044:バレンタイン



    「あれ?今日って何の日だっけ」

    そう言った私を隣に座っていた友人は信じられないものを見るような目で見ていた。
    うん、私が本当に世間一般のことに疎いのは知っているけど、そんな目で見ないで欲しい。
    そう思っていた私に友人はこう告げた。
    「あんたが世間の波に乗らない人間だってことはよく分かっていたけど…まさか今日が何の日か知らないの!?」
    …そう言われたって知らないものは知らないんだからしょうがない。
    それでも、そこまで言われるとなんだか悔しいので頭の中で反芻してみた。

    今日は2月14日。

    煮干の日
    ネクタイの日
    平将門が亡くなった日
    田中公平さんの誕生日…あ、サクラもう直ぐ発売ね
    鮎川哲也さんの誕生日
    海老名みどりの誕生日
    佐渡に流されていた日蓮が幕府に赦免され鎌倉へ帰った日
    『主婦の友』が創刊された日
    中国・楼蘭で2200年前の少女のミイラが発見された日
    ・・・etc.

    思いついたことを口に出す。
    しかし、友人の顔はますます険しくなっていく。やっぱり友人の期待した答えは出ていないらしい。
    だとしたら、歴史上のことではないのか?
    私は更に考える……あ、そうか?
    「今日って、君の誕生日だった?」

    彼女は最早呆れている。それが物事に疎い私にでも分かるのだから、それは物凄い表情だった。
    仕方ないだろう、私は知らないのだから友人に対してどうすればいいかも分からず途方にくれる。
    だから、聞いてみるのが一番だ。知らないことを聞くのは別に恥ずかしい事ではない、知らないのに知っているふり
    をするのが一番恥ずかしいからだ、だから、聞いてみたのだ。

    「今日は一体何の日なんだい?」



    「本当に貴方って人は…これでも食べて考えなさい!」
    友人が私に小さな包みを手渡した。赤い包装紙にピンクのリボンが結ばれている小さな箱。
    私が何か言おうとする前に、友人はじゃあね、と手を振り駆け出していく。そんな友人を私は呆気に取られながら
    見送るしかなかった。
    私は近くにあったベンチに腰掛けて先ほど貰った包みを眺める。
    『食べて』と言っていたのだから、これは食べ物だろう。丁度私は空腹を覚えていたので、急いで、それでも丁寧に
    包みを開けた。中身は小さなチョコレートだった
    箱の中に小さなカードが入っていた。それにはこう書かれていた。

    『Happy Valentine's day』

    ああそうか、今日はバレンタイン司教の命日だったんだ。
    私としたことがすっかり忘れていた、うかつだった。明日、早速友人に報告しなくてはいけないな。

    ……しかし、何故命日なのに『Happy』なのだろうか?
    何かそういうことがあったのだろうか?明日友人に聞いてみなけらばならないな。もしかして、これは何かの暗号
    なのだろうか?命日に『Happy』など、友人はバレンタイン司教に何か恨みでもあったのだろうか。
    私は箱の中のチョコレートを全部食べてしまい、包装紙とリボン、箱ははまた何かに使えるだろうときちんと折り
    たたむ。いつものように購入したときのままくれればいいのに、それとも何か意味があったのだろうか?
    しかも、命日を悼むのなら、あの赤とピンクは好ましくない、それについてはまた明日聞いてみようと思う。だが
    カードの内容はともかく、あのチョコレートは美味しかった。明日どこの店で購入したのかも聞いてみようと考え
    ながら、私は家路へと急いだ。



    「全く、どうして彼はいつもいつもああなのかしら」
    友人…もとい彼女は大きく溜め息をついた。いくら世間に疎いとは言っても『バレンタインデー』を知らないにも
    程がある。その癖、余計な知識ばかりなのだから尚始末が悪い。
    「それでも、好きになったんだからしょうがないよね」
    最早自嘲するかのように大きな溜め息をつく。
    「いくら何でも、カードを入れておいたのだから流石に気が付いてくれるわよね」
    …しかし、当の本人は全く彼女の意図に気が付くことなどなく、翌日彼…もとい私の言動に彼女は落胆することに
    なるのは最早確定した事実なのであった。



    参考資料:
    毎日が記念日(富山いずみ様)

    2003/02/14 tarasuji
    (C)2003 Angelic Panda allright reserved


    戻る