012:ガードレール
その凹んだ痕が、彼が確かに存在した痕跡
あれから数年。
その場所には今となっても花が供えられている。それは毎年決まった日になると何処からともなく花束が集まっているのであった。
ガードレールはあの時とは違って、綺麗な新しいものに取り替えられたというのに。それでもその場所には毎年花が供えられる。赤や黄色や、オレンジややピンク…そして白い花。
花を捧げられるその人物は白い花が好きだった。
それも百合や牡丹のような艶やかな花よりも、道にひっそりと咲くシロツメクサのような野草が。
けれどもそれを知っている人間はごく僅かだった。
その日は、何故か決まって暑過ぎず寒すぎず、風の心地よく吹く晴れの日だ。彼はそんな日が好きだった。それを知っているかのように、その日は決まってそういう気候になるのだ。
その場所に立つ彼女は一つに纏めた黒髪を解くと、風にのせてなびかせた。
さらさらと。
綺麗に手入れされたその髪の毛は誰かに触れられているかのように、風に舞う。
その状態に気がついているのかそうでないのか、彼女は瞳を閉じて大切な人に久方ぶりに会ったかのようにくつろいだような、打ち解けたような表情を浮かべていた。本人もそれには気がつかないようで、そんな姿を誰にも見せたことなどないのだから仕方が無い。
大事な人に再会したかのように、懐かしさを含む表情。
ここには聞こえぬ声を聞いているかのように、唇の端には笑みを浮かべる。
彼女は手を伸ばした。
大切な誰かを抱きしめるように、逃げないように、離さないように。差し伸べられた手は空を舞い、つかむものは何もないというのに、それでも彼女は大切に抱きしめるのだ。
大切な人が囁きかける、その声を聞き漏らさぬように瞳を閉じて声を出さぬようにする。そして、それから彼女は大きく一呼吸した。
「さようなら……またね」
彼女は振り向かない。
足音を立てずに、振り返らずに、その場を立ち去ろうとしていた。
青い空と少し暗い海が、静かにそよいでいる。
あのガードレールは新しいものに変わったけれど。
周りの風景も少しずつ違うものに変わっていくけれど。
彼女の中ではあのガードレールはいつまでもあの時の、凹んだまま。
彼の生きていた証と共に変わらないのだろう。
彼はこのガードレールから旅立った。
飛び立ったまま、彼は戻らぬままに彼女は彼を待ち続けている。
彼女はこの日、この場所で、彼との逢瀬を抱きしめる
2003/10/10 tarasuji
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