003:荒野
見渡すその先には何もなくて
けれど歩いていくしかない。
そうしなければ、何も掴めぬまま終わる。
「あー、つっかれたー」
「お疲れ様です」
大きく背伸びをして気持ちを入れ替えると、私は後ろから声を掛けてきた青年ににこっと微笑んでみせる。今日はとにかく疲れたの一言に尽きる。肉体的だけではなく、それは精神的にも疲労が大きかったのだから。
「お疲れ、南ちゃん」
「そっちも終わったの?」
向こうから駆け寄ってくる小柄な体に似合わない大きな音を立ててその足音は近づいてくる。それと同時に私に向かって駆け寄ってくるのは私の、幼馴染兼仲間である北原唯(きたはら・ゆい)であった。
私の名は凪駈南(ながれ・みなみ)。女子高生にして異世界の魔王の一部である。
私と唯はとある事情からこの異世界に呼び出されて魔王として存在することとなった。一部というのは、魔王という存在が一人ではないからだ。そもそも、この魔王というのは職業の一種であり組織とでも言っていいのだろうか。
そもそも、この私たちが呼び出された異世界というのが胡散臭いもので、いかにも中世というファンタジー世界で魔王は現在のテクノロジーを得ているのだ。それで居て、世界は江戸時代中期の様相を呈しているのだからごちゃまぜもいい加減にして欲しいぐらいである。
私を呼んだ人々の説明によると、世界が、人間社会がこのままでは取り返しのつかない状態になってきていることを警鐘とするために【魔王】という存在を生み出し、それに対抗する【勇者】を発生させてその過ちに気がつかせるようにする…というシステムらしい。もっと簡単に言えば、人為的に【世界の救世主】を作るという試みだといえばいいのだろう。敢えて汚名を受け止めてそれでもこの世界を維持していくということだ。それはあまりに傲慢すぎないかと思ったが、何故かその計画に惹かれるものがあり、こうして私と唯は【魔王】のメンバーの一員として日々活動に励んでいるというものである。
一応、魔王というだけあって非情なこともする必要があるのは確かなのだが、出来るだけ被害が及ばないようにそれでかつ効果があるように見せかける必要がある。
人命は尊重しているし、大体が勇者一行に対する幻術のようなものである。だから誰も死ぬことはないし、被害が出た場合は賠償・復興に尽力を尽くしているのだ。まあ、何というかRPGを実際に作っていると考えればいいのだろうか。シナリオ・イベント・状況…その他を全て考えて実行させるのだ。もともと私も唯もそういう製作の方には多少なりとも興味があったので実際にそういう作業をしていくのは嫌ではないし、だからこそこんな突飛な状況を受けているのかもしれない。
勿論、メンバーというだけあって、他にも共に居る人間は居る。殆どは現役を退いている老人が主だったが、稀に若い騎士や高名な魔術・幻術関連のエキスパートがそろっている。彼らとはメンバーというよりも家族ぐるみのような付き合いを私たちはしている。非情なことをしているというのは皆わかっているのだから、こういう部分では情を求めてしまうのかもしれない。
勿論、【勇者】となる若者たちには私たちの存在など知らせないようにしているし、気がつくことはないだろうという説明を受けているのだから。多分大丈夫なのだろう、世界の真意は今のところ理解出来ないが、何かの役に立っていると思えればいいというのは自己満足の一環であろうことも重々承知の上だ。それに、この計画が終了しない限り私と唯は己の世界に戻れないのだと説明されればやらざるを得ないのは当然なことだ。
前置きがかなり長くなった。
私と唯はなれない生活にもすっかり順応してしまった為に、自分たちが居た世界よりも毎日が充実感を覚えてしまっていた。元の世界が嫌いになったわけでも勉強だらけの毎日に嫌気がさしていた訳でもない。あれはあれで楽しかったのだから。
だが、今感じている充実感は元居た世界では味わえないと思うことがある。
さまざまな人間と一つの目的に向かって、ここまで熱くなれること。それが私たちが元の世界に戻るためとは言え手ごたえを感じてしまうのだから。
最初は何も理解できず、異世界に放り込まれてしまったときは荒野に放りこまれてしまったかのような錯覚すら覚えていた。必要性すら理解できず、ただ漠然としたものしか見えない。遥か遠大な荒野だった。けれど今は違う、私と唯と他の皆の行動は荒野を緑にするかのような努力だ。けれどこれが終われば荒野は確実に緑の平原となる。世界が望む、もう一つ上の段階に進化を遂げた世界となるであろうことは想像に難くなかった。
それに、一人じゃない。
唯がいる、皆が居る。だとしたら、この広い荒野も歩いていける、いつか緑の平原になることも出来るであろう。だから、今は目の前の出来事を一つ一つ解決していくしかない。壮大な計画となるであろうことは覚悟を決めていた。多分、今なら元の世界に戻れなくてもいいとさえ思うかもしれない。
「南ちゃん?」
「唯?」
「頑張ろうね、明日も」
「ええ」
唯の無邪気な笑顔、私は彼女のそんな笑顔に何度励まされてきたであろうか。一人ではないからこの世界でもいいと思える。
明日もまた計画を進めなければならない。無事勇者をエンディングへ辿り着かせるためにも、世界が望む姿を取り戻すためにも。だから今日は眠ろう、明日のために。
世界の望むとおり、道理など超えてしまうとしても
2003/10/21 tarasuji
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