025:のどあめ
あの、すうっとする感覚が心地よくて
「無い…」
思わず、店先で声が出てしまい私は周囲の誰かに聞かれたのではないかと、思わず周りを見渡す。
幸い、誰も居ないようで私はもう一度探してみる。
ここは、コンビニの菓子コーナーの一角。
私はそこでじっと視線を上下左右に動かす。
探しているのは、のどあめ。
いや、のどあめなら普通コンビニでも売っていると思うだろう。しかし、私が探しているのは、
普通ののどあめではないのだ。しかも、私がコンビニや色々な店を探してもそののどあめは見つか
らなかった。彼ならば、あののどあめが何処にあるか知っているのだろうか?私はそう考えながら
コンビニを後にした。
それは、去年の春に遡る
あの頃の私は何に対しても、内気で、他人には逆らえないような気弱と言われるタイプだった。
そういう性格だから、時々クラスメイトに仕事を押し付けられることもあったがそれでも文句を
言う事も出来なかった。
ある日、私はクラスの仕事を居残りで片付けることになった。勿論、それも反論できなかったか
らであり自分が招いた事態であった。
「あれ、まだ残ってん?」
「うん、あとちょっとだから。部活の帰り?」
「ちょっと忘れもん」
たまたまクラスに現れたのは同じクラスの彼だった。彼は人気者というわけでもないが、そこそ
こ対人関係も出きるごく普通の少年だった。あ、こう紹介すると何でもないような人だと思うが
私にとってはそれが羨ましいことであったのだ。普通でよかったのだ、普通で。差し障り無く、
何もトラブルも起こらないような、あったとしても些細なそんな性格が。
そんなことは表に出さず、私は仕事をこなしていく。
「それ、アンケートの集計?」
「うん、明日までだから」
「お前一人でやってんの!?」
私が残っているのは、明日まで生徒会に提出しなければならないものがあり家に持って帰るには
量が多すぎるので学校でやっているのだ。しかし、これは私のグループでやるように割り当てら
れたのだが、他の皆はそれぞれ用事があるとかで帰ってしまった。私は塾も部活もやっていない
ので半分押し付けられたようなものである。
「皆、忙しいらしいし…私は何も用事ないから」
「お前なあ」
どうせ、彼も帰ってしまうに違いない。私は彼には期待しないことにして作業を続ける。彼が椅
子から降りたのだろう、教室に音が響いた。
「しゃーねえ、手伝うか」
「え?」
「え?じゃねえ、何やればいい?」
「あ…じゃあ、これとこれと…」
「お前、いきなり増えたな」
それでも、彼は手伝ってくれたのだ。仕事はそつがないし、もっと時間がかかるだろうと思った
仕事はあっという間に終わった。
「終わったー」
「うん」
私は用紙の束を両手で整え、周囲を整頓する。
「…ありがと、助かった」
職員室に行くから、それじゃあと言いそうになったその時、彼が私に声を掛けてきた。
「なあ、もう遅いから一緒に帰らん?」
突然のことに、私は一瞬言葉をもう一度胸の中で反芻してから、彼の方を見た。彼は私の返事を
待つ間も無く、玄関で待っていると一言いうと、先に玄関の方に向かって言った。私はその言葉
が、頭の中に渦巻いて提出するときも、どうやって玄関まで行ったのかが記憶に無かった。
今まであまり話したことの無い人、それも男の子と帰るなど今までの私には無かった出来事で、
私は何を話そうかとドキドキしていた。彼も話すことはクラスのたわいも無いことで、私は時々
相槌を打ちながら聞くだけだったがでもそれは私にとっても新鮮だった。
「ところで、お前ってお人よしだよな」
それは、突然の言葉だ。
「一人でいつもグループの宿題とか仕事とかやってんよな」
「え…うん」
「何か言えばいいのに」
本当に、彼は普通の人だ。言えたなら、私はこんなお人よしと呼ばれる人物にはなっていない。
それでも、仕事を手伝ってくれた彼に言う事は出来ず、私は押し黙ってしまった。
彼は、そんな私を見て何を言っていいか判らないようだった。いいのだ、最初から期待していな
いから、別に彼は普通の人なのだから何とかしようとか思わないのだ。自分の力で何とかしなけ
ればならないのに、それをサボっている私に対するツケのようなものなのだから、いいのだ。
「これ、やるよ」
そうして、彼がディバッグのポケットから取り出したのは小さなガラスの小瓶だった。
「これ…」
「のどあめ。これ食って元気出せ」
そういって、彼は私の両手にこれを押し出すと、一目散に駆け出して行った。彼は私から50m
