022:MD −A smile of a machine doll 2−
なあ、爺さん。
彼女は何を夢見ていたのだろうか、アンタは何を求めていたのだろうか。
そして、彼女は幸せだったと思うかい?
爺さんの荷物を整理していた中にあったのは一枚のメモリーディスクだった。
それはかなり古いもので、俺は爺さんの仕事部屋のに再生用の機械がないか探す為に奥へ
と向かった。
爺さんが亡くなって一年経つ。
亡くなったまま一年、放置されていた爺さんの仕事部屋はこの家の改増築の為に手を
付けられることとなった。その爺さんの仕事部屋の整理を任せられることになったの
は俺だった。
母さん曰く、
「私だと余計なものまで捨ててしまうかもしれないけれど、アンタだったら判るでしょ。
もしかしたらお義父さんの残したものとか見つかるかもしれないし」
そう言われて俺が断れることが出来ないことを知っているのを利用されるのだ。
ああ、言い忘れたが俺の名はヴェント。まだ新米、ヒヨッコの人形屍生師。
人形屍生師とはその名の通り、機械人形に関して制作〜破壊まで何でも請け負う
人形専門の何でも屋みたいなもんさ。人形に対してどうしてそんな物が要るかと言えば
それはこの機械人形がただの人形ではないからさ。
昔むかし、人間は自分たちの都合のいい『ウィル』っていう機械人形を開発し、それは
あっという間に広がった。何しろ、人と同等の動きが出来て決して人間に逆らうことが
出来ない。そして、結構寿命もあって…という代物だがやはり何処かでガタが来ること
もあれば、処分しなければならない場合もある。そんな時にまだ使える部品があれば再
利用したりもするし、それらを元にまた新しい人形を作ったり、修理したり…とこの仕
事の需要は結構高い。それでいて、かなりの知識と技術を必要とする仕事だった。
俺はその点、爺さんから結構いろいろと教えてもらっていたりしたからその部分では助
かったようなものだが。
俺の爺さんの話も少ししておこう。
爺さん……ラティオ・メタルルジーはこの人形屍生師の間では結構有名な職人だった。
その腕は言うまでもなく、知識、制作した人形の性能まで全てのおいてこの道を志す者
においては憧れとも言える存在。当然、俺もガキの頃からそんな爺さんを見ていたから
この道を志した訳であったが。
その爺さんが昨年老衰で亡くなり、祖母さんがこの一年間爺さんの仕事部屋には誰一人
入れる事を拒んでいた。しかし、その祖母さんも爺さんが亡くなった半年後に亡くなり
両親はこの家の増改築を実行に移すことになっていたらしい。そしてその為にはまず爺
さんの部屋の整理という顛末だ。
何しろ、爺さんの部屋は人形屍生師としてはお宝の山だ。祖母さんのお陰で誰も入った
ことの無い(恐らく祖母さんも入ったことはないであろう)爺さんの仕事部屋に入るのは
とても嬉しかった。何しろ、爺さんも祖母さんもこの部屋には孫の俺自身であろうとも
入れたことはなく、いつもこの部屋には鍵が掛けられていた。恐らく人形関連の破壊や
機密防衛を目的としたものであろう、人形とは人の記憶も抱えていることもあり、プラ
イバシーに関わることもあったからだ。
鍵を貰い、ゆっくりと部屋を開ける。
埃と少しだけかび臭い匂いが僕の鼻腔をくすぐった。
閉められた窓の隙間から入る仄暗い光が視界を明るくしていた。歩くたびに埃が舞い散
り、俺はくしゃみが抑えられなかった。その音がまた部屋中に響き、また、埃が舞い散
る。ようやく目もその明るさに慣れてきたのであろうか。明かりのスイッチが見えて、
俺は周囲が明るくなるのをぼんやりと見えた。
部屋の中は確かに埃に塗れてはいたが、物凄くきちんと片付いていた。これだったら整
理も簡単だと俺は部屋の中を色々物色してみる。
広いその部屋には機械から制作・修理の為の道具類から今はもう絶版扱いになっている
書籍の類まで様々なものが点在していた。確かに、それは宝の山であったのだ。調子に
乗ってあちこち手に取っていたときにそれは起こった。
「やべっ!!」
うっかり、そううっかり本棚の奥の本を取り出したときにさらに何かを落としてしまっ
