064:洗濯物日和
青空、見渡す限りの青空
心地よく吹き付ける風
熱すぎず、それでいて温もりを感じさせる太陽の光
待ち望んでいた時が来た
今日も雨、雨、雨
毎日のように熊本には雨が降っていた。
「あ〜、今日も雨だよ。もう、やんなっちゃう!!」
そういいながら、新井木勇美は隣にいた田辺真紀に向けて顔を思いっきり膨らませる。
「そうですね、何かてるてる坊主も効かないし…」
「そうそう、いつもならマッキーのてるてる坊主さえあればすぐに晴れるのにさ」
「ご、ごめんなさい・・・私…」
そういって謝る田辺。貧乏のせいか、何処からか拾ってきたビニール傘にはつぎはぎがされており
しかもそのせいか傘の隙間からは雨が漏れていた。彼女の眼鏡は濡れていたが、それを拭く事もせ
ず頭を下げる。
「別にマッキーのせいじゃないんだから、謝らなくていいじゃん」
「ごめんなさい……あ」
新井木はそういうところがマッキーらしいんだよね、と笑いながら二人はプレハブ校舎に向かって
走っていった。
「おっはよー」
新井木と田辺が入ってくると、教室には沢山のタライやバケツが置いてあった。
「うっわーー!ついにここまで来たか!!」
「朝から騒がしかぁとね」
後ろから突然現れたのは中村光弘だった。いつもは遅刻の常習犯である彼がこの時間帯に居るのは
珍しい。中村の手には新しいタライや雑巾があった。
「お、おはようございます。あの…これ…」
田辺が中村の持っているものに視線を落とした。
「ついに雨漏りまでいったけん、持って来たたい」
「そ、そうですか」
5121小隊は女子高のグラウンドに間借りしている身分であり、その校舎は学兵たちが自ら建て
たプレハブ校舎である。そのため自然災害に弱く、雨が続くと雨漏りが起こるといったことがよく
あった。今まではそれでも天気の良い時に隊員全員で校舎の修理を行っていたが、今回のように雨
が続くとそれもままならず、今の様な状況に陥っているのである。
ポツン ポツン
雨の音が金ダライに跳ね返る
生徒と生徒の机の間にはまるでタライやバケツが敷き詰められていた。
「うっわー、こんな大量のタライどっから持って来たんだろうね?」
「それは田辺さんのお陰よ」
「うわっ!主任!!」
田辺と新井木の背後から声がした。後ろを振り向くとそこには二組委員長にして整備主任でもある
原素子が居た。
「おはよう」
「お…おはようございます」
見ると原の両手にもタライや薬缶があった。
「マッキーのお陰って?」
「ほら、田辺さんって時々何も無いところからバケツやタライが落ちてぶつかっているでしょう?
それをね、何かに使えないかと思って取っておいたの」
新井木は感心して原を見ていた。田辺は何故か少し恥ずかしかった。
田辺には時々、何も無いところからタライや薬缶などの金物が落ちてきてぶつかるという出来事が
よくあった。それは田辺の頭上にあるマキ・ワールドタイムゲートから落ちてくるものであって、
田辺の肩に居る小神族のコトリによる召還の失敗によるものであるが…詳しい事は省いておこう。
とにかく、田辺の上にはよく金物が落ちてくるとだけ覚えていれば良いだろう。
「そっかー、マッキーもいい事してるね」
「そ、そうですか…?」
何か釈然としないようだったが、それ以上田辺は考えないようにした。とりあえず、皆は教室の床
にタライを並べているとそこに坂上先生が入ってくる。皆は急いで席についた。
「きりーつ、礼、着席」
「おはようございます。今日も相変わらず雨ですね、さて皆さんに今日はお知らせがあります」
少し、クラスの中がざわめいた。坂上はそれには構わずに、言葉を続ける。
「今日は雨漏りが酷いため授業は休みとします、以上」
そういうと、坂上は出て行った。休みに喜ぶ一同は、一通り騒ぎ終えるとそれぞれの仕事場に向か
っていった。そう、授業は休みとはいえ学兵としての彼らには休みは存在せず田辺や新井木のいる
二組には整備の仕事が待っていたからだ。
「授業休みだって、ラッキー」
「そ、そうですね…」
