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「今から666分後に回り続ける列車が鶯を殺す」
それが『奴』の予言だった。
私は占いも予言も信じていないのに、いきなりそんな事言われてもどうしろっていうんだ。
始まりは酒宴の席でのこと。
私はあるパーティーに参加していた。それといっても付き合いでしかない、知っている人も殆どいない場所の
隅っこで私は壁に背をもたれて立っている。時折、ワインを飲みながら近付いてきた人間と適当に会話し時間
を潰す。退屈で、無為に流れる時間。これが義理のある知人の頼みでなければ私はとっくにこの場を抜け出し
ていたのは間違いない。酔ったせいか軽い睡魔が襲ってきた、飲みすぎただろうか。
そんな瞬間、会場がどよめきだした
私もつられて声の方に視線を向ける。
その先に居たのは子供だろうか?背が小さいので私はそうでないかと判断したのであったが。
顔の方はヴェールがかかっていたので良く見えない。日本とアラブが入り混じったような、路地裏でインチキ
占い師がするようなそんな格好をした存在が現れた。
何故か目が離せなかった。
普段の私なら「くだらない」とか言って一蹴するだろうに、私はその場から離れることも出来ず、かといって
動くことも出来ず。その人物は用意されたテーブルに座ると周りの人間たちが我先にと押し寄せる。周囲の人
間、もしかしたらボディガードだろうか?とにかく彼らがその列を鎮める。その男は一人を指名すると、その
男がテーブルの前に向かい合わせになって座る。彼は、男の顔を見て、それから手に触れる。
男だけでなく、周囲の人物も神妙な顔つきになり、二人の一挙一同を見守っていた。
やがて、その人物が口を開いた。
「うーん、そうですね…これから数週間後に孫が一人生まれます、それは女の子です…が、その子が女だから
と言って迫害してはいけません。その子の扱いを間違えると貴方だけでなく、会社組織全体に災厄がふりかか
るでしょう」
「は、はい!」
周囲のどよめきが聞こえる。声からしてあの人物は男の子だと考えられる。まだ変声期を迎えていないから、
だいたい小学生ぐらいか?そして、あの少年の周囲に集まった人物は彼の話を真剣に聞いている。
「ずいぶん、怖い顔をしていますね」
突然、後ろから声を掛けられた。顔なじみの男性である。
「あら、そうかしら?」
「ええ」
知人だからこそ見抜かれて、指摘されたが実際そうであるのだから仕方が無い。私は彼にあの人物は誰かと
尋ねてみた。
「ああ、あの少年は最近現れて、予言まがいのことをするって有名になっているのですよ」
「へえ、それは本物なの?」
「さあ、そこまでは何とも。ただ、中々人前に姿を現さないので有名なんですよ」
この少年は企業のアドバイスをしていたりと、中々その世界では有名な人物らしい。でも、そんなのに頼って
いるようではこの先が見えてしまっているような気もするけど。私は「くだらない」と一蹴すると、グラスに
残っていたワインを一気に飲み干した。
会場にはどよめきと喚声と失意と・・・様々な感情が渦巻いて、少し息苦しいような気さえしていた。
少年が立ち上がる
会場の視線がこちらに向けられていた。それもその筈、少年がこっちに向かってくるのだから。
「こんにちは、・・・・・・さん」
「最初に出会ったときは『初めまして』よ、ボーヤ」
周囲のどよめきなど私には伝わらず、少年もそんな私の物言いに動じる事すらなく。
「失礼。では『初めまして』」
「『初めまして』。で、名高い予言師が私に何の御用?」
少年が、私の顔を見て戸惑ったかのように見えたが、それは本当に一瞬だった。私の顔を見ると、二コリ…いや
ニヤリと笑う。
何か嫌〜な予感がした。占いなんて信じていないけど、私は自分の勘だけは信じているから。そして、それは
今まで一度だって外れたことはないのだから。こういう時は退却するの限るのだが、そうもいかない事情もある。
さて、どうしようか
この少年の『予言』とやらでも聞いてやろうか。
私は対外用の笑みを思いっきり顔面に貼り付けると、少年に向かって顔を近づけて囁いた。
「生憎、私には予言なんていらねぇんだよ、ガキ」
大概、ここまで来ると並みの男など逃げてしまうのだが、それでも少年は表情一つ崩さずに。いや、面白い人だ
と笑みを見せる。予想外の反応に嘆息する、この年頃の同年代の子供など泣き出してしまう場面でも少年は眉
一つ動かすことなく。
「今から666分後に回り続ける列車が鶯を殺す」
「どういう意味だ?」
少年の声が小さなものになった。周囲の人間に聞かれてはいけないことなのだろう
「貴方になら判るでしょう?”破壊の赤(ディストラクション・レッド)”」
なるほど、そういうことか。
私は少年から体を離すともう一度笑みの仮面を貼り付ける。
「凄い…本当にびっくりしました。ありがとうございます」
「いえ、貴方に『幸運』が訪れますように」
私のとっさの行動に合わせて、少年も言葉を返す。やはり、この少年は見たままの人間ではないことを瞬時に
悟った。それでは、と少年は私の方から離れて行き、周囲の人間も再びいなくなった。
そうか、こういうことか
私をここに寄越したアイツの思惑は私をあの少年と出会わせること。
まんまと策にハマってしまったのが少々気に食わないが、あの少年は気に入った。私はもう用が無いとばかり
にその場を離れると、車を思いっきり走らせた。
現在、夜の八時過ぎだった。
明朝6時6分
「時間通りですね」
「指定したのはお前だろ?」
山手線鶯谷駅待合室。それが彼の指定した場所だった。大体、あの『予言』もどきを聞いたのが夜の八時。
それから666分後だから翌日の6時。回り続ける鶯とは環状線山手線の鶯谷駅。本当に単純な時間指定だった。
少年は今は昨日のような格好ではなく普通の子供と遜色ない。
だが、ラブホテルの多いこの駅を指定すること自体普通の子供では無いのだが…。
少年は昨日と変わらぬ表情で私を見る。嫌いな表情ではない。
「さて、この何でも屋”破壊の赤”に何の御用かね」
もともと朝は苦手だっていうのに、こんな早くから呼び出したんだ。くだらねぇ用事だったら承知しねぇぞ。
少年が、私を見ながら口を開いた。
「実は・・・・・・」
さて、楽しい仕事の始まりだ
2003/02/11 tarasuji
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