005:釣りをするひと



    僕は彼じゃない

    だから、彼のようになんて生きられない



    「まったく貴方という人はもう少し、彼を見習ったらどうですか!」

    部屋に響くシュウの怒号。
    原因は一つ。

     ムクムクらとちょっと気晴らしに遊んでいたらうっかりとシュウの大切な【骨董の壷】を割ってしまったことからこの件は始まる。
     別に僕だって割ろうと思って割ってしまった訳ではない。本当にうっかりなのだ、すばしっこいムクムクを捕まえる為に身を乗り出したら、丁度そこに壷があったのだった。そしてぶつかった瞬間に壷は重力の法則に従って割れてしまった…という訳だ。粉々になってしまった壷は元通りに直すことも不可能で、そしてそれを隠す暇もないうちに見つかってしまった。

    「シュウ殿、悪気があった訳ではないですしもうその辺で…」
    「悪気のあるなしではありません。デュウ殿、貴方はこの同盟軍の盟主なのです。その盟主がこの有様ではわが軍そのものが…」
    「もういい!僕はそんな不自由な盟主とやらにはなりたくない!!」

     感情から出た激昂。
     僕はシュウさんに怒鳴ると思いっきりドアを叩きつけるように閉めてその場を走り去った。



     僕が出来ることならと同盟軍の盟主を引き受けた。

     確かに、何も出来ない子供だし。

     だからってあんな言い方はないじゃないか!

     シュウの馬鹿!!



     喧嘩はいつものことだった。
     けれど、その言い方が余りにも癪に障ったのはあの人と比較されたから。

     あの人=エイさんは解放軍の軍主で、赤月帝国解放を成し遂げたリーダーであり今でも人々の噂になる程の凄い人だ。その人と比較されようだなんて思っていないし、僕ではどうあがいたって彼のようになれないのは百も承知だ。だからこそ、あんな時に彼と自分を比較されてしまいそれがとても腹が立ってしまった。シュウが自分を認めてくれていないようで、それが更に腹が立たせた。

    「ビッキー、テレポートをお願い!」
    「うん、何処にいくのぉ〜?」
    「グリンヒル!」
    「そ〜れ!・・・あっ!!!!!」

     別に行き先は何処でも良かった。けれども、僕がテレポートしたのはこじんまりとした村。

    「デュウおにいちゃんだ!」
    「あれ?君はコウ君?」

     僕と同じ服を着た子供。彼が居たのは確か…

    「バナーに何の用なの?」

     そう、ビッキーはまたテレポートに失敗したのであった。ここはバナーの村。僕がエイさんと初めて出会った場所。

    「ちょうどエイお兄ちゃんも来ているんだよ、裏で釣りをしてるって」
    「え、別に・・・」
    「行こうよ!」

     有無を言わせずコウ君に引っ張られて僕は裏の川へと連れて行かれた。

    「エイおにいちゃーん、デュウおにいちゃんが来たよ!」

     エイさんは、ゆっくりと僕とコウ君の方に顔を向けると、いつものように声を掛けてくれた。



     エイさんには会いたくなかったのだ。今の自分と彼は殆ど同じ年代で、似たような境遇にある。だからこそ比較されやすいし、シュウさんが彼を持ち出してくるのは当然だと解っているのだが…だから、僕はエイさんに対しても素っ気無い態度を取ってしまうし、それが表に表れてしまう。

    「釣りでもするかい?」
    「…はい…」

     予備の竿を渡されて、餌を付けると僕は川に釣り糸をたれた。エイさんの竿にも今日は当たりがないらしく、エイさんはのんびりと転がっていた。僕もエイさんも何一言話すことなどなく、ただ時間だけが流れていった。



     空にある太陽が真上を過ぎた。
     しかし、どちらの竿にも一向に獲物がかかる気配などない。僕も最初は獲物がいつかかるか待っていたが次第に飽きてしまってエイさんと同じく横に転がった。

    「退屈そうだね」
    「そりゃそうだよ、何も釣れないもの。エイさんはよくこんなことやってますね」

     そう言うとエイさんは僕に笑った。

    「確かに、何も釣れないな」
    「そうですよ」
    「僕も昔は釣りなんて好きじゃなかった」

    「・・・え?」


    「釣りを始めたのは俺のたった一人の友人から教わってからだ。その当時の俺は釣りなんてじっと待っているだけのつまらないものだって思ってた」

     エイさんの口から聞く話に、僕は自然とその話に耳を傾けていた。

    「けれどさ、あいつはこういったんだ。待っているのが楽しいんだって。その間はどんな獲物が釣れるか考えるだけで面白いって。忙しい毎日だからこそ、こうして息抜く時間が必要だって。だから俺はそれから釣りが好きになった」

     その友人は僕にとってのジョウイのように、エイさんにとっては大事な友人なのだろう。その人のことを語るエイさんの口調はとても穏やかだったから。

    「でも、やっぱり僕はこうしてじっとしているのは性に合わないや」
    「それでいいんじゃない?」
    「え?」
    「お前はそれでいいと思う。別に釣りを好きになれっていう訳じゃないけど、俺は俺、お前はお前だろ」
    「僕は僕、エイさんはエイさん…」
    「そう、俺みたいな人間になんてむしろなるな」

     何だか、僕の悩みや抱えていることを見透かされているようだった。俺みたいになるな、そう告げたエイさんの瞳は何処かに悲しみを抱えているかのようで、僕は少しだけ切なくなった。以前聞いたことがある、エイさんは戦いの合間に大切な人を沢山亡くしたと。

    「エイさんには僕の考えてることなんてお見通しだね、適わないや」
    「これも真の紋章同士の繋がりって奴かもしれないな」
    「じゃあ、そのうち僕もエイさんの考えていることが解ったりして」
    「それは勘弁して欲しいな」

     僕らは互いに笑いあった。

     太陽は、かなり西の方角に見えていた。





    「ありがと、エイさん」
    「また暇になったら釣りに付き合え」
    「今度は何か釣れればいいね」

     結局、2人とも何も釣る事が出来ずにボウズのままであった。それでも、僕はエイさんのおかげで大きな物を得ることが出来た。



    僕は僕、エイさんはエイさん。

    互いに違う人間で、比べられっこなんてないんだ。
    だから落ち込む必要も、悩む必要も無い。


    城に戻ったら、シュウさんに謝ろうと思った。





    (追記)

    「そんなに怒るな」
    「貴方という人は軍師という割にデュウ殿に対して厳しいんですから」
    「それはあいつが…」
    「とにかく帰ってきたらちゃんと謝ってくださいね」
    「…」
    「返事は!」
    「…ああ」

     言いすぎだと副軍師のクラウスから咎められ、全くこういう時は軍師の威厳もへったくれもないシュウ軍師の姿をビクトールやフリックは呆れ顔で眺めていたのであった。






    2003/12/07 tarasuji
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