017:√
√2=1.41421356237095048816887242096980785696718753769
480731766797379907324784621070388503875343276415727・・・
ああ、長いなぁ。
「あー、もう分かんない!」
彼女は手にした教科書を思いっきり後ろに放り投げると、そのまま後ろに倒れ寝転がった。
その様子はどこか猫のようで僕は声を掛けて立ち上がると、彼女が放り投げた教科書を取りに
行こうとする。
「解んないからって教科書ぶん投げるのは駄目」
「だって、もうこれ以上やったって時間の無駄」
「試験で赤点取ってもいいのか?」
「それはやだ」
以上の会話から推測可能なように、僕と彼女は明日試験があるわけでこうして僕は彼女の家に
行って試験勉強をしている。あ、誤解はしないで欲しい。僕と彼女は昔からの幼馴染で、小さ
い時から見知った仲であり、こうして試験前になると一緒に勉強をするのである。ちなみに彼
女には彼氏がいるのだが、それが勉強関連に関しては彼女と同程度のレベルらしく結局アテに
はならないのだとか。
僕は、勉強など一人でするものだと思っているし、誰かと一緒にやっても効率など上がらない
と思っているのだが、この幼馴染はそう考えてはくれないらしく毎回試験の時期になると、僕
に勉強を教えてくれとやってくるのであった。僕もはっきりと断ればいいものを、毎回毎回彼
女の押しに負けてしまい、結局最近では、断る気力も時間も無駄なのでこうして彼女に教える
羽目になるのである。僕は、毎日少しずつ積み重ねていくタイプだが、彼女は一夜漬けで済ま
すタイプだと自分の中では分類できる。大体、彼女は微分・積分など人生で何にも立たないも
のだと決め付けてしまっているのだから。まあ、僕にはそれを否定する理由は何もないわけで
あるが。価値観の違う個々にそれを説くよりも自分の価値観で生きていた方が楽だから。
僕は、そういう数学などが好きな方である。まあ、好き=得意と言う訳では決してないのだが
それでも彼女よりはまあ、いい方なのだろう。大体、数学はミステリィと同じで解を求めるの
もそうだが、それに至る過程を推理するのが楽しいのである。最近はうちの学校の試験問題で
も、回答とそれに至る過程を両方書いて得点になる傾向が増えており、僕にとってはそれは嬉
しいものである。まあ、世間には過程をすっ飛ばして回答だけが先にわかってしまうという稀
有な存在もいるらしい(僕は実際にあった事はないが、算盤をやっていなくても計算が即座に出
来てしまう人間もいるのでそれは否定のしようがないのだから)ので、そういう人間にとっては
迷惑な話であろうが。それでも、きちんと解けたときのあの快感は忘れられないのだが、目の
前にいる彼女にそんな話をしたら宇宙人か珍獣を見るような目で見られてしまったので、それ
以来その話は全くしていない。それは人前でする話ではないことを理解したのだ、そういうこ
とを理解し、受け入れられるようになったことを世間に迎合するようになったとでも言うのだ
ろうか。
ああ、僕の独り言が長くなってしまったようで申し訳ない。
彼女が放り投げた教科書を僕は拾い上げ、先程まで彼女が開いていたページを捲る。
「なんだ、平方根か」
彼女はそこから微動だにせず、そのまま寝転がっている。
「これの何処がわかんないのさ」
「だって、√2とか√3とか日常生活じゃ使わない」
彼女の言い分も最もだった。だけど、使わないからといって、日常生活に存在しないとは限ら
ないことを彼女は知らない。
「だけど、以外に日常生活には√2は存在してるって知ってる?」
「うそー」
「今お前が頑張って書いているこのノートだって、テストの紙だって縦と横の比率が1:√2
だしな」
「はあ?」
「それから、お前がよく友達と取っている写真シール」
「プリクラ」
「うん、そのプリクラだって縦と横が1:√2」
「マジ?」
「うん」
僕は実際に計って、計算させてみる。
「へー、すっげー」
「だろ?」
「うん」
それから僕は紙がこの比率だということが、環境保護にも繋がっていることを話したが、彼女
はどうやらそちらには興味がなかった様子である。僕の悪い癖で、どうも知っていることや、
好きなことに語ってしまうのでありそのことについて彼女は、そんなこと言っている内は絶対
彼女は出来ないな、と言ってくる始末であるが僕には関係ない。でも、これを発見したときは
僕にとっては驚きであったし、僕はこれを知って数学の魅力に目覚めたといっても過言ではな
いだろうから。実際、今でも平方根は10億桁までいっている模様だし。最近気に入らないの
はπ(円周率)が3だと教えていることを知った時ぐらいだろう。そんなことをしているから、
かえって数学・算数嫌いを増やしているものだと何故気がつかないのだろうか。円周率が音楽
を奏でられることだって彼らは知らずに過ごしていくのは勿体無いと思っているのだが、どう
も今の大人たちはそう思っていないらしい。
ああ、いけないいけない。そんな事を考えていてすっかり自分の世界に没頭してしまった。
それでも、彼女は呆れながらもそんな僕を笑いながら見ていた。彼女との勉強は全くもって、
進む気配はなかったが平方根の楽しさが分かってもらえればいいな、と思わずにはいられない
のだ、全くもってお節介とは僕のような奴のことである。
彼女が去った後、少し散らかっていた部屋を片付けて、僕は教科書を紐解きながらまた数学の
世界にのめりこんでいく。
余談だが、彼女はやはり赤点で、僕は中の上ぐらいだったとか。
参考サイト 進学社リンク集