020:合わせ鏡
まさか私が『もう一人』いるなんて夢にも思わなかった。
私が16の誕生日
今まで、会ったことの無い爺さんが私に会いたいと突然言い出したらしい。
弁護士と呼ばれる人間が、私を探し出し指定された場所に来るように言い出した。何でも母さんは駆け落ち
したという事で、今まで勘当されていたらしい。しかし爺、さんも老い先短くなり母さんと私を迎え入れた
いと言い出しこの弁護士を使いに出したという話だ。父さんはとっくの昔にどっかに居なくなった。
全く、迎えを寄越すなら、私らを探すならもっと早くして欲しかったよ。母さんも去年、ちょっとした風邪
をこじらせて死んだ。私は一人ぼっちになってしまったが、幸いにも奨学金で学校に行くことが出来た。
だから、爺さんが私を引き取りたいと言っているが、別に私は断る気でいた。でも、会うだけでもいいから
ということで私はこの別荘に足を踏み入れた。
私が16の誕生日
お祖父様が私に別荘で暮らすようにと言われました。
特に予定も無い私としてはそれに反対することもなく、自宅に居るよりはいいのではないかと考えたからで
す。家に居ても、別荘に居てもそれは変わることなど殆ど無かったからですね。
お祖父様は沢山の別荘をお持ちでしたが、この度暮らすように言われた場所は最近ヨーロッパの古城を買い
取り日本でもう一度組み直したものだそうで、私はここに行ってみたいと思いましたわ。
だから、あんな事が起ころうとは夢にも思わなかった。
その別荘に到着した時の感想は「デカイ」の一言だった。
島一個を丸々持っているというのも予想外だったが、その島に立てられた城を見て私は度肝を抜かれた。
全く、金持ちをいう人種はとんでもないことをするのだと、私はますます自分に縁の無いことだと考えてい
た。私は案内人だという人間の後を付いていき、城に到着した。本当に見た目も子供の頃絵本で読んだよう
なそんな感じだったが、中身はそれ以上だった。周辺には森がうっとうしいぐらいに茂っておりそれを整備
すれば某テーマパークぐらいにはなるのではないかとさえ思った。
遠くから見てもデカイと思っていたが、こうして間近にみるとますますその大きさが感じられた。ドアが開
かれる、そしてその城の外観だけでなく中身もそれ相応だった。
「ようこそ、おいでくださいました」
並ぶ使用人の数に私は目を見張る。本当に、ここは私の知らない世界だった。
専用のフェリーでお祖父様の別荘に到着しました。
私は迎えの者に連れられ、別荘に向かいました。森を抜けますと、そこにお祖父様の別荘が見えました。流
石にヨーロッパから買い取っただけありまして、昔行ったドイツの城を思い出しました。
お祖父様は一体何を考えて私にここで暮らすように考えたのでしょうか。もしかして、ここを誕生日のプレ
ゼントにして下さると思っていたのですが、そうでもない模様ですし。とりあえず私は荷物を使用人に預け
ると案内された部屋に向かい休息を取った。
不思議なことに、その城にあつらえていた服は私のサイズに合って作られていた。それに、この城の使用人
さんたちも私の顔を不思議そうに見てはいたが、まるで以前から私がここにいるように振舞っている。それ
でいて、私に必要以上に近づくことはしなかった。
今まで、こんな生活など一度も経験したことの無い人間としては、どうしても慣れることは出来なかった。
そんな退屈な日々を紛らわせる為、私は森の方に散歩に行った。
特に何も変わらない毎日が続いていました。
都会の喧騒から離れた静かな生活は、私に休暇を与えてくれます。毎日、好きな読書をしながらいつもと変
わりない日常を過ごしておりました。ただ、私をここに連れてきたお祖父様の意図だけが掴めないままであ
りましたが。私は気分転換も兼ねまして森の方に散歩に出かけることに致しました。
そして、私たちは出会った
それは本当に些細な偶然だった。森の中で出口がわからず歩いていた。その瞬間向こうから現れる人影が視
界に入った。道を聞こうと、私は声を掛けたその瞬間。
私は目を疑った。
そこに居たのは『自分』だった。
まるで鏡を見ているようでした。
世の中には自分に似ている方が3人いらっしゃると聞いておりましたが、まさかこんな所でその方に出会う
とは思いもよりませんでした。しかし、私は長くこの島にいますが今までこの島でこのような方に出会った
事などありません。それに、ここは私のお祖父様が購入した島であって、この島に部外者など入ることなど
