006:ポラロイドカメラ
それを見つけたのはほんの偶然だった。
裏マーケットでそれを見つけたときは一瞬迷ったが、気が付いた時にはもうそれを
手にしてレジに向かっていた。
地下の階段から商店街に抜けた時、彼は手の中の物体をじっと見つめている。
「私としたことが・・・」
彼は呟きながら、その顔は嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?
「いいんちょ、おはよーなのよ」
善行は、声をかけられその方向を振り向いた。しかし、目の前には誰も居ない。彼
は視線を少し足元にずらした。
「ああ、東原さんでしたか。おはようございます」
ののみはそれを聞いてお日様のように微笑んだ。善行もつられて無防備に微笑んだ。
彼女の微笑みは人を幸せにさせる力がある、今日は少しいいことがあるのだろうか
と柄にもないことを考え、善行は僅かばかりの理性を呼び戻す。
「あのね、しつもんです」
「どうしました?」
「それはなんですか?」
ののみはそう言って善行の右手にあったものを指差した。善行もそれに気が付いた。
「ああ、これはポラロイドカメラというんですよ」
「じゃあ、しゃしんとれるの?ふえぇ〜すごいね」
何故か嬉しそうなののみを見ると自分も嬉しくなる。これがののみの持つタレントの
力のせいだったとしても、こういう気持ちになるのは悪くない。
「東原さん、一枚撮っても構いませんか?」
「うん、いーよお」
善行がののみを写そうとした瞬間だった。
「あ、たかちゃんーー」
ののみが大きな声を上げた。そして体に余るぐらいの勢いで瀬戸口の方に手を振った。
善行もその方向を振り向く、そこには瀬戸口が他校の女子生徒と仲良く歩いて来てい
るのが視界に入った。瀬戸口もこちらに気が付いたらしく、女子生徒に向かって何か
を喋った後にののみ達の方に駆けて来た。
「たかちゃん、おはようなのよ」
「おはよう、俺のお嬢さん。今日も元気かな?」
「うん!!」
瀬戸口はののみをそう言って抱き上げると、ようやく隣にいた善行に気が付いた。
「あ、おはようございます委員長」
「おはようございます、瀬戸口君。今日もいい御身分ですね」
「いえいえ、それよりもどうしたんですか?」
「あのね、いいんちょが『しゃしん』とってくれるんだって」
そこで、瀬戸口も善行が持っていたポラロイドカメラに気が付いた。瀬戸口が善行
からそれを借りてまじまじと見る。
「へえ・・・こりゃ懐かしい。これポラロイド発売初期のモデルじゃないですか、よく
こんなの残っていましたね」
「判るんですか?」
「いやあ、これ発売当時に友人から借りて使ったことがあるんですよ、へ〜懐かしい」
瀬戸口はそのカメラをひっくり返したりと色々眺めていた。善行は不思議に思ったが
それ以上追求しないようにした。世の中には知らなければならないこともあるが、
知らない方がいいことだって沢山あるのだから。
「そろそろ返してもらえませんか?」
「ああ、すみません」
そんな二人の様子を見ていたののみが二人に向かってこう言った。
「ねえねえ、カメラでみんなでうつろ!」
「それいいねえ、偉いぞ〜ののみ」
善行が何か言う前に、その話はあっという間に小隊内に伝わっていった。
「僕は先輩のとーなり!」
「あ、ずりいぞ。じゃあ先輩のこっち隣は俺だからな!」
「・・・・・・」
「ああ、こんなことになるんだったらちゃんと化粧しておくんだったわ」
「先輩・・・」
「毎日徹夜で肌が荒れるのもあの馬鹿のせいよ!」
「申し訳ありません」
「・・・って貴方いつからいたの!?」
「先輩・・・」
「モートーコさーーーん!」
「ふん!」
「僕の華麗なるぽぉぉぉずを!」
「何やっとんじゃけん」
「姉さん、くっつくなよ」
「うちだって、アンタみたいな小悪魔の隣になんてなりたくありません」
「あの・・・写真なんて何年ぶりになるでしょう」
「大丈夫ですよ、僕の隣にちゃんと居ればいいのです」
「なっちゃん、ネクタイ曲がっとる」
「煩いな!自分でできるよ」
「写真・・・何も写らなければ・・・いいけど・・・」
「オメエ、へ、変なこというなよ・・・」
「ダイジョブでース、みんな、ハッピーね」
「にゃあ〜」
「みんないっしょ、たのしいね、えへへ」
「そうだな」
「ふ、不潔です!」
「みおちゃんがたかちゃんのとなりになりたいって」
「ち、ちがいます。私は・・・」
「私は、何だい?」
「舞、どうしたの?」
「私は・・・写真はあまり好きではない」
「どうして?」
「その・・・私は笑うのは得意ではない」
「いいじゃない、舞の笑顔は僕だけのものだもの」
「いいですね」
「ああ、学生のうちはこんなイベントも必要さ」
「さあ、皆さん撮りますよ」
小隊の皆が慌てて列に並ぶ。撮影は女子高の先生にお願いし、坂上先生も列に入る。
「いきますよ、はいチーーズ!」
それから数日後、あの写真は一枚は教室に、もう一枚は善行の手元にあった。
関東に戻った善行は時折二枚の写真を眺めている。一枚は過去に失った戦友たちの、もう一枚は
自分が守るべき戦友達の写真。どちらも色あせぬまま彼の中で息づいている人たち。
「善行千翼長、お時間です」
「はい」
もう一度だけ、写真を見る。
戦友たちが笑っているような気がした。