先で一端立ち止まると大きく手を振って、そしてまた走っていった。私は手を振ることすら出来
ずに、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。辺りはもう日が暮れていた。
その翌日、私はうっかり寝冷えをしてしまったようで、喉が痛かった。
うがいをして来たものの、喉の痛みは治まることもなくそんな時に昨日貰ったのどあめが鞄の底
に入っていたので、一粒口にする。
ほんのりとした甘さと爽やかな、ハッカのようなミントのようなそんな感じが口の中に広がる。
甘さと爽やかさがお互いを殺しあわず、かえって相乗効果であるかのような、そんな感覚が口の
中に広がり、それと同時に喉の痛みを調和していくようであった。
「ねえ、今日のレポートなんだけど…」
グループのリーダー格とも言える彼女が私の方にやってきた。彼女がいつも先頭に立って私に頼
みごとという名の押し付けをしてくる。私は今日も押し付けられるんだろうなぁと心の中で溜め
息をつきながら、彼女の方を見たときにそれは起こった。
「御免なさい、今回は一人でレポート提出するつもりだからあんたら勝手にやれば」
私の口からは普段出ない本音がすらっと出てきた。目の前の彼女は勿論、周囲の人々も驚いたよ
うに私を見る。多分、一番驚いているのは私だが。
「な、何よ。仕方なくグループに入れてやってるんだからあんたなんて」
「誰も入れてほしいなんて頼んだ覚えも無いわ、私一人に全部押し付けて何処がグループ?だっ
たら私一人でやったほうがマシよ」
「だって、アタシ達は部活も塾もあるし…ねえ」
そう言って彼女はグループの他の子達を見る。他の子たちは私の突然の変貌に戸惑っていたよう
だった。だから、戸惑っているのは私だって。
「全く、何処が塾だって?あたし知ってる。貴方がある場所でバイトしてることとかもね」
「嘘!」
「普段大人しい私の言う事と、貴方の言う事、どちらが皆信じるかしら?」
立場、逆転。確かに彼女がバイトをしていることは知っていたが、私は何をしているかなど知ら
ないのに。口から勝手に言いたい事が出てきた。それはもうずっと溜まっていた今までの分まで
沢山、沢山。
その私自身が驚いたほどの饒舌とハッタリが交じった演説ともいえる話に、彼女は真っ青になっ
て去っていってしまった。唖然とする周囲、自分も唖然とする。だけど、その後味はサッパリと
して、彼がくれたのどあめを舐めた時のような感覚が私を襲った。
あの事件以降、私は仕事を押し付けられることもなく順調な学生生活を送っている。しかし、不
思議にもあの一件以来私はクラスに溶け込んでしまったのである。異彩なキャラクターがかえって
皆にウケたらしいのは確かである。しかし、何故か彼とは中々話す機会が無くなってしまった。
私がああいうことを突然言い出したのは、多分あののどあめのせいではないかと考えているのだ。
でなければ、私が突然ああ饒舌に彼女に対して喋ることなど出来なかっただろうから。
あののどあめは私が机の上においていたら弟に食べられてしまいなくなってしまったのだから、
今確かめるには彼に聞く以外ないのだ。あの後味がどうにも忘れられなく、市販のもので試して
みたのだが、どれも違う。
そう考えながらコンビニを出た私は、偶然にも彼に出会った。
「やあ」
「おひさ」
私と彼は並んで歩いていた。そして、私はあののどあめがもう一度食べたいという話をした。
「あれ、もう効果は出たと思うけど?」
そういった瞬間、彼はしまったと口を押さえたけどもう遅い。
「効果…何の事かな〜」
「はあ、ここまで性格が変わるとは…」
「性格が変わったんじゃないの、元の、地に戻ったのよ」
彼曰く、彼の祖母は実は魔女で、私に彼がくれたのどあめはその祖母が持って行きなさいと渡し
た物だったらしい。そののどあめは『心をすっきりさせる魔法』が込められておりそれを舐めた
者のストレスを発散させるものだったというのが、彼の話である。
一見、普通そのものの彼にこんな秘密があったとは本当に人って見かけによらないものだ。
「なあ、私そのお祖母さんにあって見たいな」
「お前、本当にそののどあめ舐めてから変わったよな…物好きっていうか」
「何か言った?」
彼はそういいながらも何処か楽しそうだったのは言うまでも無い。
私が彼のお祖母さんと会ってから、また一悶着が起こるのはまた次の話。
2003/05/05 tarasuji
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