出来ない筈です。だとしたら、目の前におられるこの方は一体何者なのでしょうか。
しかも、目の前のこの方は何故か私と同じ洋服を着ておられました。
私の目の前に自分と同じ顔の人間が居る。しかも申し合わせたかのように同じ服を着て…
これが偶然では無く誰かに仕組まれたものであったら、本当に性質の悪い冗談だよ。とりあえず、私と目の
前の私は一緒にこの森を抜けることにした。今はそれしか方法がなかったからだ。
森を抜けて、私、いえ私たちはは別荘に辿り着きました。
しかし、私たちを見ても不思議なことに使用人の誰一人として不思議がることもなく平然となさっていた。
一体、これはどういうことか。彼女の方もそれは同様だったらしい。私はその理由を聞こうと電話の受話器
に手を伸ばしたその瞬間、使用人の一人が部屋に入ってきました。
「お嬢様方、お祖父様がお付きになりました」
目の前に現れたのが私の爺さんという人間だった。
爺さんは私たちを見るが、驚くこともなく…いや寧ろ策がなったというような悪戯っぽい笑みを向ける。
やはり、金持ちという人種は全く私には理解できない。爺さんはその後、私たちを驚かせることを言い出し
たのである。
「そうか、二人とも出会っていたのか」
「「どういう事だ!?」です!?」
しかし、お祖父様は平然とこう告げた。
「お前らは双子の姉妹なんじゃよ、離れ離れに暮らしていた」
「「……え?」」
お祖父様は驚く私たちに構わず、言葉を続けた。
私たちはこの爺さんの死んだ長男の子供として生まれ、両親はその後直ぐに他界した。その後、私たちは
爺さんの次男夫婦と三男夫婦にそれぞれ引き取られて育てられたらしい。そんな事言われても私は直ぐに
信じられる訳もなく。だが、それを否定するのは隣にいる彼女は私によく似ていた。
それでも、私は父さん母さんの娘として生きてきた。だから…
爺さんはこう言った。
『これから、姉妹水入らずで暮らす気は無いか?』
私も、彼女もその発言に言葉を発することが出来なかった。確かに隣の彼女は私と瓜二つではありますが
突然姉妹だと言われましても私としても、どうすればよいか判断つきかねます。
私はお父様お母様の娘として、この財閥の後継者としてこれまで生きてきました。それが…
私たちはお互いに顔を見合わせた。
出会ってからまだ僅かでもないけれども、それでもお互いが何を言いたいかは不思議に判っていた。
やはりそれは私たちが姉妹であることの証でもあろうが、それは関係ないとも感じていた。
答えは…決まっていた
「「いえ、お断りします」」
私と彼女の答えは決まっていた。
それは短い時間とは言え、同じ生まれのせいかもしれない絆。まるで合わせ鏡のように似通った私たち。
だが、ここまで生きていた過程も、環境も今更何もかも違い過ぎる事は確かでした。
お祖父様はそれ以上何もおっしゃらずに、これからのことを告げた。
私と彼女は今日一晩だけ一緒に居ることに決まりました。今更姉妹だと言われましても感慨にふける訳で
もあらず、ただ鏡に映った自分はこうなのだということを互いに感じておりました。
そして、彼女はこの島に爺さんと残り、私はこの島から出て行くことになった。爺さんから聞いたのだが
この島で私と彼女が今まで出会わなかったのはこの城が島の中心に点対称になっており、中央をはさんで
全く同じ作りになっていたからだそうだ。本当に、今回のことといい悪趣味な爺さんだ。
それでも、彼女とあの爺さんは私の唯一の肉親である事は変えることの出来ない事実であって、それはそ
れでいいのではないかと感じている自分がここに居た。
「ごきげんよう」
「それじゃ」
彼女が、この島から出て行こうとしていた。今、別れてしまえばもう二度と会うことはないだろう私の唯
一の肉親。だけど、私たちは余りに似ている故に歩んできた道はそれとは逆でありまして、また交わるこ
となどもうないであろうと思われます。だけど、何故か私たちはいつかまた会える、そんな予感も私の胸
にありました。
フェリーが対岸から遠ざかっていく。
城も、森も私の肉親も遠ざかっていった。合わせ鏡のような私たち。似ているのだけども全く逆の存在。
私は彼女の姿が見えなくなるまで、ずっとフェリーのデッキに立ち尽くしていたのであった。
2003/02/24 tarasuji
(C)2003 Angelic Panda allright reserved