあんな所でイベントがあるなんて思わなかったからビックリしたけど。
    今度は、人数募って『千尋の海』に行ってみない?あそこに転職用のアイテムがあるって言ってたよ。

    昨日は模試の結果が出たけど、あんまり良くなかった(しょぼん)
    来襲はまたテストだし・・・あーあ。でも、今度の日曜日にそのケーキ屋に行こう!気分転換にさ。あと買い物もしたい。

    『シヴェリア』面白いよね。
    あの曲、もうCD出てんのかな?


    その文章を読んだ後、ブレザーの少女もまた、これを書いた彼女のことを脳裏に浮かべていた。

    ブレザーの少女と三つ編みの少女は昔からの幼馴染で、中学まで一緒の学校だった。家も近くて二人は仲がよ
    かったのだ。しかし、高校はそれぞれ別の高校になり互いの生活時間も変わってきたことからすれ違いも多く
    なっていった。そんなある時、彼女たちは交換日記を始めることにした。
    しかも、駅の無料コインロッカーを利用しての交換日記だ。朝、一方がコインロッカーに日記を入れてその鍵
    を相手に渡す。そして、相手がコインロッカーからその日記を持っていく。その後またコインロッカーに日記
    を入れて・・・という仕組みになっている。二人は互いに携帯も持っているし、何故今交換日記にしたかとい
    うと何だかレトロちっくで楽しいから、という理由にならない理由があるらしい。
    そして、受け渡しも何故直接でなく、こんな回りくどい方法を取っているのだろうか。別に二人の両親が仲が
    悪いから、こうして人目につかない方法を取っているわけでは無い。駅のコインロッカーは入れるときには1
    00円玉が必要だけど、利用が終わると現金が戻ってくるシステムになっていること。コインロッカーを使っ
    てやりとりすることが、何だかスパイっぽくて格好いいからとい理由からであった。


    「おはよ〜」
    「おっはー、じゃあ、これ鍵ね」
    「うん、じゃあね」
    少女たちのたわいのない秘密の出来事は今日も続いている。

    彼女たちがその『遊び』に飽きるまで、駅のコインロッカーは彼女たちだけの特別の場所となる。



    2003/01/26 tarasuji

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