「これで仕事が無かったらね〜」
新井木と田辺が作業服に着替えながら、授業が中断になったことについて会話を交わす。
「こらこら、授業は休みでも整備の仕事があるんですからね、急ぎなさい」
原が二人の頭を軽く叩くと、先に整備テントの方に向かっていった。二人は返事をすると、原の後
に続いていく。
グラウンド外れにある整備テントも、ところどころ雨漏りがしていた。幸いにも士魂号や機械類に
は影響は無い模様だが、元がサーカスの古いテントの譲り受けである。整備兵たちが、雨漏りから
機械類を守るために保護している一方で、神経線維でテントの綻びを繕っていた。
「新井木さんは、機械類の保護を。田辺さんはヨーコさんを手伝ってテントの補修をお願い!」
「りょうかーい、じゃね、マッキー」
「あ、はい、判りました」
田辺は急いでテントの上の方にいたヨーコ小杉の方に向かう。
「ヨーコさん、手伝います!」
「サンキューです!田辺サン、そこの神経線維とニッパーを寄越してください」
田辺は足元に転がっている機材をヨーコに手渡す。既にテントの上方は雨でたるんでおりヨーコも
濡れないように雨合羽を羽織っていた。調子よく、修繕が進んでいく。上方に近いせいか雨の音で
時々音が聞こえなくなりそうだったが、ヨーコのジェスチャーもあり何とかなった。
整備員の一同の努力により、機械類は保護されテントは修繕される。
一息ついたところで、突然の乱入者たちが現れた。
「整備班のみなさんお疲れ様です」
「みんな、おひるなのよ」
一組の面々が鍋を持って駆けつける。
「あら、悪いわね」
「いいえ、普段から整備の皆さんにはお世話になっていますから」
テント内に味噌汁のいい香りが漂っている。既に4時間近く働いた体にこの誘惑に勝てるものは居
なかった。原が手を叩く。
「みんな!お昼にしましょう」
一組・二組・先生方、それにブータを合わせて総勢26名がそれぞれ昼食を取っている。
田辺はヨーコやののみ、新井木らと昼食を取っていた。そこには何故か萌やブータも居た。
「みんなおつかれなのよ、いっぱいたべるのよ」
「ありがとデス」
味噌汁の温もりが冷えた体に心地よい。ののみはその味噌汁をふうふうして食べていた。
「しっかし、毎日こう雨が続くとやんなっちゃう」
「そうですね」
「洗濯……物……も、乾か……ないわ」
石津萌は指揮車銃手兼衛生官でもある。小隊内の選択や掃除は彼女の仕事であり、雨の続くこの状
態では洗濯もままならない状況であった。
「ワタシ、洗濯大好きデース。デスから、お天気にナラナイと悲しいデス」
「にゃあ〜」
ブータは彼女に同意するかのように声を上げた。
「やっ……ぱり、天気……いい方が……」
「そうだよね、やっぱ天気いいのが一番だよね!」
新井木に押されたのか、一同それに頷いた。雨が続き湿気も多いテント内で、そこだけがさわやか
だった。
昼食を終えて新井木がテントの外に出る。
「見て見てマッキー!雨がやんでる」
「本当ですか!?」
その声につられて小隊の皆も外に出てきた。先程まであった黒雲は何処にいったやら、一面の青が
空にあった。丁度虹もそこにかかっている。
一組と、二組の一部はそれに浮かれるようにテントの外にはじけて出て行った。駆け回る者もそこ
にいた。
「コレで、洗濯できまスね」
「そう……ね」
「にゃ〜」
その後、一組女子と二組女子と速水・中村・遠坂は一気に溜まった洗濯に取り掛かった。汗と油と
埃で汚れていた洗濯物が見る間に白くなっていく。
プレハブ校舎屋上には洗濯物が風になびいて舞っていた。その光景が今までじめじめしていた小隊
をがらりと変えていく。心地よく生活できる環境が生まれ、皆の士気も上がっていった。
風がそよき、太陽の光が降り注ぐ
青空の下でなびく洗濯物の海の中、そこに居た皆は一時の平和を体で感じていた。
ああ、今日は本当に洗濯物日和。
2003/03/19 tarasuji
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