021:はさみ
断ち切りたいもの、ありますか?
「これは・・・」
まさか、まさかこんなことになるなんて思いも寄らなかった。
目の前で、あの生物が消え去っていく。
私は、目の前の光景を見落とさないように、その目に、その心に焼き付けよう
と瞬きしないように目を開けていた。これで、私のこの呪われた運命も終わる
のだから知らない内に定められたとはいえ、その最後ぐらいはしっかりと見届
けようと目を開けた。そして、その生物は私の視界から完全に消えた。
私と、私の一族代々にはある呪いがかけられていた。
『その一族直系の女子が二十歳までに子供がいない場合に必ず死が訪れる』
といった今時にナンセンスとしか言いようがないものであった。しかし、それ
は現実に起こり、私の姉はそれをナンセンスな虚言だと子供を作らずに東京に
出て行ったが、その姉は5年前東京で原因不明の突然死を迎えた。だから、そ
れが偶然とはいえ一族の中ではその呪いを信じている人間が多い。この呪いが
どんなものの作為でどのようにしてかけられたか、今では誰も知るものはいな
い。しかし、わが一族の女性は皆二十歳になるまでに子供を生み育ててきた。
勿論私の母も十九で姉を生み育てた。
もうすぐ、私も姉が死んだ年になる。迷信だと、今までが偶然だとは思ってい
たが私も一族の中で育った人間だ。恐ろしくないと言えば嘘ではない。そんな
とき、たまたま私の目の前に入った広告に私は一縷(いちる)の望みを託した。
『貴方が断ち切りたいもの、ありますか?』
本当に胡散臭い広告だったが、その時の私にはそこに頼るのが一番だと考え、
電話した。電話で案内された場所に現れたのはまだ小学生ぐらいの少女。
おかっぱ頭のその少女に案内されてたどり着いたのはどこにでもあるアパート
の一室で、そこで出会ったのが彼らであった。
先程私を案内してくれた少女と、私と同年代の青年、それに私より少し上だろ
う男性と女性の4人がそこの社員だった。私は一瞬不信感を持ったが、どうし
ようもない切羽詰った状況に、私の家にかけられた呪いに付いて話した。冗談
だろうと笑われても構わない状況だったのだ。その話を4人にすると、真ん中
に居た少女が手を叩いた。
「じゃあ、その呪い断ち切っちゃいましょ」
「・・・え?」
呆気にとられている私を尻目に少女を中心に3人が動きを始める。男性は情報
を探りに、女性は何処かに出て行った。そして少女も何やら準備を始める。私
がどうしようかと思いそこで座って黙っていると青年が私の方にやって来て静
かにお茶を差し出した。
「大丈夫ですよ、彼女に任せておけば」
その青年の人懐っこい微笑みに私はついつられてそのお茶を口にした。青年が
言うには、少女がこの会社のボスであるという。そして、少女らの仕事は迅速
でもあった。あっという間にその正体を確かめ、家人ですら知らなかった呪い
の正体を確かめ、暴き出したのだ。
「よくも・・・」
私の目の前で見たこともない生物が、私と少女の方を見ていた。
「悪党にはお決まりに台詞ね、まあいいわ」
未知の生物は私の方に向かってくる、私の足は凍りつき、動こうとしない。少
女はこういう展開に慣れているのか、口の端を吊り上げて笑うと大きく手を叩
いた。
パチン
男性と女性の二人が生物に攻撃を仕掛け、目の前では漫画やアニメでしか見た
ことのないような戦いが繰り広げられていた。少女が私を見て、立ち上がるよ
うに優しく告げた。
「ちょっと待っててね、貴方のこの呪いを断ち切るから」
目の前で、白い光が立ち上がり目の前に一枚の紙が落ちてきた。少女はそれを
拾い上げる。その中には先ほどまでの生物が描かれていた。少女がポケットか
ら鋏を取り出すと、何も言わずその紙を真ん中から切り裂いた。断末魔の叫び
を上げながら、その生物が描かれたは細切れになっていく。そして少女が何か
呟いた後、その紙を風にのせて飛ばすとその細切れの紙は塵一つ残さずに消え
去った。
「断ち切り、完了」
そういって、少女は微笑んだ。
私の一族に科せられていた呪いは、あの生物が仕掛けた物だった。いつからは
わからないがあの生物は私の先祖に取り付き、二十歳になる瞬間までの精気を
餌にして生きていた。二十歳になれば、ちょうど食い尽くされてしまうのだ。
だから、子供を宿せばその子供に取り付き母体からは消え去ってしまう。我が
一族は完全に女系の家系だったから丁度良かったというのが女性からの説明で
あった。私にも遺伝しているはずだと聞いたら、大本の生物が消えてしまった
から、貴方に残っているあの生物も全て消えてしまったということであり、私
はそれを聞いて安心した。
少女たちは本当に私の一族の呪いを断ち切ってくれたのだった。
「貴方たちは何者なの?」
私は意を決して尋ねる。
「私たちはただ、縁から運命まで何でも断ち切るだけしかできない、でも貴方
達は色々なものを繋げることが出来る」
そう言ったきり、少女たちは私の目の前から消えて行った。
それから、私はお礼をしようとそのアパートまで行ったが、そこにはあの少女
たちは居なかった。多分、あのアパートとの縁を断ち切ったのだろう。少女た
ちならそうなっても可笑しくは無いのだから。
「用は済んだのか?」
「あ、ごめん。今行く」
私の隣にはそれ以後知り合った彼氏が居た。私も二十歳を過ぎてもこうして生
きている。その内、彼とは結婚する予感がする。そして、私は新たなる関係を
繋ぎ始めるのであろう。あの広告も、少女たちも見なくなったけれども、私は
彼女たちのことを覚えているのだから。
断ち切ることしか出来ないといった彼女にもう一度、会いたいと願う。