たらしい。慌てて本を拾い集めようとしたそのときに“それ”は目の前にあった。
「何だ…これ?」
鍵付きの箱に入っているとはいえ、それは結構単純な構造だった。それにしては奥に隠
すようにしまわれていたのが不思議で、俺はその箱を開ける。
その中に入っていたのは一枚のMD(メモリーディスク)だった。
やはり、奥の方には再生用の機械があって、俺は適当に操作していた。大体昔も今も機
械の構造などそう大して違わないものである。俺はなれた手つきでMDを機械に差し込
むと操作を始めた。
一瞬にして映像が再生される。どうやら3Dではなく、かなり旧式のスクリーンに映し
出されるタイプの様子である。爺さんがそのように設定したのか、おあつらえ向きに映
像が白いカーテンに映し出されていた。キネマか何かのデータだと思ったそれを俺は床
に座り込んで見ることにした。
女…いやあれは『ウィル』だ。
別に今の時代、『ウィル』がキネマに出演することなど珍しくも無い。演技力はともか
くそれなりに見られる容姿だった。内容は単純、一体の人形とそれを作った人形屍生師
の話。ただ、その人形は己の感情を持つようにプログラムされこともあろうに自分の作っ
た人形屍生師と恋に落ちる…という3文オペラのような内容だった。
そこまでは俺も単なるキネマだと思っていた。しかし人形屍生師はその後急な病で亡く
なり、人形はある人形屍生師の元を訪れるのだが…何処かで見たことのあるような風景
がそこにあった。思い出そうとして思い出せないもどかしさが俺を支配する。その間に
も話は進んでいて、気が付いたら人形屍生師が人形の処分をする場面にまで行き当たっ
ていた。その人形屍生師の顔を見て、俺はようやくそのもどかしさの正体が判った。
爺さん…
そう、あれは若かりし頃のラティオ・メタタルジー。
あの家族以外には偏屈な爺さんが、役者として映画に出演する筈は無い。だとしたらこ
の映像はもしや…
考えたくないけど、それしか考えられない想像が頭をよぎる。そして、その想像は確信
となった。キネマの最後に、添えられていた言葉。
Doll -- or she to whom she had feeling is the human being who is not a doll.
It is man who lived on love. Her name is "Duft".The kind of the hope of dolls.
(彼女は感情を持った人形…いや彼女は人形ではない、人間だ。愛に生きた人間だ。
彼女の名はドゥフト。人形たちの希望の種)
これが、映画ではなく真実だとしたら。
この記憶が世界に知られたのなら…爺さん、あんたは一体こんな物を何故残した!?
人形に感情が生まれるならば、人形は人と同等にして人間の種を奪ってしまうかもしれ
ない。だからこそ、爺さんはこのメモリーを自分自身からも、世界からも消去しようと
したのか。ならば、どうしてここにこれを残したのか…。
MDがリピート再生されている。
その一部分に再び爺さんが映っていた。ドゥフトの微笑みを幸せそうに見つめる爺さん
がそこには居た。俺はドゥフトの微笑みを見た瞬間に胸の中によぎったことがある。
恐らく爺さんも気が付いていないうちに、あの人形の微笑みに魅了されていたのだろう、
だからこそ爺さんはドゥフトのメモリーを密かにコピーしていたのだろうと。
「馬鹿だよ…爺さん」
それは、恋だったと気が付かないままに終焉した一つの物語。
俺は爺さんの墓の前に居た。
「なあ爺さん、あれはもう誰の目の前にも晒しちゃいけない。爺さんと俺と、映画に映っ
たアイツだけのものだ。だからこそ、これは今ここで破壊しなければならない…そうだろ?」
人形の希望の種はここで潰えるだろう。けれども、俺は爺さんの目の前でそのMDを落とすと
足で思いっきり踏み潰し、バラバラにした。修復不可能なほどに。
その選択を後悔はしない、夢は夢のまま、永遠に眠らせる。
そして、ヴェントは己自身のメモリーからこの出来事を永遠に封印した。
人形は微笑む。
夢の中、愛する人だけその微笑みを向けて。
何処までも、美しく、そして悲しいその微笑みのまま。