054:子馬
いつか奴に会えたなら、一発ぶん殴ってやる
子供の頃から父さんはいなかった。私が子供心に母さんに聞いたときに母さんは悲しげで、
でも愛しげにこう答えた。
「貴方のお父さんは遥か彼方の大陸にお宝を探しに行ったの」
「いつかお宝を沢山手に入れて、あの人は戻ってくるわ」
「だから、いい子で待っていようね」
幼い時から繰り返し、繰り返し母さんから聞かされていたその言葉を私も信じていた。
いい子にしていればいつか父さんは母さんの所に戻ってくる。見たこともないお宝を抱えて
戻ってくれば母さんは幸せになれるのだ、と。
だけど、何年経っても父さんが戻ってくることは無かった。女が一人子供を育てるのは大変
だったが、それでも母さんは父さんが戻ってくることだけを信じて、誰の誘いにも乗らず私
を育ててくれた。最初は近所の牧場で母さんは乳搾りの仕事をしていたが、私も僅かながら
でも母を助ける為に一緒に牧場で働いていた。毎日、朝から晩まで働き尽くめだったけど、
私は母さんと一緒に働けることが楽しくて、毎日パンと豆のスープだけの生活でも不満など
存在しなかった。なんて事はない、贅沢を知らなければ憧れることなど無いのだから。
母さんはそんな私を少しでも楽にさせたいと一所懸命に働いたし、私も出来る限り仕事をこ
なしていった。そんな働きぶりを認められたのか牧場の持ち主も一緒に働く人たちも私たち
母子を好意的に見てくれていた。一緒に働いている人の中には私と年も似たような子供もい
たので自然に友達も出来ていた。私は母さんといるその生活が本当に楽しかった。
それでも、友達が両親と一緒に家に帰るときには何だか羨ましくなったりしていた。そんな
私の気持ちを母さんは知っていたのか私の手を強く握り、
「帰ろうね」
と微笑んで手を繋いで二人で家に戻った。それでも、その微笑みには悲しそうで、そんな風
に母さんを悲しませてしまう自分と父さんが大嫌いだった。でも…私は母さんがいれば本当
に父さんなど、どうでもよかった。
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
母さんは流行り病であっという間に亡くなったからだ。母さんは、最後まで父さんが自分達
母子を迎えに来るなんて言い続けていた。でも、私はもう父さんが戻ってくるなんて思って
いなかった。母の居ないところで人は色々と噂をするし、私ももうそれが判る年頃だったか
らだ。母さんの手前、それを信じていたふりをしていたけれど・・・。
その後、私はその牧場で労働力として引き取られ、私はその中で働いて育った。そのうち、
私は牧場主から馬の世話を任されることになった。
初めて私が世話を任されたのは一頭の子馬だった。
真っ白な、でも小さな子馬。
出産の時から、ずっと見てきたからまさか私が育てることになるとは思ってもいなかった。
この白い子馬は、出産時に母馬が死去し引き取り手も無かった。私はその子馬と一緒に育ち
互いに母のない子供同士、何処かで分かり合えている気がした。その子馬はあっという間に
育ち、私もそれなりの年齢に育った。私とこの子馬はもう家族の様な存在だった。
私も馬の育成に駆けては上達し、いつかはあの名馬と呼ばれるマチルダ馬の様な馬を育てて
見たいという夢を持つようになっていた。あの白い子馬とは毎日言葉は通じなくともそんな
ことを話しかけるのが日常と化していた。
しかし、母さんをなくした時のように、人との出会いに別れがあるように私たちにも別れは
当然の如くやって来た。
牧場主が突然死去し、この牧場は借金の抵当に入っていたらしく売ることの出来る馬は全て
引き取られていった。私が育てたあの白い子馬は何処かの貴族が購入したらしく、私たちは
別れることになったのだ。本当は別れたくなかったけど、私にはどうすることも出来なかっ
た。その代わりに私は他の馬を数頭貰い、その土地を後にした。
「さて、どうしようかな」
私はとりあえず、行く当てもなく馬をアルム平原で放牧しながら考えた。思い出すのは母さ
んとあの白い馬のことばかり、自然に頬に涙が伝っていた。
その時だった、私の中にある考えが浮かんだ。
そうだ、父さんを探そう
別に父さんに頼ろうという訳ではない、一度会って母さんが亡くなったことを伝えないと、
どうしても死んだ母さんが報われないような気がした。そして、私は父さんを一発ぶん殴る
んだ。恨みとかそういう訳ではないがそうしないと私自身が可哀想になってしまうからだ。
今何処にいるかは判らないが、父さんがトレジャーハンターをしていたことだ
「トレジャーハントで一発当てるぜ!!」
記憶もおぼろげな父の口癖はいつもこれだった。多分、旅をしていればいつかは出会えるに
違いない。あの時別れた白い馬にも・・・ だから私はここで落ち込んでいる訳にはいかないのだ。
私は涙を拭うと、この広い世界に向けて一歩足を踏み出した。
いつか、絶対見つけてみせるのだから