043:遠浅
何かに深く踏み込んで傷つくよりも
どこまでも浅い関係のままがいい
それ以上にもそれ以下にもなりたくない、というのはただの強がりだろうか
「お前って変な奴だよな」
そう言って隣の男は笑った。
何を今更…とも思ったが、もうそんなことは口に出すレベルの問題ではないので何も言わない。
私の隣に居るこの男、余りに眼鏡が分厚いので滅多にその瞳が見えないが、外せば結構…いい男
である。本人はかなりの近眼で眼鏡を外すのを嫌がるがもしコンタクトなんかにしてみたら今よ
りももっと女にモテるのは言うまでもなく勿体無いと思わないでもないが。身長もかなり高いし
今は座っているので視線がかなり近いが実際に立ってしまえば20センチはゆうに違う。
それに声もいいし、ガタイも悪くない。スポーツで鍛えているだけあって結構引き締まっている。
声がいいといったが、目をつぶって聞けば何処かの声優と間違えるぐらい…腰にくる。私は事あ
る毎に声がエロイと言っているのだが、本人は生まれ持ったものだから仕方がないと言っている。
そんな男は私の幼馴染である。
そんな男だが、私の彼氏ではないし、私もそんな気はない。
友達…ともちょっと違うな、何と言えばいいのだろう。………私はしばし考える、そうだこれは
『協力者』だ。うん、しっくりくるのではないのであろうか。
それは何の協力者かと言うと…
「彼、遅いね」
「いや、俺の方が早く来たんだ」
「はあ?」
「あいつはあと5分したら来るよ」
「あんたはあたしのこと変だっていうけど、あたしはあんたの方こそ変だと思うけど」
「ほう…」
静かだけど、背後にメラメラと炎が萌え…いや燃えている。そんな時、向こうから駆けてくる彼
の姿が見えた。その瞬間隣の男のクールな顔が一瞬にしてとろけそうなぐらいに崩れる。見てい
るこっちの方が呆れてしまうぐらいにデレデレしたその顔も悪くはないのだが。
「先輩、お待たせし…あ、こんにちは」
駆け寄ってきた彼が私の姿を見つけて挨拶する。こういう礼儀正しいところが私の心をくすぐる
のである。
「やあ、今日も可愛いね」
私がそういうと彼は顔を少し赤らめた。そういう部分も可愛いというのか何と言うのか。実際に
は彼は可愛いというよりも凛々しいと言うのが正しいと思うのだが、どう見えるのか私は彼を可
愛いと思ってしまうのだ。
少し厚めの唇、切れ者を思わせる鋭い目つき…現代のサムライというのが彼なのであるが何処を
間違えばそうなるのか私は彼を可愛いと思ったといえばあの男は眼鏡かけろ…と同情してきた。
でもサムライというよりもサムライ乙女だといったら更に神経科に行けと言われたが。
「おまえな、こいつは俺のなんだからナンパ禁止」
「はあ? 可愛いものを可愛いと言って何処が悪い?」
何処からともかく舌戦が始まる。彼はそんな私たちを困ったように見ていた。
「あ、あの…」
その声に私たちは彼の方を見る。
「済まない…」
「あ、ごめんね」
「いえ…」
「さあ、お邪魔虫は退散するとしましょ。じゃあね」
私はその場から立ち上がると二人に向かって手をふり最期にこう言った。
「その馬鹿に食べられちゃわないようにね!」
彼は真っ赤になっていた。ああ、やっぱり可愛いな、あの子は。
私の足は某ファミレスに向かっていた。
禁煙席を頼むと私は適当にメニューから選ぶ。
水を飲みながら先ほどのことを思い返す。
私の幼馴染のあの男には恋人が居る。それは先ほど現れた『彼』である。まあ、男同士のカップ
リングなど少女漫画や小説の世界にしか御目にかかることは滅多にないであろうから、少し驚く
であろうが私はそれを知ったとき別に驚きもしなかった。ただ、そうなのかと思っただけだった。
ただ、どうしても一目見てみたくて私は誰にも喋らないことを条件に私はあの男の彼に会わせて
貰った。それが私たちの奇妙な関係の始まりだった。
何だろう、愛でてしまいたくなった。
変な話だが、実際そうだったのである。自分の手元に置いて愛でるというよりも他人の持ってい
る手入れの行き届いた人形を眺めるという感覚が正しいのであろうか。それも単体というよりも
あの男と一緒にいる彼を愛でたいと思ってしまったのだ。1人でいると普通の少年なのに、あの
男の側にいると艶が違うのだ。それは決して私の側では出せない色香であって、私はどうしても
二人を愛でたくなってのであった。
まあ、最初の頃は私が幼馴染ということもあり、彼は私をあの男の彼女だと勘違いしたらしく、
一時期は破局の危機にすら陥ったらしいので申し訳ないことをしたのだが、私自身が彼のところ
に行って身の証を証明して事なきを得るのだが…その話はまた機会があったらということにして
おこう。
取りあえず、そんなこんなで私はあの二人の微妙な協力者として関わることになったのである。
時々、それぞれの相談に乗ったりしてそんな日々を過ごしている。
え、そんな二人の側に居て恋愛感情が沸かないか…といえば本当にそんな気が起きないのだから
仕方が無い。まあ私だって女なのだからドキドキするといえばそれは嘘ではないのだが、どうや
らそういう対象ではないようなのだ。
何と言うのだろう、何処まで行っても深まらないそんな浅瀬にいるようなそんな関係。何処まで
行っても深くなることがないのだから恋愛感情に溺れる事は無いのだろうと思う。
それには理由があるのだが…
「遅いな…」
私は運ばれてきたあんかけオムライス(特盛)を平らげながら有る人物を持っていた。
「御免、御免」
「もう、遅い」
目の前に現れたのは…
「もうご飯食べちゃった」
「御免、デザート奢るから…」
「本当、じゃあこのジャンボパフェね」
「…太るぞ」
「いいんだもん」
その人物とは私の旦那。
もともと私は幼馴染のあの男の兄と既に結婚している。
高校を卒業した私は彼と結婚し、大学に通っている。あの男は私と同じ大学の同級生なのだ。
だから私は彼らにときめきはするものの、恋愛感情に陥ることは無い。どうやら私は旦那にベタ惚れ
だし旦那もそれは同様らしいから。
だから、そんな逃げ道があるから私は彼らと浅瀬のような関係を保っていられる。
勿論、義弟の彼氏が男というのは旦那には黙っているのだが。
私は幸せな環境に居る。
愛する旦那が居て、愛でるものがある。それは贅沢なことであると実感している。
いつかはそんな関係も破綻するかもしれないけれども、私はそんな日常を限りなく過ごしているのであった。
2003/07/12 tarasuji
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