055:砂礫王国
さらさらと流れ往く
それは人の、国の、世界の……そして己の生き様と同じく
その行き着く先に何が見える?
灰色の夢を見た。
これで何度目になるのだろうと数えることはもはやなかった。
夢を見たことすら忘れたくて、全てを忘れてしまえたならばどんなに楽だろうと知っていても尚、
夢はそれを忘れさせてはくれない。
繰り返される悪夢に近いその夢
そして今夜も悪夢に囚われる。
見覚えのある町並。
懐かしい人々。
溢れんばかりの色彩に彩られたその世界は、眩いのに何処かで穏やかさをも包括させている。
人々は明日を夢見て、そして明日が永遠に来ることを信じて、泣き、怒り、悲しみ、喜び、笑い…
全てが生なるものだった
しかし、その生はあっという間に崩れ去る
砂と瓦礫…その全てが灰色
時間は止まり、もはや静寂という言葉がそこに鎮座していた。
そこには最早先程までの風景は何処にも無く。
声を嗄らすぐらい叫び、みっともないぐらいにのた打ち回り、それでも誰も反応を返すことなく。
誰もいない、灰色の世界になす術も無く立ちどまる。
声も涙も枯れ果てる。諦めが全てを支配し始めた。砂・灰・瓦礫…人々の、いや全ての世界が生を止め始める。
その世界には王も何も無い。空の玉座がポツンを一つ置かれそこには誰も座ることがなかった。
空の玉座、誰もいない王一人の王国。その王座に座るのは…
自分も砂になってこの世界に溶けてしまえたならばどんなに良かっただろうか。
無慈悲にも、その場から消え去ることは出来ず、死ぬことすらも許されず。
ゆっくりと全身を支配し始める甘美な絶望にゆっくりと身を委ねる。
……声
「ルックさま、ルックさま!」
己が名を呼ぶその声が風となり周囲に吹き荒れ、砂を蹴散らす。
自分の中心にあるものが熱を持ち、全身に広がり始めた。
纏わり付いた絶望が何処かにいってしまう感覚があった。
目の前に、彼女がいた。
薄みがかった灰色の瞳が自分を写している。
目を逸らしたくなるぐらい、滑稽で無様な己の姿が見えた。
「セ…ラ……?」
「ルックさま…大丈夫でしたか?」
「ああ…済まない、心配かけて」
そういうと、ルックはセラの頭を軽く撫でてやった。
「いえ…ルックさまが大丈夫でしたならセラは……」
安心したように微笑むセラにルックの心がほんの少し安堵した。セラはまだ10歳のはずなのに不思議
なことに目を開けた瞬間もっと成長していたように見えたからだ。不思議な感覚にリックは僅かに苦
笑をもらした。
セラはルックに水を持ってくると台所に行ってしまった。
気が付くと、汗をかいていたのだろう。全身に悪寒が走っていた。ルックは着替えようと立ち上がり、
鏡に映る己が姿を見た。
鏡の前に映った自分であって自分でないもの。
「アイツ…」
右手が血まみれになろうとも延々と、延々と壁を叩き続ける。
最早鏡は残骸になれ果てようと構うことなく、痛みも、ねっとりと流れる血の紅さも全て己には無く。
目の前に映る自分を創った男の顔が何処までも焼き付いていた。
オマエハ、コンナアクムヲミセルタメニジブンヲツクッタノカ
灰色の世界。
砂と瓦礫にまみれたその世界の王はたった一人。その玉座に座る王は…
「ふざけるな、ヒクサク。僕はお前の複製じゃない、僕はいつかお前を、お前を……」
物音に駆け寄ってくるセラの足音が聞こえる。
けれども、僕の世界は今だ灰色の砂と瓦礫が転がっていたあの夢のまま。
いつか、己がその一部になれることを望みながら、かつて出会った友の面影を何処かに求むる。