032:鍵穴
あなたの鍵穴に合った鍵を持っている人が一人とは限らない
彼女が恋人を変えた
「今度こそ私の運命の人よ!」
「確か前にもそんなこと・・・」
そういって彼女が連れてきたのは彼女よりも年下のまだ大学生だった。
知的な雰囲気の、眼鏡をかけた大人しい青年は、彼女に腕を掴まれて少しだけはにかんだ。
彼女は幸せそうに微笑んでいた。
それから、数週間後
「この人が私の運命の人だったの!」
「前の大学生はどうしたの?」
「あれは違ったの」
そういって私の前に連れてきた男はもう老齢とも言っても差しさわりのないぐらいだった。
いかにも、男の方は彼女の体が目当てって顔をしていたけどね、君だって多分同じぐらいに
しか思っていないだろうと思われているからおあいこだろうね。
それから、また数週間後
彼女はまた、別な男を連れてきた。
「やっぱり、彼が私のダーリン(はぁと)」
「前の爺さんは?」
「さあ?」
それにしても、彼女は羽振りの良さが気になったのだが、それ以上は聞かなかった。世の中
には聞いてはいけないことが確かに存在しているのだから、敢えて聞く必要は無かった。今
回、彼女が新しく連れてきた男は、イギリス人だった。その男はまるでテレビで人気のある
サッカー選手に少し似ていた気がする。彼女は面食いな一面もあるからと自分自身が納得す
る。
それから、またまた数週間後
「見つけたの、私の王子様」
「前のダーリンは?」
「誰、それ?」
そういって連れてきた男は、まだ幼さの残る青年だった。聞くところに寄れば、彼はある大
企業の御曹司でゆくゆくは、その大企業を引き継ぐのであるのだ。彼女には王子様に見える
らしいが、私からみれば金持ちのボンボンという言葉がよく似合う人物だということは間違
いなく。それでも彼女がいいというのだから、別に口を挟む気はない。
それから、またまたまたまた数週間後
「彼こそ、私の唯一の人よ」
「あの王子様は?」
「夜逃げしたんじゃない?」
彼女が腕を回していたのは、風来坊とも思えるぐらいの髭をたたえた大男だった。無精髭を
生やし、髪はぼさぼさで山男というイメージが私の印象に残っていた。多分、今までの男の
中にはいなかったタイプだ。
私は彼女に男を紹介されたあと、
「お幸せに」
そう言っていつも去っていくのであった。
彼女は何故か付き合った男と長続きしない。
それは、彼女と付き合った男が皆何かの理由で彼女の前からいなくなっていくからである。
彼女は気立てもいいし、家事もそつなくこなし恋人としては男の理想を地で行くようなタイ
プなのだが、彼女の理想についていけなくなってしまうからだ。
実際、彼女は『運命の恋人』をずっと探し続ける乙女のような性格でいつも付き合った男に
その理想をそれとなく押し付ける。最初は彼女のルックスもあって男たちはその要求を受け
入れるが、いつしかそれの耐え切れなくなった男たちは皆彼女の前から姿を消した。
彼女はいつでも『理想の男』を追い求め続けている。
そう、それは何かに例えるならば鍵穴にぴったりと嵌る鍵を探しているかのように。そして
少しでも合わなくなれば捨ててしまうのだ。それ以外に用はないのだから。私はそんな彼女
の言動にあきれ返りながらも見捨てられないのは、自分の中にある自分の理想の人が見つか
るだろうという『絶望』を持っているからだ。
多分、彼女の鍵は見つからないだろう。
それでいても彼女と付き合う自分の馬鹿さ加減に呆れ帰りながらも、私は彼女の鍵穴にはま
る相手が見つかることを願っているのだ。
今日も彼女と待ち合わせをしている。
さて、今日はどんな男を紹介されるのだろうか。
顔を上げた私の視界に、彼女の姿が見えていた。
「あのね・・・」