005:釣りをするひと
だから、彼のようになんて生きられない
部屋に響くシュウの怒号。 ムクムクらとちょっと気晴らしに遊んでいたらうっかりとシュウの大切な【骨董の壷】を割ってしまったことからこの件は始まる。 「シュウ殿、悪気があった訳ではないですしもうその辺で…」 感情から出た激昂。
確かに、何も出来ない子供だし。 だからってあんな言い方はないじゃないか! シュウの馬鹿!!
あの人=エイさんは解放軍の軍主で、赤月帝国解放を成し遂げたリーダーであり今でも人々の噂になる程の凄い人だ。その人と比較されようだなんて思っていないし、僕ではどうあがいたって彼のようになれないのは百も承知だ。だからこそ、あんな時に彼と自分を比較されてしまいそれがとても腹が立ってしまった。シュウが自分を認めてくれていないようで、それが更に腹が立たせた。 「ビッキー、テレポートをお願い!」 別に行き先は何処でも良かった。けれども、僕がテレポートしたのはこじんまりとした村。 「デュウおにいちゃんだ!」 僕と同じ服を着た子供。彼が居たのは確か… 「バナーに何の用なの?」 そう、ビッキーはまたテレポートに失敗したのであった。ここはバナーの村。僕がエイさんと初めて出会った場所。 「ちょうどエイお兄ちゃんも来ているんだよ、裏で釣りをしてるって」 有無を言わせずコウ君に引っ張られて僕は裏の川へと連れて行かれた。 「エイおにいちゃーん、デュウおにいちゃんが来たよ!」 エイさんは、ゆっくりと僕とコウ君の方に顔を向けると、いつものように声を掛けてくれた。
「釣りでもするかい?」 予備の竿を渡されて、餌を付けると僕は川に釣り糸をたれた。エイさんの竿にも今日は当たりがないらしく、エイさんはのんびりと転がっていた。僕もエイさんも何一言話すことなどなく、ただ時間だけが流れていった。
「退屈そうだね」 そう言うとエイさんは僕に笑った。 「確かに、何も釣れないな」 「・・・え?」
エイさんの口から聞く話に、僕は自然とその話に耳を傾けていた。 「けれどさ、あいつはこういったんだ。待っているのが楽しいんだって。その間はどんな獲物が釣れるか考えるだけで面白いって。忙しい毎日だからこそ、こうして息抜く時間が必要だって。だから俺はそれから釣りが好きになった」 その友人は僕にとってのジョウイのように、エイさんにとっては大事な友人なのだろう。その人のことを語るエイさんの口調はとても穏やかだったから。 「でも、やっぱり僕はこうしてじっとしているのは性に合わないや」 何だか、僕の悩みや抱えていることを見透かされているようだった。俺みたいになるな、そう告げたエイさんの瞳は何処かに悲しみを抱えているかのようで、僕は少しだけ切なくなった。以前聞いたことがある、エイさんは戦いの合間に大切な人を沢山亡くしたと。 「エイさんには僕の考えてることなんてお見通しだね、適わないや」 僕らは互いに笑いあった。 太陽は、かなり西の方角に見えていた。
結局、2人とも何も釣る事が出来ずにボウズのままであった。それでも、僕はエイさんのおかげで大きな物を得ることが出来た。
互いに違う人間で、比べられっこなんてないんだ。
「そんなに怒るな」 言いすぎだと副軍師のクラウスから咎められ、全くこういう時は軍師の威厳もへったくれもないシュウ軍師の姿をビクトールやフリックは呆れ顔で眺めていたのであった。 2003/12/07 tarasuji (C)2003 Angelic Panda allright reserved 戻る |