052:真昼の月
あんまり綺麗な空だから
誰かに見て欲しい時もある。
真っ青な空に、白い月と黒い月が浮かんでいる。
彼はこう言った
「空に穴が開いているみたいだね」
空だって、見て欲しいから時々こうして穴を開けるんじゃないかな?そう言って笑った男が居た。
その男の横顔は何よりも優しくて、彼女はその横顔にある人物の面影を重ねる。
世界で一番大嫌いで、世界で一番大好きだった男の顔を
そういえば、あの男もそんな事を言っていた。
隣に居る男は姿形さえ違うが、だんだんあの男に似て来ていた。考え方や、言動の一つ一つに、
ふとした仕草に重なる部分が多い。彼女は無意識のうちに彼の横顔を眺めてた。
それに気が付いたのか、付かないのか彼は、彼女の方に向き直った。
「あのさ…僕の顔に何か付いてる?」
「い、いや…別に何もついておらぬ」
彼女は見ていたことを悟られまいと顔を背けていたが、その表情が何とも微笑ましく彼は表には
出さなかったが、幸せな気分になった。表に出してしまえば、彼女のことだから鉄拳制裁が待って
いるのは確かだったからだ。
「嘘はめー、だってののみちゃんが言ってたよ」
「わ、私は嘘なんてついてない!」
「じゃあ、何で僕の顔を見ていたのかな? 舞」
舞、と呼ばれた彼女は顔を見るのも可愛そうなぐらいに真っ赤にさせていた。
「そ、その…私は別に…うるさい、うるさいぞ、厚志!!」
そんな表情も、彼女の仕草の一つ一つが厚志は愛しく感じた。
厚志の前から去っていこうとくるりと踵を返した舞は、その瞬間腕を思いっきり掴まれ引き寄せられた。
厚志は舞を引き寄せて、背後から優しく、だけど逃げないように強く抱きしめた。
「君は、そういうところはいくつになっても変わらないね」
「ば、馬鹿者!そういう事は人前でするなと昔から言っているだろう、芝村厚志大竜師!」
「嫌だよ、舞…いや芝村舞竜師」
「ぐっ……」
階級を逆手に取られれば、舞はそれ以上何も言えず、言葉を詰まらせる。
1999年5月10日のあの事件から数年
絢爛舞踏章を授与した速水厚志・芝村舞は異例の早さで軍部内での出世を遂げ、軍部内の改革に取り掛
かりそれを成功させた。
5121小隊は存続しているものの、あの頃のメンバーは散り散りになってしまっていた。
茜作戦・銀環作戦・・・いくつもの作戦が行われた、いくつもの命が失われた。
その戦いの中で亡くなった戦友(とも)もいた。
悲しみにくれる間もなく、生きている人間は未来のためにマーチを歌っていた。
舞はすっかり抵抗を諦めたのか憮然とした顔をしながらも、厚志に抱きしめられていた。
視線を上げて、空を見る。空には月が2つ浮かんでいた。
「とうとう、行くのだな。あそこに」
「ああ」
「我らはこの戦いを終わらせねばならぬ」
「そうだね、この戦いに命を懸けて僕らに希望を繋いでくれたものの為に、我らは勝たねばならない」
その、確かな物言いに舞は自分を抱きしめている厚志の決意を汲み取っていた。
「そなたも、本当に『芝村』だな」
「舞が望んだから僕は『芝村』になった、それだけさ」
「そうか」
背に受ける厚志の温もりが伝わってくる。その温もりに舞は父を感じていた。
世界で一番大嫌いで、世界で一番大好きだった父を。
厚志は舞をもう一度優しく抱きしめると、二人はもう一度青空に浮かぶ月を見た。
明日から、二人は黒い月に向かう
全ての悲しみを終結させるため、最後の戦いに赴く。