019:ナンバリング −A smile of a machine doll 5−
始まりはただの男の孤独な夢
−それが全ての始まりだった−
機械人形の話が聞きたいって?あんたも酔狂だね。
学校の宿題か何かかい、え、違う。・・・いいよ、少し昔話になるけど聞かせてあげる。
機械人形がどのようにして生まれたか、そしてそれを作った男の末路を。
男は、1人だった。
幼い頃に、父も母も、優しかった姉も、怖かった兄も目の前で一瞬にして失った。
男は失った家族の代わりを得る術はもう無かった、だから己の家族を誰よりも欲した。
しかし、愛する妻も、子供も男より先に流行り病で亡くなった。
男は、家族を誰よりも愛していた。
次に愛した家族も、男より先に天国へと旅立った。
男はとても信心深かった。
男は家族を、心のよりどころを欲した。
しかし、それが数度繰り返された時に男は神を信ずることを放棄した。
何度も祈った、けれども神は見ているだけというのか。
あるいはこれが神の下した試練とでもいうのか。
ならば罰を受けるのは私一人で十分な筈だ、何ゆえ私の愛した人々を不幸にするか。
絶望に満ちた男は一体の機械人形を作った。
男は腕の立つからくり職人だった。己の持つ技術を尽くし愛した子に良く似た機械人形作った。
しかし、所詮機械は機械、人形は人形。
それは人間の変わりにはなれないもの。
人形は男の命令を聞き、それに答えるだけ。
人形は男の願望に答えることはなく、男は失意のうちに病の床につく。
男は毎日人形に語りかけていた。
「もし、お前らに『感情』が宿ったならば、何時の日かお前らは『人間』になれる。
お前に名をあげよう、これは私の願い。たった一人の家族であるお前に・・・」
「マスター」
「お前の名はウィル・・・いつしか人間として生きるお前にこの名を」
男が死の床に伏したその後、男の知人が彼の家にあった機械人形を見つける。
人間と同じ容姿を持った、機械人形はその後、その知人の手によって人間社会に爆発的に広まっ
ていった。最初の人形に付けられた『ウィル』という名はその後、その機械人形全ての共通の名
として授けられることとなった。
一番最初の機械人形『ウィル』はどうなったかって?
さあね、風の噂じゃあ最初はその知人の男の所に居たらしいが、ある日突然消えてしまったそうだよ。
何処に行ったかなんて判らないさ、でもね。その機械人形は皮肉なことに男の死後に『感情』が芽生え
たというらしいね。
もしかしたら、何処かで生きているかもしれないよ。男が望んだとおり人間としてね。そして何処かで
待っているに違いないさ、人形が感情を持ち『人間』となる日を。
あたしがどうしてそんな事に詳しいかって?そりゃそうだ、それはもう150年も昔の話だものね。
え?あたしがその人形じゃないかって?
まさか、この話はあたしの祖母さんのそのまた祖母さんからずっと受け継がれてきた話さ。
ああ、もうお帰りかい?
参考にはなったかい。じゃあ、これがお探しの品だ。かなりの貴重品だから大事に使うんだよ。何せそ
れは噂では一番最初の人形『ウィル』が使っていたパーツのレプリカだっていうからね。もしかしたら、
あんたの作る人形も『感情』を持った人間になっちまうかもしれないね。・・・何、そんな変な顔して。
冗談だよ、冗談。
あんたの名前教えておくれ。
いや、このパーツの行末が気になるもんでね・・・レクスっていうのかい。
さあ、今夜は店じまいだ。帰り道に気をつけなよ。
月夜が眩しい。
だけど、こんなに穏やかで悲しい月夜は久し振りだね。あんな月夜を見ていると昔のことを思い出してし
まう。大切な物を失ったあの日の記憶を。
あんたには言わなかったけれども、人間になった人形はどうなったと思うかい?
人形は、人間になったんだよ。だけれども機械の体は人の何倍も長い生を授けてしまった。老いも病もな
い、けれども定住と安住を許すことのできない生をね。
その長い生の中で一番大切にしているのは、やはり男と暮らしたあの短い期間なんだよ。
今日は喋りすぎてしまったね。
この街にも長く居すぎた、明日はまた遠い空の下に向かわなければならないね。じゃあ、おやすみ。
人形は微笑む。
僅かな幸せの記憶を夢見ながら、遠い異国の空の下。
愛された記憶だけを胸に抱きしめ、希望の芽を探す為に。