031:ベンディングマシーン
私の内に眠る感情の名前を、まだ知らない
初めて彼に出会ったのはこの自動販売機・・・と呼ばれるものの前だった。
日向の事務所に向かう小夜はふと目をとめたジュースの自動販売機の前で立ち止まる。
小夜は思い出す、あの男と初めて出会った時を。
あの男『玖珂光太郎』に出会い、まさか自分が今生き延びていることを小夜は未だに
実感が沸かなかった。
魔道兵器として、神狩りとして育てられ、神を倒した後は自決する定めとなっていた
自分が、何故か死ぬことはなく。その代わりに玖珂の頭の上には光の柱が開いてしま
った。ふみこはそれを『コータロー・ワールドタイムゲート』であると言っていたが、
小夜にはそれを理解するのには時間がかかった。
目を瞑り、回想にふける。
最初に出会ったときの印象は最悪だった
玖珂から『こーら』なるものを貰ったのはいいが、開けた途端に中身が弾け小夜の装
束に染みがついた。小夜の服は桃の種から採られた水で清められており並みの人間で
は染みなどつけることが出来ないのだが、玖珂から貰ったものはそれを可能にしたの
である。それは驚きと共にその存在を強烈に小夜に焼き付けた。
彼は後ろに鬼女を従えていた。飽食の精霊、最も下級に近い精霊を従えていた。しか
しその精霊は玖珂につき従うことを幸せそうにしていた。実際、玖珂が使役するその
精霊は玖珂と共に戦うときは何倍もの力で戦っているのが小夜の目からも明らかだっ
たから。
私は、あんなに悲しいのに、幸せそうに戦う存在を知らない。
玖珂が、あの鬼女の名前を呼ぶたびに小夜の中に苦さが走る。
あの鬼女やふみこさんでさえ、あの人は名前を呼んでくれるのに、私は一度も名前で
呼ばれたことはない。私も、あの人に名前で呼ばれたならば…
小夜は、人でありながら人であることを許されぬ兵器としての自分の身を振り返り、
自分の中に溢れる理解の出来ない感情に奥歯をぎゅっと噛み締めた。
小夜は平静さを取り戻すと、財布から小銭を取り出した。
小銭を取り出し、『こーら』なるもののボタンを押す。けたたましい音を立てて缶が
取り出し口に下りてきた。そういえば販売機の使い方も玖珂から教えてもらったのだ
と思いだす。あの事件以降、自分がこの世界のことを何も知らなかったことを実感し
た。『がっこう』なるものに通ったことのない小夜は自分が玖珂よりも頭が悪く、自
分が世間のことを何もしらないことを知り衝撃を受けた時のことは今も覚えている。
それでも、皆から少しずつ教えてもらい以前よりは少し…マシになったのではないか
と思う。小夜は少し屈み取り出し口から缶を取り出すともう一本購入し日向の事務所
へと足取りを進める。
夏も、終わりに近づいていた