033:白鷺
その魂はあの鳥と同じように、気高く、美しく。
私には兄が居る
それはもう逞しい、傍目から見れば何処かのヤクザか、武術家としか見えない形相と体格。
声は太く、低く、それはもう男塾の一員だと言っても疑われないほどの漢のなかの漢としか言えない
そんな兄が居る。顔つきが怖いというためだけに学校でも一目置かれているらしく、オマケに見た目
と同じく喧嘩が強いせいかもうすっかりこの周辺の番格と化しているのを知らないのは本人ばかりと
いう状況で私はその妹としてすっかりご近所の有名人と化しているのであった。
一方、私は漫画でいうなら不良番長の健気な妹…というポジショニングにあたるらしいのだが、当人
というか私はどちらかというとそういう視線で見られてきたせいか返って中身が体育会系の人間に近
くなっているらしいというのは、長年付き合っている幼馴染の言葉である。
しかし、お決まりといえば、お決まりのそんな兄なのだが、実は兄には別の面があるのだ。
トン、トン。
ドアをノックする音が聞こえる。
「真鶴、入っていい?」
「ああ」
ドアの向こうに居たのは兄だった。兄は右手に紙袋を抱えている。きょろきょろと私の部屋を見渡す
と誰もいないことを確認し中に入り込んだ。
「どうしたん?」
「見て見て、じゃーーーん!」
自分で効果音をつけながら紙袋から中身を取り出した。目の前に現れたのは…
フリルたっぷりのピンクのワンピース
「これが今回の新作!?」
「うん、真鶴に似合うと思って縫ったの。どうかな?」
「ははは…ちょっと着てみるよ」
兄が横を向いている間に私はそのピンクのふりふりワンピースに急いで着替えた。袖を通し、前のリ
ボンを結んでいく。凝った外見の割りには袖を通しやすく私のサイズにきっちり合っている。
布地のサラリとした感覚がこれからの時間には丁度いい。私は急いで着替えると後ろを向いて待って
いる兄の方に声を掛けた。
「どうかな?」
「凄い、ぴったりだよ。それによく似合っているよ、真鶴」
兄はそんな私の姿を見て満足そうに笑う。その笑顔は家族か昔から馴染みのある人間でなけらば恐怖
のような笑顔ではあるが。
本当はこんなピンクのふりふりは大嫌いだけど。
私はもっと青や黒のシンプルな服がいいのだけれども。
それでも、私は兄の作る服を着ている。
兄は外見は一般的に見て『怖い』と言われているが、実は可愛いもの、綺麗なものをとても愛している。
趣味は洋裁・料理…などからガーデニングなどまで世のマダム達に受けるものが多い。
毎日裁縫をしては、ぬいぐるみを作ったり、ビーズでアクセサリーを作ったりしている。おまけに個人
でHPを作成し、自分で作った小物を販売している。最早、ネット上では固定のファン層すら出来てい
る程で、確かにその腕はプロも裸足で逃げ出すぐらいの出来合いである。
男塾の塾生並みのルックスだという兄が、実は詩を口ずさみ、ハーブティーを愛し、クラシックを好む
ことを知っているのは私、白雪真鶴(しらゆき・まつる)と幼馴染の不等明梧(ふら・みんご)ぐらいであ
ろう。硬派である兄、白雪白鷺(しらゆき・はくろ)の内面は実は現在では天然記念物に指定されるぐら
いの『乙女』だということは、誰にも知られたくないし、知らせるつもりもないのだから。
そんな兄とは対照的に私はすっきり、さっぱり、はっきりした女の子になってしまった。
内面は乙女だが、外見は硬派の兄と一緒にいると私自身も色々なところで色々な場所から言われること
が多い。それに付き合っているのも面倒臭く、度々襲われそうになることもしばしばで武道を習い始め
たせいかそれは更に酷くなる一方。
そんな私を兄は心配してくれる。兄は私を大事にしてくれる。
それを私は知っているから兄の趣味に協力している。苦手なピンクも、フリルも兄の作る物には優しさ
が込められているのを知っているから。兄というよりはどちらかといえば姉のような存在だった。
兄は、兄の作るものを見ながらいつも溜め息をついている。
女性に生まれたかったまでとは言わないが、もう少し『乙女』の自分に合う容姿で生まれてきたかった
と。だからこそ尚一層私を大事にしれくれるのだろう、兄の望むものを持って生まれた妹という存在で
ある私を。だとしたならば、私は兄の為にせめて兄の前だけでも『乙女』となろうと思っている。
好きなものを大切にする兄はその名、白鷺のように純粋で気高く、美しいと妹ながら感じてしまうのは
自分だけの錯覚だろうかと思い明梧に相談したところ、彼も同じ考えだったらしい。
「白鷺は、あの外見も含めて白鷺だと思う」
「まあ、そうなんだけどさ。どうもあの外見が兄のいいところを隠してしまってる気がして」
「そうだけどね、あの外見だからこそ白鷺はあんなに綺麗な魂を持っていると思うんだけどね」
強面を越える外観の中に兄はとても綺麗な魂を持っている。
私は、こんな兄を持って不幸なのかそうでないのかはまたいつか考えようと思った。
今は、この兄が私側にいることの偶然に感謝しつつ私は今日も兄の世界に付き合い続ける。