016:シャム双生児




    私の中の貴方

    貴方の中の私

    ずっと二人きり

    悲しみも、喜びも、怒りも全て分け合ってきた



    それを幸せだと思ったのは、私? それとも…貴方?



    ***


     何か、大事なことを、大事な人を忘れている。
     そんな思いをするようになったのはいつの事だろう、記憶に無い誰かの面影が私の中に残り続けていて、時々私に呼びかけようとしている。しかし、その面影は余りにもおぼろで私はその面影が誰なのか確認することが出来ない。ただ、その中で覚えていることはただ一つ


     私はその人を忘れてはいけない、そのことだけ。


     それは夢ではなく、現実の何処かから私を呼んでいる。私はその面影を何処かに残したままこうしていつものように日常を過ごしていた。




    ***




     娘の中にもう1人が存在しているのを知ったのはいつだろう。
     時々、変わったところが見られるようになったのはいつなのだろうか…【それ】が最初に私の目の前に現われたのは娘がまだ5歳の頃だった。娘は一時期、赤い色が大好きで持っているもの全てが赤だった時期があった。何でも赤い色でなければ気に入らない為に、その執着心にあきれ返る時もありながら私は娘が望むままに赤いものを揃えるようになっていた。
     ある日、娘にいつものように赤い服を着せようとしたその瞬間、娘はいつも見せるあどけない顔ではなく表情を殺したかのような形相で私の手を払いのける。

    「僕、赤なんて女の子みたいな服、やだ」

     そう言って、私の方から逃げ出そうとする。私はいつもの我侭が始まったのかと思い、娘を説得しようと服を持って娘が逃げ出さないように捕まえる。5歳の子供だ、捕まえるのは簡単だが娘は私の腕の中で暴れる。もう幼稚園まで時間が無い、私はこれから用事があり娘を早く幼稚園に置いて行かなければならないのだから。

    「どうしたの、いつもは赤い服しか着ないじゃない?」

    「だって、僕男だよ。赤なんて皆に笑われる」

     誓って言うが、娘というからには女の子である。そして、私の娘は決して自分の事を『僕』などとは言わないのである。だとしたら、この娘の突然の変化は一体なんだったのだろうか?
     しかし、その時の私は娘のそれはただの我侭だと叱り飛ばし無理矢理赤い服を着せて幼稚園に連れて行った。娘は泣き喚いていたが私は娘をずっと怒り続けていた。べそべそと泣き喚く娘を叩こうと拳に力を込めてそれを辛うじて抑えていた。

     その日の夕方、幼稚園に娘を迎えにいった私は、私の顔を見て安心したように笑った。

    「おかあさん、私ね…今日ね…」

     今朝見せた表情とは全く違う、そういつも私が見ている娘の表情をしていた。私は何となくほっとして娘の顔を見る。その喋り方も、話す内容も、私が知っている娘の姿だったから。私は差し伸べられた手をゆっくりと握り返す。だから、今朝の娘の言動は、ただの我侭だったと私は思っていた。



    だから、気がつかなかったのだ。

    −私の子供が、もう1人いることに−




    ***




    ここは、何処だろう…
    温かい…何かに包まれたそんな場所。いつまでもここにいたい…ここから出たくない…

    −ねえ−

    誰かが呼んでいる。

    −ねえ、ねえ−

    誰だろう、誰だろう…

    −僕たち、一緒に出て行くんだって。僕たち…きょうだいになるんだって…−

    外に出る、そんなのいやだよ。この居心地のよい世界から出て行きたくなんてない。

    −いつかは、ここから旅立つんだよ。居心地のいい世界は、いつまでもないんだよ−

    そんなの知らない、私はここから出ないんだから。

    −僕は出たいよ、新しい世界へ。僕たちのパパとママになる人の所へ−

    出たくないの、私はここにいるんだから。
    そんなに出たいんだったら自分でいけばいいじゃない。

    −僕は、君と一緒に行きたいよ−

    私は…ここに残っていたいよ…
    その声は、それきり聞こえない。その声は、それきり聞こえない。




    ***





     あの子を…あの子達を身ごもったのは、結婚して一年後だった。
     毎日、毎日大切に育てていた筈だった。夫も、夫の両親も皆が双子の出産を待ち望んでいた。



     しかし…生まれたのはたった一人だった



     1人は死産だった。
     生まれたのは娘だけだった、息子となる赤ん坊は息を引き取っていた。

     だから、私は娘を大切に育てていた。死んだ息子の分も、娘を大切にしようと思っていた。
     娘の中には時々、別な人格…それを私は【息子】と呼んでいた。死んだ筈の息子は娘の体を借りて甦っているのだとそう思っていた。娘はまったく覚えていないらしいが、それでも私は娘と息子、両方を大事にしていた。特に息子の人格は娘に危害を与えていることは無かった。
     ある日、娘はそれでも自分の体に異常を覚えていたのか私の知らぬ間に神経科に通い始めていた。そして私がそれに気がついたのはある時の【息子】の言葉だった。

    「母さん、俺もう少しでいなくなるかもしれない」
    「どうしたの…」
    「妹が、あの子が俺を必要としなくなった。だから僕は消える…その前に母さんに一言いっておきたかったんだ」
    「嫌、嫌よ…」

     私にまた【息子】を失ったあの悲しみを思い出させようというのか。そんなことをするのは誰であろうと許さない。そして…私は【息子】を取り戻そうとして、息子を永遠に失ったのはもう少し後のこと。




    ***




     あの日の母を忘れることが出来ない。
     私が神経科に通い、私の中に眠る【兄】の存在を知り、そして【兄】を消去しようとしていることが母に知れてしまった。その人格は【兄】だが、その存在は最早私に必要のない存在になっていたからこそ。

     母は、私を閉じ込めようとした。

     しかし、その凶行は阻止された代わりに母の望む【兄】の存在が消えてしまったらしい。私は実際に対峙したことはないのだが、その事実が母を半狂いにした。私は、私の存在だけが残っていた。どうやら【兄】は母の中に今はいるらしい。そして、母はそれを幸せそうに受け入れている。
     確かに私は母に愛されていた。しかし、死んでしまった【兄】が居ることを私は知っていた。お節介な親戚が子供の頃に教えてくれていたのだ、【兄】が居たことを。だから私に注がれている愛情の半分は【兄】の為の愛情だと言うこっとは薄々感じていた。けれどそれは仕方ないと思っていたのもあった。
     医者の話によると私は人格障害があったそうで、それが母の望んだ【兄】の人格だったらしい。それは私の知っているあの面影とかかわりがあったかは関連できないが、【兄】ではないかと思っている。母ほどの確信はないが、時々脳裏に浮かぶあの面影が【兄】なら全てに納得がいくのである。



    「もういいんだよ、ありがとう」



    それが、最初で最後に心の奥底で出会った兄の言葉だった。

    もう、兄は私の中にはいない。
    母とともに、何時までも夢の世界で生きていくのであろう。




    私は、私の世界で生きる

    繋がったたましいは、ようやく1人立ちを始めたばかり







    兄さん、貴方は幸せですか




    私は………







    2003/09/18 tarasuji
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