057:熱海
「新婚旅行は熱海に行きたいわ」
彼女突然の展開に僕は言葉が固まった。
それはアパートへの帰り道のことだった。
「え、君新婚旅行はハワイに行きたいって言ってただろ?」
「前はね。でもやっぱり、慣れた日本のほうがいいわ。私、温泉に入ってゆっくりしたいの」
毎日仕事ばかりで疲れているのだろう。時々、肩こりがひどいって言っていたこたがあったから。
『結婚式は簡単でもいいから、その分旅行にお金をかけたい』
そう言ったのは彼女の方だった。だから、僕は少ない給料を奮発して旅行をハワイに決めたのであった。
確かに今では海外より国内の方がお金がかかる。だけど、僕はもうこっそり旅行社にチケットを予約していた。
彼女の驚く顔、それより何よりも驚く顔が見たかったから。
彼女は気紛れだった。
初めてあったときからそうだった、だけど僕は彼女のそんなところを愛している。
それでも普段はわがまますら言ってくれない彼女の気紛れに、僕はその願いをかなえてあげたくなってしまう。
僕は翌日旅行社に行ってハワイに代わりに熱海行きのチケットを予約してきた。
そして次の日、僕は彼女を呼び出した。僕は彼女の喜ぶ顔を妄想の中に泳がせていた。
「熱海、楽しみだね」
「え?」
彼女は何のことだかよくわからない顔をしていた。
「だから、新婚旅行で熱海に行くんだろ?チケットもほら」
僕は彼女の目の前でチケットを二枚見せた。彼女が俯いてしまった、きっと嬉しさの余り声もでないのだろう。
僕は、彼女が喜んで抱きついてくると確信していた。
彼女は、体を震わせて頭を上げていった、さあ、来るぞ。
バシィィィィン
周囲に音が響く。僕の頬は真っ赤に腫れていた。その後から頬に痛みが走ってそこで留まったかのようだった。
彼女が信じられないものを見たという表情になった。拳が震えている。
彼女は自分の拳を数度さすると、まるで汚い物を見るかのように僕を見た。
「どうしてワタシをアンタが新婚旅行に行くワケ、馬鹿じゃないの!?」
「そんなぁ」
「ワタシはアンタを会社の同僚以上になんて思っていないわ、今度同じ事したらグーだけじゃすまないわよ!」
彼女は僕の持っていたチケットを木っ端微塵に契るとそのまま何処かに行ってしまった。
木っ端微塵に千切れたのはチケットだけでなく僕のこころ。
了
2003/01/05 tarasuji
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